事件の結末
ポケモンのせいなのね、そうですね。
どわっはっはは。
さて、と。
ノイスルゼを保護して王都の孤児院へと連れていった俺は二つ仕事を済ませると、再びいつもの町へと戻るのだった。
さすがにこの往復は疲れるが、仕方ない。
仕事に置いてアフターケアはとても重要だ。
かかる手間とコストを考えるとできるだけアフターケアはしたくないのが企業というものだが、リピーターを作るという点では相手の心を掴みに、もとい盗みに行くべきなのだ。
普段なら1枚カードを置いて終わり、とするのだが、今回は特別サービスだ。隙間からこぼれる月光も俺を照らすことはなく、徐々に朝が近づき、最も世界が濃く紺に塗りつぶされる頃、酔いどれの男が家へと近づいてくる。玄関、というには寂れたそこの扉を荒々しく開け放ち、男が侵入してくる。
「ご主人様のお帰りに出迎えもしねえのか!!」
怒鳴りながら、握った拳の小指側を勢いよく壁に叩きつけると、ただでさえボロい壁からパラパラと破片がこぼれ落ちる。
応える声はなく、男は益々理不尽な怒りを露わに彼女の部屋へと歩みを進める。
「ノイスルゼェ!なぜ返事をしやがらねぇ!」
荒々しく振り回された彼女の部屋の扉は、蝶番の頸城から説き放たれ、地面に打ちつけられ、真っ二つになって転がる。
しかし部屋には誰もいなかった・・・・・・。
酔っぱらった男でなくとも誰も見つけることはできなかっただろう。
男は態度をますます荒げて部屋を出ていこうとするところでどこからか声がかかる。
「あんたの罪、確かに頂いたぜ」
「何者だ!」
沸点が高まり続ける男は誰何すると同時に振り向きつつ、元は家の壁だった破片を掴んで声のした方へ投げつけた。
・・・そこには闇しかなかったが。
「酔っぱらいにしちゃまぁまぁといった動きだな、流石は元冒険者、と言ったところか。イドラバス、ちっとは名の知れた冒険者だったようだが、とある依頼で膝に矢を受けて足がままならなくなった。それによりあんたとパーティーを組む冒険者がいなくなった、とこれだけなら多少は同情の余地もあったんだろうが、もともとあんた、自分の力を背景にいろいろと冒険者をいびったりしてたらしいからな、自業自得だろ。それで腐っちまったあんたはノイスルゼの母親シルヴィネットのところに押し入った。暴力をふるい、ノイスルゼをかばい続けたシルヴィネットは衰弱死。母子を助けようとした近所の住民も6人殺してるな。ノイスルゼにふるった暴力も加えて・・・足りねーな。追加の罪の分頂いてくぜ」
「姿を見せやがれ、卑怯ものが!」
ナイフより少し長いくらいの刃物を取り出し叫ぶも、部屋のあちこちから反射して聞こえる声に男は焦点をあわせられない。
「こんだけやっといて衛兵にも捕まらねえってことは裏で金でも渡してんのか。まぁ、そっちはあいつにいっときゃなんとかするだろ。ここにもしばらくすれば衛兵が来るだろうが、おまえごときのために怪我でもさせちゃあいつに会わせる顔がないってのはまぁ建前でね。こちとら原ん中煮えくりかえってんだよ!!」
漆黒の風が吹く。
元冒険者の杵柄か、とっさに音に反応する男の動きは現役の時ほどではないが、十分に暴力的であった。
が、ただ闇を裂くのみ。
なぜならそこには誰もいないので。
≪幻惑歩法|ミラージュ・ステップ≫は闇雲の作ったオリジナル・スキルである。裏スキル"繊細肌"の拡張スキル"盗賊三肢゛"、すなわち、抜き足・差し足・忍び足に幻術の魔法スキルなどを加味して作られたこのスキルは本来の足音を消すだけに止まらずある一定の範囲内に自由に発生させることが可能である。
また、彼独特の緩急をつけた歩法に幻術を加えたその姿は残像を残し翻弄する。
ましてや、この闇の中であれば、偽りの足音は獲物を誘い込む罠にも等しくー誘導された男は壁に全力で切りかかってしまう。
甲高い音を立てて武器は漆黒の虚空へ・・・落ちる音すらしない。
もはや思考不能、但し壁を殴りつけて痛めた右腕の感覚が、意識を失うことを許さない。
「あんまり得意じゃないんだけどね」
背後から聞こえる声と背中に何かが刺さる感触ーー。
男は操り人形の糸が切れたように膝を落とし、巨大な獣に押さえつけられたように腹ばいに倒される。体を起こすことができない
「ちょっとは感触が残ったかな ?聞いたところでわかりゃしないんだろうけど、人間には抗重力筋っていうのがあってね、普段意識はしていないけどそれのおかげで立っていられるんだけど、一時的にその神経を不自由にさせてもらった。要するに、あんたの体の自由は頂いた。っても半刻もすれば元に戻るだろうけどそのころには別の意味であんたに自由はない。この町の治安、確かに頂いた。」
実は少し失敗していたのか、感覚神経をも麻痺させられていた男は八方上下の感覚、視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚も働かない恐怖に包まれていた。
その言葉も闇に消え、昇り始めた太陽の光が染み込んでくるころ、王都から派遣された兵の団体が辺りを囲み、一応降伏を勧めるも返事はないので、様子を確認させた先遣の兵が地に伏す男を発見する。
上司に派遣され、こんな田舎とも言える町で事件なんかあるものかとややうんざり気味だった隊長も、さすがに緊張した面もちになる。
もはや死んでいるのでは?と恐る恐る近づき、
「ご老人、大丈夫か?」
声をかけつつ、体を反転させる。
特に外傷はない・・・右腕がやや損傷しているか?
周囲を確認し、この家にはだれもいないようなのでただ一人の被害者を保護した兵は、意識を取り戻した老人の話を聞いて驚くことになる。
彼は、意識がはっきりすると、側にいた見張りの兵に助けを求め始めた。隊長等は話を聞こうとするが、ひどく困憊した様子に同情し、必ず犯人を捕まえてみせますと老人に言ったところ、
「早く私を牢獄へ入れてくれ」
と叫びだしたのである。
聞けばこの老人が上司に捕まえるように言われた犯人だという。
犯人はギルドからの情報では若くはないにしろここまで年をとってはいないはずである。
恐怖から呆けたのだと誰もが思った。
しかし老人の自白?通りの場所から七人分の遺体が見つかるに至り、ギルドの冒険者登録の判別用の装置で本人とわかったのだった。
自白の内容から、七人はノイスルゼの母シルヴィネットと近所の住民だった人等のものであるとされた。向こうとは違い、こちらでは本人確認ができる方法が少なく、遺骨からの判断は難しかった。
数日後、まとめて共同墓地に入れられることになった被害者の遺骨のうち、一体が紛失した。骨格から女性のものであったことはわかっているが何故消えたのか盗まれたとしたらなぜなのか誰にもわからなかった。
ーーー王都ルグリア。
「隊長!、かの事件の捜索を打ち切りとはどういうことです!?あの悲惨な事件の被害者の、せめて冥福を祈ってやらねばあまりというものでしょう!」
かの事件とは遺骨紛失のことである。
残り六人の遺骨を共同墓地に納め、失われた婦人に関しては捜索を打ち切る。それが国の出した決断であった。
また、本来一兵が隊長にこのような物言いをすることは許されないが、隊長はこの男の心情は嫌いではなかった。
「・・・私も納得できたわけではなかった。上にかけあったところ陛下に 目通りさせられてな、一枚のカードを見せられた。」
「カード、ですか?」
男はなにを言っているのかわからない。
「最近よく名を聞く泥棒のカードだ。いつものように簡潔な内容だった。"貴婦人の最後の憂い、確かに頂いた"と。王はそれ以上の反論は許されなかった。」
ーーー王都の孤児院の一つにて。
「こういうのを作るのは得意じゃないんだけどな。」
男はそういって孤児院の裏手の山の一角に石製の柱を立てる。
「シルヴィネット、ここに眠る」
そう刻まれた石碑は静かに孤児院を見下ろしていた。
「ノイスルゼのこと、見守ってやっててくれ。学院を卒業したら彼女にちゃんと伝える。」
こちらの風習ではないが両手をあわせて一礼する。
石碑に背を向け歩き出して数歩歩いたところで声が聞こえた。
大気が震えたわけではない。
---ありがとう。
そういわれた気がした。
再び背を向けた男の口角は来る前よりあがっていた。