10
――チュン、チュン。
窓から差し込む日差しは、清涼感あふれる爽やかなものだった。
対して、その寝室は清涼とも爽やかとも言えないような惨状だった。
初めてを捧げ、シーツを血で汚したクロシーは、アウトの横で寝息を立てていた。ぐったりとして、しばらくは何があっても起きそうにない。
そしてなによりも、室内を淫靡に染めているのはシセルであった。
様々な体液で汚れた身体をそのままに、いかがわしい道具の山に埋もれて、気絶したように眠っている。
そんな爛れきったハーレムの主――アウトは、スズメの鳴き声とともに朝を迎えたのだった。
いまだ全裸で眠る女たちを愛おしそうに見やり、満足そうに笑う。
その心は、クロシーを手に入れた充実感と征服感で満たされていた。
(こいつも俺の住処に住まわせるか)
いまだぼやけたような思考の中で。
アウトはこれからのことをぼんやりと考えるのだった。
廃墟(と呼ぶにはいまだ生活観をたもっていた)と化した城の食堂。そこで彼らは朝食をとっていた。
パンに干し肉とミルク。それは旅の間となんら変わらないメニューではあったが、食物庫も荒らされ、調理施設も半壊している有様の中では、それしか食べるものがなかったのである。
「これからどうすっかなあ」
「オルテガ村は?」
「そうだった。オルテガ村だ。そこで噂のうまいメシを食うんだった」
「まあ、オルテガ村にいらっしゃるのですか? あそこは温泉もありますし、いいところですよ」
そうして朝食を終え、一行は旅支度を始めた。
そんな中、クロシーは、一体自分はどうすればよいのかと迷っていた。
何の力もない娘である。彼らの旅についていくには、彼女はあまりにも非力すぎた。
その迷いを見透かしたかのように、アウトはクロシーにへらへらと笑いかけた。
「おまえはもう俺のモノだからな。さすがに旅には連れていけねえけど、俺の家に住まわせてやるよ」
言いながら、クロシーの首筋を優しく撫でる。そこに、首輪が現れた。
それが、アウトのモノであるという証なのだろう。
クロシーは複雑そうな表情で、自らを戒める首輪を撫でた。
「そいつは許可証だ。俺の家に入るためのな」
アウトの言葉を聞いた、その瞬間。
クロシーの視界は暗転した。
眼前に広がるのは、深い森のようだった。
その森を抜けたところに、巨大な建造物――城が建っていた。
見たことのない城だった。バイプッシュ城とは比較にならないほど豪華で、絢爛な造り。
対魔物用の砦としての意味合いも持って建立されたバイプッシュ城とはまったく違う、宮殿としての美しさを持つ城が、そこにはあった。
まったくの突然に現れたその光景に、クロシーの理解は追いつかなかった。
「天空城。いいところだろ? そこらの山よりはるか上を飛んでる浮遊大陸に作った城だ」
横でアウトがそう説明するが、クロシーには理解できない。
浮遊大陸など。御伽噺でしか聞いたことがない。
呆然として辺りを見まわしていると、城の入り口に女が二人、立っているのが見えた。
それぞれメイド服を着ている。この城の使用人なのだろう。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「シセル様はごいっしょではないのですか?」
「ああ、こいつを置きに来ただけだからな。新人だ。優しくしてやってくれよ」
「新人、ですか。相変わらずご主人様はカスなんですね」
「どうせ攫ってきたんでしょう? あなた大丈夫だった? あのゴミ野朗にひどいことされてない?」
「あ、え? ……はい」
クロシーは頷くことしかできなかった。
「私はシーツ。ここの奴隷長みたいなものね。なにかあったら私にいってちょうだい。このクズを殺すこと以外なら大抵してあげるから」
シーツと名乗ったのは、年の頃20くらいの女だった。クロシーは彼女に、聡明で沈着冷静、そんな印象をもった。
「あたしはローザね。仲良くしましょう」
ローザは、にこにこと気さくな笑みを向けてきた。青いショートヘアーの女性で、年齢はシイツよりいくらか幼く見えた。天真爛漫という言葉が似合いそうなひとだ、クロシーはそう思った。
「あ、その……私はクロシー・マカロニア・F・サンシャインデニーズです。クロシーと、呼んでください」
微笑ましい(詰られている感はあるが)自己紹介が終わり、クロシーは城のなかへと案内されていった。
それを笑顔で見送って、アウトは転送の魔法を発動させたのだった。
バイプッシュ城にもどり、シセルと合流する。
そして、オルテガ村へ向けて旅だとうというところで、彼らは気づいた
朝日を背に、威風堂々とやってくる馬車――いや、馬の姿に。
既視感。
それは、アウトたちが最初に乗っていた、ボロボロの馬車だった。
「はは、あいつ自力でここまで来たのか。あいかわらずしぶとい馬だな」
「同じクズなご主人様に仕える身としては、あの忠誠心は理解できないね」
そうして彼らはまた、旅にでる。
次の目的地は、オルテガ村だ。
しかし、彼らは忘れていた
クロシーですら、ほぼ完全に忘れていたといってもいい。
馬車に縛られて放置された、あのデブ貴族の存在を。
彼は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、未だに呻き声をあげていた。
彼の地獄は、平穏をとりもどして、生き残った兵たちがその馬車を見つける三日後まで続いたのだった。