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幻想詩篇  作者: 森野
陽光の城
6/10

06

 城壁の高さは、見たところ五メートルほどはあるだろうか。しかし、魔物の被害を受けて、ところどころに崩れている部分があった。

 アウトはその城壁のほころびに身を投じる。無論シセルもそのあとに続いた。

 薄暗い石造りの回廊に、彼らは降り立った。

 銃眼の他には大した採光窓も存在しないというのに、どういう仕組みかはわからないが、あたりは歩きまわるのに不自由しない程度の明るさに保たれているようだった。

 素材の大部分を石に頼っているためか、城の内部はひんやりとして、涼しくすらあった。

 クロシーは、その冷気のなかに魔物の気配を感じるのか、時々ビクビクと身体を震わせている。

「なんだ思ったより静かだな。もっと汚いのが押し寄せてくるかと思ったのにな」

「そうだね。私は楽でいいよ。ずっと静かならいいのに」

 言いながら、シセルは前方の曲がり角にむかってナイフを投げた。

 不用意に顔をだした魔物(体毛の濃い二足歩行のゴリラのような姿をしていた)の耳のあたりに突き刺さるナイフ。

 シセルは、悲鳴すら上げずに、一撃で絶命した魔物からナイフを引き抜き、軽く振るうことで血を拭うのに代える。その繰り返し。

 出会いがしらに魔物の処理をしては歩き続ける。彼らはいまだに、戦闘らしい戦闘はしていなかった。

 当初に彼らが予想したより魔物の数がいない。もはや城から人間という餌がいなくなった今、魔物たちは新たな餌を求めて、どこかまた別の場所へ去っていったのだろうか。

 ……しかし、この城を飲み込むほどの群れだ。それが離れていったとなれば、その付近を旅している限り、必ず群れの幾ばくかとは遭遇するだろう。

 しかし、アウト達は城までの道程で、そのような群れには遭遇しなかった。魔物の群れでさえ、馬車を襲っていたボロオンの群れ以外は見ていない。

 彼らは確かに違和感を覚えていた。しかし、その違和感の正体が何であるのか、それに思い当ったものはまだ、この時点では存在しなかった。

 ――そして、彼らは見つけたのだった。

 中庭に積み上げられた、魔物の死骸、その山を。

 そして出会う。

 その山を築いた魔物に。



 その魔物は、死骸の山からアウト達を睥睨していた。いや、明らかにアウト達を見下していた。

 その姿形は、城の南側に設けられた小さな塔の影になっているせいで、はっきりとは観察できない。

 彼が鏖殺したあまたの死骸たちの返り血に塗れて、異様な具合にぬめり光る、巨大な黒い塊――クロシーが一見して覚えたのは、そのような感想だった。

 魔物は、自らが絶対的な強者であることに何の疑いも抱くことなく、ただごく当然の事であるかのようにそれを確信している。

 誰であれ、その場に立てば――その魔物と相対せば、魔物が抱く強大な自負と、その裏にある他者への侮蔑、嘲りがはっきりと感じられただろう。

「ザコの掃除を先にしてくれた親切な奴がいるぞ。シセル、おまえ礼を言っとくべきじゃねえのか?」

「まあ確かに余計な労働が減ったのはいいことだけど、別にアレに礼を言うほどのことじゃないよ」

 しかし、そんな鬼の様子は、アウトやシセルには何の影響も及ぼさなかった。彼らはいつも通りに、平時と何の変りもなく、軽口を叩いてみせる。

「感謝の気持ちがねえなあ。だからお前は絶望的に社交性がねえんだよ」

「社交性がないなんて言葉で他人をなじる奴に、そんな御大層な社交性があるとも思えないけどね」

 強大な敵を前にしてすら、態度を変えることのない二人。彼らの間だけで緊張と緊迫が薄れていくなか、クロシーはひとり置いていかれたように、ただただ怯えていた。

 彼女は身体を小刻みに震わせながら、必死に――そう、必死に自らの視線を、魔物から引きはがそうと努力しているようだった。

 クロシーの細い指は、アウトの袖を掴んで、小さく震えていた。

 それは恐らく、こういった状況下においてはごく順当な反応であっただろうし、もしかすると、それは割合に控え目な反応であったかもしれない。

 悲鳴を上げて逃げ惑うようなことをしたところで、誰もクロシーを責めることなどできなかっただろう。

 しかし、アウトはその反応に、新鮮なものを感じていた

(そうだ、これだコレ。この庇護欲をそそる子鹿のような反応! ここしばらくシセル(アレ)と一緒だったから忘れてたが、これが女の子ってヤツだよな。)

「……」

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべるアウトを、シセルは腐りかけた生ゴミに銀蝿がたかる様子でも見るように、乾いた表情で眺めていた。

 ……――と。

「ははは! こいつはすごい! 時の姫君じゃないか! ゴミしかいないと嘆いていたところだ!」

 緩みかけた空気の中で、徐に魔物が笑った。

 視線の先には、シセル。

「なんだおい。魔物がしゃべったぞ。シセル、おまえの知り合いか?」

「知らないよあんなやつ」

 アウトが指差す先で、魔物が立ち上がった。

 ぐちゃ、ぐちゃ、と数多の魔物の死骸を踏み潰しながら、魔物はゆっくりと――わざとそうしているかのように、ごくゆっくりと歩み寄ってくる。

 魔物の姿が、白日のもとに晒される。そして、クロシーはその魔物の姿を見た。

 二メートルはあるかという巨躯と棍棒。あまりに巨大な棍棒のため、傍から見た魔物のバランスをひどく歪にさせている。

 魔物は赤いボロ布(恐らく血の色であろう)を腰に巻き、上半身は血にまみれながらも見事としか言うほかない肉体を、誇らしげに露出させていた。

 しかし、なにより目立つもは、それは魔物の額にあった。

 ユニコーンを髣髴とさせるような長い一角が、その額からは生えていた。

 クロシーは思う。

 その姿はまるで。

 まるで鬼のようじゃないか、と。

「オレの名はゲティパス。わかるだろ、時の姫君。数少ない、同族だよ」

「まぁ、そんなに目立つ角があったら、誰だってわかるよ」

「そりゃあそうだ。俺たちは鬼だからな」

「そうだね。私たちは鬼だ」

 彼ら鬼が、大陸を制覇できない理由。

 それが、今まさに、この場所に存在した。

 鬼たちが望みうる最上の敵が、彼ら自身である限り。

 ――彼らは彼ら自身の間で、同族の間で殺し合いを繰り広げるのだ。




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