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覚えていない過程

「……」

 冷静に考えなくても、今の状況がおかしいというのはわかっている。

 しかし、どうしても思考が追いついてくれないのだ。

 いや、どう足掻いてもこの状況が好転するとは思わない。

 それでもひと言で状況を現すのなら、こうだろう。

「……ここは、どこだ」

 あまりにも陳腐でありきたりな言葉で、自分の表現力のなさに辟易してしまう。

 彼の前には、延々とも続きそうな廊下が前にも後ろにも広がっていた。アーチ状の天井が並ぶように続いていて、さらに等間隔に松明が点々と仄かな明かりを落としてくれている。

 いくら考えても、答えは出てきそうにない。

 ここがあの世だと結論付ける方が楽だ思うものだが、いかんせん死んだ気がしない。

 しかし、入道雲の中に潜む『目』と、さらに伸びてきた高速道路じみた触手に吸い込まれた……までは覚えている。それイコールとして、廊下に投げ出されているのは少々、いや、どう考えても納得のいくものではなかった。飛躍しすぎている。様々な事柄が。

 と、声が聞こえてくる。


「■■■」


 幼い声だ。その主は俺の後ろ、本当に真後ろから聞こえてきた。

 振り返り見れば、線の細い和服幼女がそこにいる。栗色の髪を揺らして、何故だか嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「おお、無事だったんだな」

 言葉が通じないとはいえ、顔見知りという関係でもないが、それでも彼女が無事だったという事にいたく感動してしまう。

 俺は身を捩じって彼女の前に膝を突き、怪我をしていないかどうか見やった。

「大丈夫だったか? 怪我はないか?」

 そう身を屈めて、彼女目線で話していた瞬間だ。

 俺が目つぶしをされたのは。


「どぐおおおおおおおおおおお!」


 思わぬクリティカルに叫び声をあげて悶絶してしまう。

 力の限り叫び悲鳴の余韻が終わる頃――


「ニーニ」


 幼女の声が継いで、


「助けてくれてありがとう」


 俺の絶叫の合間に、感謝の意が聞こえてきた。

 言葉が通じた? そう思う暇もない。

 俺は突かれた目を丸くして、涙目に視界を潤ませながらも彼女を見やっていると、


「おい、誰だ!」

「姫!?」


 敵意剥き出しの声が連なってくる。

 俺は顔を半分背後に逸らしてみやれば、和服と甲冑を和洋折衷させたような不格好な男がふたり駆けてきていた。

 そしてこちらを視認するやいなや素早くガチャリと物騒な槍を構えた。その鋭い切っ先が、妖しく鈍色に輝く。


 ふたりの内のナヨナヨとした男が、こちらの顔を見て驚愕する。

「そ、その黒髪は……」

 落ち着き払っている片方は、眉間に皺を寄せて表情を曇らせる。

「魔族か。世界のバランスが崩れている噂が本当だったとはな」

 気合を入れ直したのか、より強くギリッと槍を握り直した。


 やたら迫力のある口調だ。

 ……ああ、と俺は手を叩いた。もしかして一連の流れは、新手のアトラクションなのではないか。もしくはテレビ局のドッキリ。

 それならば、少々あれな事でも納得がいきそうだ。きっとあの入道雲も、触手も、俺が浮いたことも何らかのトリックに違いない。そう考えると気分も少し軽くなってくる。

 しかしアトラクションにしても、やけに気合の入った従業員たちだ。

 今までに感じた覚えのない本格的な殺気という物を放ち、肌を痺れさせてくる。

 だが、俺はこういうアトラクションや演技というものが苦手なのだ。遊びでバカになるという演技が不器用で、ここぞ、という時にどうしても下手な選択をしてしまうのである。が、ここでノリに乗らなければ空気が読めないという奴であろう。

 これはどう行動したもんかと頭を悩ませていると、腰の引けていた男が膝を笑わせながらもこちらに改めて向き直った。


 へへっ、と頼りなさげな彼は拳で頬を拭う。

「こんな熊みたいな魔族が相手だろうと、逃げるわけにはいかないよな」

 相棒であろう気の強そうな男は、冷や汗を滲ませながら言った。

「もちろんだ。どんな相手だろうと、俺らは国を守る兵士だ」

「待ってくれ。ちょっと話を」

 口を挟むも、もちろん聞き入れる様子はない。

「魔族め、俺らをかどわかそうったってそうはいかんぞ。姫から即離れろ」

 震え声が廊下に響く。

 少女が俺の背後で、ぼそぼそと口にする。男たちの態度に怯えているようだ。その幼さで大人の威圧を受ければ無理もない反応だろう。

「あ、あのね、ニーニはね」

「姫を離す気はないようだな」

 冷静な方の男は幼女が言い切る前に、そう告げた。

「捕えるぞ」

 その言葉を合図に、彼らは突進する。

 早い。

 ほんの一瞬で、ふたりは間合いを詰めてくる。次いで、冷静な方の男が槍を一直線に突いてきた。頼りなさげな方の男はワンテンポ遅れて後方に待機している。その立ち位置からして、サポート役に徹するらしい。敵が避けた所を穿つ役割だろう。

 柔道や空手の試合で人と相対したことは幾度もあるが、武器を持った人間を相手にしたことはない。ましてやふたり相手など尚更だ。

 しかし日本男児として、挑戦を申し込まれたら受けて立つべきであろう。

 思わず彼らの眼差しに男としての血が騒ぐ。

 半ば破れかぶれに動こうとして――俺はピタリと行動を制止させた。

 俺の背後には、幼女がぽつねんと突っ立っているのだ。

 息を呑む。

 ここで迂闊な判断をすれば、彼女の身に何が起きるかわかったものではない。

 それにアトラクションだろう。従業員に怪我をさせては――もちろん怪我させない自信はあるが――申し訳が立たないだろう。

 よく考えろ。

 ここはアトラクション。

 お化け屋敷のようなものだ。

 そう、お化け屋敷。

 お化け屋敷といったら、逃げるが定石だろう。

 ここは逃げるべきだ。

 そう考えるやいなや瞬時に踵を返して、俺は再び幼女を小脇に抱えた。


「あ、逃げるな!」

「待て!」


 外は柔らかな日差しが差し込んでくる。

 石床を踏み抜くように、いくつもの廊下や部屋をでたらめに駆け抜けた。

 後方で声がするが、俺は構わず通路を全速力で駆け抜けたのだ。暗い廊下、薄暗い部屋、また明るい部屋を抜けて、日の当たらない廊下へ転がり込む。

 それでも背後の声は止まない。

 おそらく退路を断って、無理やりこの奥へ向かわせるという流れなのだろう。お化け屋敷でよくある手法だ。

 小脇でキャッキャと喜ぶ声が聞こえてきた。幼女も楽しんでいるらしい。

 俺は足音を刻みながら、奥へ奥へと向かっていく。

 やはり甲冑や武器を持った人間とは速さが違うのだろう。相手とは徐々に距離が開いていった。

 ――と、喚き声がする後方をちらと見やる。

 いつの間にか、追跡者はふたりが三人へと増えていた。

 どこから現れているのだろう。三人から四人、四人から五人、狭い通路にどんどん同じような格好した人が増えてきている。

 どういうことだ。

 和服甲冑が殺到してきているじゃあないか。


「止まれー!」

「姫を離せ、離すんだ!」

「いい加減にしろー!」


 これだけに留まらず、罵声は時間と比例して徐々に色を増していく。

 ひやりと背筋が凍る。

 彼らの顔はどれも必死の形相だ。

 何がそこまで彼らを駆り立てるのだろうか。本格的にも本格的すぎる。本当に追いかけられているような気分になって――。

 そして俺は、後ろを振り向きすぎたのだ。


「止まれ!」


 前方から怒声が轟き、チャキッと俺が止まったと同時に首筋に冷えた何かを突きつけられた。

 目を横にスライドさせて前を見やれば、既に十数名の和服甲冑たちがいるではないか。迂闊というには迂闊すぎたか……。

 ダンスホールじみた広いスペース。

 装飾の施された綺麗な円柱の横で、俺は立ち尽くしてしまった。

「もう追いかけっこ終わり?」

 小脇に抱えた幼女が、そんな風に呑気な言葉を口にする。

 そのまま俺は姫と呼ばれていた子と引き離されて、有無言うことも許されず、やたら迅速に俺は手を後ろに回されて縄で拘束されてしまう。

 地下であろう牢獄へと案内されてしまうのは、その直後だった。


「おい、ここに何時間居ておけばいいんだ!」


 俺の言葉が牢獄に反響する。

 俺はまだ母親に帰る等の連絡をしていない。出来れば、今の状況や帰るのが遅くなる旨を母親に伝えたかった。男以上に男らしい母だが、俺が帰らないと心配するには違いないのだ。

 しかし、その言葉に返事してくれる者は誰もいなかった。

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