街中の喧騒
勤め先の孤児院の食事の準備のため、買い出しに出かけた。
どうも街中がいつもより騒がしい。
歩きながら聞こえる限りでは昨日王都で"闇雲"が出たようだ。
私自身それを聞いて内心では興奮していたのだが、街中の騒ぎようは"闇雲"が出た、だけなら少々行き過ぎのような気がした。
とまれ、私は買い物の途中である。
いつまでも道草をくっているわけにもいかず、馴染みの魚屋、肉屋、八百屋、パン屋と寄っていく。
始めのうちは普通に買い物をして院長に怒られていた。
なんでも、育ち盛りの子供も多い孤児院の食費は頭痛の種であり、少しでも値切る、おまけさせる。ともかく量を多く手に入れるためにありとあらゆる努力をしなさい、と熱論されたものだ。
今ではくず肉や加工の際にでた端切れ、パンの耳なんかをついでにもらってくるのに慣れたものだ。
見慣れない私が孤児院で働いていることを知った、すっかり馴染みになったお店の人たちはむしろおまけだと言ってサービスしてくれるのでちょっと申し訳なくなるくらい。
その内のパン屋のお姉さん(お姉さんと呼んでね、と眉間に皺を寄せて言われた)とちょっと世間話をしている内に今日の喧噪について尋ねてみた。
「あら、ノイスちゃん、"闇雲"が出たって話聞いてない?まぁ、あの孤児院は街はずれにあるからちょっと伝わるのが遅いのかもしれないねぇ」
「そうですね。街中を歩いている途中で始めて"闇雲"が出たって聞いて驚きました。ただ、それにしてもちょっと賑やか過ぎかなって思うんですけど」
どこか納得がいかずに疑問を口に出すと、
「ああ、そういうことね。一切が不明だった"闇雲"の正体がかいまみえたってんで城から街の至る所で大騒ぎなんだよ。なんでもさ、衛兵が一端捕まえたんだけど悲鳴を聞いて固まっちまったところをスルリと逃げられたってさ。」
なんだ、それは・・・。私は声を発することもできずにいる。
私を王都に連れてきた人は確かに男性だった。
無論顔を引っ張ったりしたわけじゃないけど。
"闇雲"は何人もいるのか?"闇雲"を語る別人?と考えて居る間も、お姉さんの言葉は続いていた。
「それでさ、その場面を見ていた絵師が野次馬の中にいたようでさ、その絵師の描いた耳目絵が飛ぶように売れてるらしくて、どこに言っても売り切れ続出で値段がどんどんあがってるってさ。うちの馬鹿亭主も仕事をほっぽりだして買いにいってさ。帰ってきたらひっぱたかなきゃ気が済まないよ」
ちょっと荒々しい雰囲気になってきたパン屋のお姉さんからパンを受け取って別れを告げる。
耳目絵と言うのは渡来人が生み出した、街、もとい国内で起こった出来事などについて、1枚の紙に絵と端的な文字で書いたもので、大きな事件や、国の決定ごとを町民らに知らせるために使われる。
彼らの世界では"新聞"というそうだ。もっとも形としては"ぽすたぁ"に近いとか。
孤児院への帰り道、即席の露天売りができているのを見て居ても立ってもいられず、のぞき込む。
「冷やかしはごめんだよ」
という、声に仕方なく財布を取り出すと、値段を見て驚く。
平時の4倍近い値段だったからだ。
泣く泣く買った私は穴があくように耳目絵を睨みつける。
屋根の上の黒ねこと、月に照らされた女の絵・・・但し、顔は影になっていて描かれていない。
始め、この耳目絵を購入した人らは高い金を出して肝心の顔が描かれていないじゃないか、と文句を言う人が耐えなかった。
しかし、しばらくしていると顔がないことで余計に人々は気になった。
事実、絵師の元に耳目絵の販売人が押し寄せた。
買った人からの問い合わせが多すぎてさ、実際のところ、"闇雲"の顔はどんなだったんだ、と。
絵師は答えた。
「あれを紙の上に写し取ることは俺にはできない。いや、界隈一の絵師にだって無理じゃないかな」
と言ったのはその実、その世界で最も名が売れている絵師だったから耳目絵の値段が天井なしにあがったのも、"闇雲"の噂が街中を練り歩いたのもやむを得なかったのかもしれない。
しかし、ノイスルゼは数少ない例外だったであろう。
そこまで事態を掴むと、何かヒントはないかと、活字のほうへと目を走らせた。




