05
馬車は荒野を、傍目には遅々とした、実際にも大して速いとは言えない速度で走破しきった。
気味が悪いほどに晴れ渡った空の向こうから、ほんの少し傾きかけた太陽が、地上のものを誰かれ構わずじりじりと炙っていた。
アウトの横にはシセルとクロシー。デブ貴族は邪魔(見た目が暑苦しい)なので馬車に縛って放置してきていた。
もちろん暴れていたが、それはアウトにとってなんら問題ではない。
少しの間、クロシーが悲しそうに父を見つめていたが、アウトはそれを無視した。クロシーもまた、結局何も言わなかった。彼女には、アウトの機嫌を損ねるリスクを犯してまでそれを進言する勇気はなかったのだろう。
そうして今。傍目にはどうにも調和のとれていない彼ら三人は、肩を並べて城を見下ろしているのだった。
「おいクソ主。ほんとにあれに無策で突っ込むのか?」
「そうだ。俺たちはいつもそうやってきたじゃないか」
サンシャインデニーズ領は王国の北の外れに位置する田舎領地である。
帝国と王国はいまだに争いを続け、大陸中央――最前線――では未だに国境すらまともに定まっていない。防衛線は常に流動的である。
王国は、その戦争に慢性的に兵力を割かざるをえないため、たとえ領主の居城の防衛のためとはいえ、田舎の領主のために王国軍を動かすなどということはまずありえない。
王国の皇帝、ネロ。残虐で悪逆非道な暴君と言われる彼ではあるが、無能ではない。先帝の四男に生まれたネロは、上の三人を暗殺して皇位にのし上がったといわれている。
やがて皇帝に即位したネロは、戦争に傾倒し始めた。
北の魔物を押しとどめる役割を多少ながらもっていたサンシャインデニーズ領ではあったが、このネロの政策の転換により、満足な兵力を整えられなくなっていった。
さらに、サンシャインデニーズ領は前領主が拝領し、開墾した領地である。王国累代の土地というわけでもなく、つまるところ歴史が浅い。
そして元々からして荒れた大地を切り開いて作られた領地である。大した収穫があるわけでもなく、故に軍備などはかどるわけもない。
そのうえ、サンシャインデニーズは王国北部の山岳地帯に位置している。
領主の居城バイプッシュ城には一応のところ、対魔物防衛の役割も与えられてはいた。しかしそれは、あまり成功しているとは言えないものではあったが。
しかも王都からも帝国領からも遠く離れている(特に王都からは恐ろしく遠い)こともあり、別段要衝の地ということもなかった。
この土地が魔物に占領されようと、王国には実際何の危険もなかったのだ。
故に、これらを総合すれば分かるように、サンシャインデニーズ領の、王国にとっての重要度はかなり低い。
そしてまた、こうしたいくつかの状況がかさなることで、この城は魔物の手に落ちたともいえるのだった。
バイプッシュ城の悲劇は、起こるべくして起こったと言っていいだろう。
「本当に、大丈夫なのでしょうか」
クロシーは不安げにアウトを見つめる。
巨大な城――己の住処だった城――を前に、ただ三人で挑む不安。
三人とはいえ、クロシーに戦う術はない。
二人。たったの二人で、千の兵士をもってして守りきれなかった城を落とそうというのだ。
いやしくも感情を知るものならばだれであれ、このような状況下に置かれれば、間違いなく不可能だと泣いて逃げ出すだろう。
しかし。
「問題ない」
言い切って、アウトはクロシーを抱きかかえた。俗に言う『お姫様抱っこ』である。
「ちょ――なにをっ!?」
「お姫様はすっとろいからな。連れて行ってやる」
「しかし、これは――」
恥ずかしい。その言葉は音にはならなかった。
アウトが獣のような速度で駆け出したからだ。
「前衛はシセル、お前だ。後衛もお前。フォローもお前。オレはそうだな、見てるわ」
アウトの速度はますます上がる。
その山を降りるために。城を、攻め落とすために。
「いつも思うけどクソ主は本当にクソだよね。たまには自分で働きなよ」
「働きたくないから奴隷がいるんだろう。まぁがんばれよ。がんばったらご褒美をくれてやるから」
「どうせ碌なもんじゃないんでしょ。いらないよ」
「ああ、それとクソだクソだ言ったお仕置きは後でちゃんとしてやるからな」
「それこそいらないよ」
抱きかかえられながら見上げる、彼らは実に楽しそうだった。
これから死地に赴くとは到底思えない。
その楽観的な彼らの雰囲気に、クロシーは次第に安堵を感じていった。
やはり自分は間違ってはいなかった。
……そんな確信と共に。