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幻想詩篇  作者: 森野
陽光の城
4/10

04

「なるほどな、城を救えってか」

「はい、それが条件です」

 二日前、サンシャインデニーズ領バイプッシュ城を魔物の大群が襲撃した。

 兵の奮戦も虚しく城は陥落。

 領主とその娘は、なんとか馬車で脱出したものの、城は魔物の徘徊する魔城と化したという。

「なるほどなるほど、そいつは無茶だな」

 おどけるように両手を振り上げて、ヘラヘラ笑う。

 太った男は馬車の外に蹴りだされていた。生きていようが死んでいようが構わないので、逃げられたところで問題はない。

 娘の名はクロシー・マカロニア・F・サンシャインデニーズ。覚悟を秘めたその瞳は、なるほど確かに貴族と名乗るだけがある。領地を背にした者の覚悟。そんなものが娘の瞳には浮かんでいた。

 サンシャインデニーズ家の歴史は浅い。

 先の王国と帝国の戦争(戦争自体が頻繁に起こるため、よほど大きな場合を除いて名称がつけられることはない)で武勲を立てた成り上がりの家である。

 その功績をもって得たのが現サンシャインデニーズ領であった。

 故に、彼ら一族の領地に対する執着は強い。

 祖父が自らの一命を賭して得たそれ。その領地をそっくりそのまま引き継いだ父は、それは確かに無能ではあったかもしれない、しかし領民からはは慕われていた。

 クロシーはその娘である。魔物の群れに沈む城を背に、噛んだ唇には血が滲み、泣き晴らした瞼さえ、今にも血を流しそうな様子だった。

 もはや、失うものは全て失ったのだ。

 城を失い、領地を失い、何も持たない貴族が、いまさらどこに逃げようというのか。

 失意の父を前に、娘はかける言葉をもたなかった。告げるべき言葉を知らなかった。

 だが、今や状況は変わった。

 角を持った彼女――鬼の末裔――はボロオンの群れを瞬殺してみせた。文字通りの意味で、瞬殺だった。

 魔眼。鬼の一族を見たものが、まず思い浮かべるのはそれだ。

 人間と比べるのが馬鹿馬鹿しいくらいの、驚異的な肉体性能。たしかにそれも鬼が地上最強の生物である一因ではあるだろう。しかし、それだけならばより強力な魔物はいくらでも存在する。

 彼らが無敗を誇るのは、その眼があるからだった。

 もはやこの大陸のどこにも、彼らに敵う者は存在しなかった。しかし、彼らがこの大陸の覇者となることもまた、決してなかった。

 元来からして戦闘民族たる彼らは、切実に戦いを求める。彼らはその本能に正しく従い、戦う。彼らに敵として相対すことのできるものが他に存在しないというならば。彼らは彼ら自身の間で、同族の間で殺し合いを繰り広げるのだ。

 故に、鬼の人口は記録に存在する限り最古の記録から、全くといって変動がない。むしろ徐々に減少してさえいる。彼らは常に、ごく少数しか存在しなかった。

 それが、彼らがこの大陸の支配者足りえない理由の一端ではあったのだ。……もっとも、最大の要因はと問われたならば、それは彼らの破滅的ともいえる協調性のなさではあったのだが。

 そんな鬼の一族と出会えた奇跡。

 クロシーにはもはやその奇跡に縋るしか術がなかった。たとえその代償が、自らの身を捧げることであったとしても。

「無茶だが、まぁ、不可能ではないな」

 答えるアウト。その返答は、限りなく望みのものに近かった。

「しかしだ。安すぎると思わないか?」

 魔物の支配する城を単騎で落とせ、と言っているのだ。それは誰もが逃げ出すほどの無茶な要求だ。

 しかし、少女は笑う。いや、それは頬が引きつっただけだったかもしれないが。たしかに、少女は笑おうとした。

「私の値段が、ですか?」

「なるほど。たしかに。たしかに。これはそれほど悪い取引じゃあないみたいだな」

 ヘラヘラと、彼は笑う。

 その顔をクロシーは真剣に見つめていた。

 鬼の一族に協調性といったものは皆無である。基本的に彼らは群れない。一騎当千、それこそがまさに彼らの在り方なのだ。

 そんな鬼の少女を従えている男。それは、常識から言ってまずありえないことなのだった。

 彼らが誰かの下につくなどということは、まずもってありえない。誰もがただひとつの頂を目指す種族、そのような存在を従わせることなど、不可能でしかない。

 しかし、非現実であるはずのその光景が、今この瞬間、現実としてクロシーの目の前に存在していた。

 賭けてもいいのではないか。クロシーはそう思う。

 狭い馬車の客室内、クロシーは床に膝を着いてアウトを見上げた。彼の手を取り――まるで騎士が女王に誓いを立てるかのように――その甲にキスをした。

「誓いは破られることはない。そうだな?」

「はい」

「では、城を落とすとしよう」

「その時は、その足にもキスをいたしましょう」

 拙い少女の誘惑。しかし、アウトはそれに心地よさを覚えた。

 好感の持てる純白さ。それを汚すのは、自分でありたい。

「シセル、オルテガ村はまた今度だ」

「もうわかってるよ。あなたが本当に最低のクズだということも含めてね」

「おまえは本当に口が悪いなあ。とりあえず御者はお前な。お前が御者を蹴落としたんだしよ」

 理不尽だ。そう呟いて、シセルは客室を後にした。

 ドスン、と鈍い音を立てて荷台が揺れる。どうやらシセルがデブ貴族を荷台に放り投げたらしい。

 そして、馬車は走りだす。

「さて、進軍を始めようか」

 誰にともなく言って、アウトは視線を車外に移した。割合に小さな窓越しに垣間見えたのは、砂と、砂と、砂と――あとはそう、彼らがここまで乗ってきた貧相な馬車だけだった。

 アレとはここでお別れになりそうだな。何とはなしに寂寞を感じて、アウトはそう呟いた。



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