03
ぎい、と僅かな軋みをあげてドアが開かれる。ほんの一瞥で、シセルは相手のおおまかな値踏みを済ませた。
(二人連れか。女はひとり。まぁ完全なハズレじゃなかったんだ、うちのご主人様も喜ぶだろ)
一人は太った男。長く生やした髭と派手な服。おそらく貴族なのであろう。
そして女。腰に届くかというような金髪。白と赤を基調としたドレスに、指や首元を飾る貴金属と宝石たち。
シセルは、その宝石の一つ一つが、平民数人分の人生を買い取って余りある価値を持つものであるだろうと推測した。
しかしシセルの主の嗜好からすると、それは多分おまけみたいなものだろう。彼が常に何より欲するのは、金銀宝石で飾られるところの『女』そのものなのだから。
(貴族か。これはまたクソ主――クソ主というとまるでクソの主という意味になりそうで、そうなると私の尊厳がピンチであるからして、正確には脳みそがクソで出来ているとしか考えられない主――が小躍りしそうだな)
「ひぃーー、な、な、なんだ貴様は!?」
「しゃべるなゴミ虫。おまえに用はない」
「なんだと小娘! 私をこの土地の領主、サンシャインデニーズと知っての暴言か!!」
「おまえ、領主だったのか? それはすばらしい」
「そ、そうだ。私が領主だ! それより貴様、外の魔物はどうした!? 御者は――」
「だが黙れ」
半眼で睨みつける。それだけで、男は静かになった。
「いいかデブ。おまえは喋るな」
ナイフを男の首筋に当てて、シセル。
「娘、説明しろ。そのお偉い領主さまが、なんで護衛も付けずにこんなとこを無様にうろついてるんだ?」
「ぁ、――ッ」
しかし娘は怯えからか緊張からか、声が出ないようだった。自らの肩を抱いて、震えている。
「そんなに脅すなよ。かわいそうに、怯えてるじゃないか」
シセルの背後から、アウトの声。どうやら追いついてきたらしい。
アウトはへらへらと緊張感のない笑みを浮かべたまま、客室に乗り込んでくる。
貴族用の客室なので、もともと広いつくりではあったが、さすがに四人が乗り込むと少し窮屈に感じる。
アウトは室内を視線のみで見渡して、「男はいいや」と呟いた。
その意を汲み、シセルはナイフを振り上げる。
「ひッ――!」
「ま、まってくださいッ!!」
必死に、搾り出したような、そんな少女の悲鳴。涙交じりのそれは、人形のような少女に似合う、可憐なものだった。
少女の叫びに、シセルのナイフが止まる。
何か問題があるのか?と言わんばかりの怪訝な表情で、少女を見る。
「お、お父様を殺さないで!」
「ひゃばばばばば」
小便を垂らしながら、命の恐怖に震える領主。そしてそれを庇う娘。童話のように美しい光景がそこにはあった。実際に見るとまったく美しくないのが、また哀れを誘う。
肩を震わせ、カチカチと歯をならしながら、それでも父の命乞いをする少女。
シセルはその娘の行動を前にして、アウトを振り返る。
男をどうするのか。その確認のためだ。
その動作の意味を、娘は理解した。
まだ、生き残る目はある、と。
「お金ならば差し上げます。どうか、どうか父を殺さないで――」
「金はもらう。ちょうど路銀がやばかったしな。あとは、そうだな。おまえも俺のモノになるなら、そこのブタは生かしといてやる」
それはあまりに鬼畜な提案だった。
絶句する少女。
そして馬の排泄を目撃したかのような視線をアウトに送るシセル。
「条件は寛大だ。有り金全部。そしてお前。たったこれだけで豚が一匹屠殺を免れる」
いてもいなくてもどちらでもよかった男。ただそれを生かすというだけのために、アウトはこれだけの条件を平然と突きつけてみせた。……それも、こんないたいけな少女に。
なるほど、外道の道をそれることなく歩んでいる――。シセルは表情を急速に乾燥させながら、誰にともなくそう首肯した。
「ぁ、ぅあ……」
あまりの条件に少女は固まっていた。少女はいまだ処女である。その穢れを知らぬ身には、それはあまりにも無体な条件であった。
しかし、少女がそれを飲まなければ、少女の父は間違いなく殺されてしまうのだ。
「……わかりました」
そして、少女はうなずいたのだった。
しかし、彼女はそこで終わらなかった。
「ですが、条件があります」
覚悟を決めた少女は、もはや震えてなどいなかった。