01
戦士は倒れた。
手にした槍は折れ、盾は砕け、戦士を守るものはもはや何一つなくなっていた。その身体に、矢が降り注ぐ。
駆け抜ける兵たちは雄たけびを上げ、突撃していく。
そこは、戦場だった。
「アウト・ファンシー・エレメンタルマリオ」
怒声と悲鳴が交差する地獄の中心で、少年はたしかに自分を呼ぶ声を聞いた。
それを無視するかのように、少年は空を見上げる。どこかの部隊が、大規模な戦略魔術を発動させたのだろう。雲ひとつない青空は、爆炎で灰色に染まっていた。
「アウト・ファンシー・エレメンタルマリオ」
声は、すぐ傍で聞こえた。
少年は空を見上げて、振り向きさえしない。その胸を、長い槍が貫いた。それでも少年は振り向かない。
立ち尽くす少年にもまた、千の矢が降り注ぐ。
「アウト・ファンシー・エレメンタルマリオ」
そして、ようやく少年は声の主へと振り返るのだった。
「というわけで俺は不老不死の身体を手に入れたのだよ」
「まったくわからない。どういうわけなの?」
「つまりだな。爆発四散した俺の体の下を流れていた竜脈が、何かの拍子に偶然活性化してだな。今にも昇天しそうな俺の魂をよみがえらせたのだよ!」
「竜脈が活性化して死人が蘇るなんて聞いたことないけど?」
「俺も聞いたことねえなあ」
「でも蘇ったんでしょ?」
「ありゃあ嘘だ。なんだお前以外に純情なんだな。こんなホラ話信じたのか?」
そう言って、アヒャヒャヒャと下品に笑う少年――アウト。そしてその少年に蔑む視線を送る少女。
彼らは馬車に揺られながら、枯れた大地を旅していた。
キタゼヌルリト大陸。永きに渡る帝国と王国の泥沼の戦争がこの大陸を蝕んでいた。
蹂躙された大地は痩せ衰え、作物は実ることを忘れた。彼らの視界いっぱい、見渡すかぎりに広がる砂色の荒野が、その事実を静かに裏付けている。
かつて大地を潤したはずの湖も沼も川も、皆とうの昔に枯れ果てた。草木も花も、鳥も獣も、虫けらどもすら例外なく土に――いや、土すらもまた砂に還る、そういう世界。
地獄のひとつが、間違いなくその世界にはあった。
そんな地獄を旅する少年と少女。彼らはもちろん貴族ではない。商人でもない。
ただ気の向くままに旅先を決める、目的もなく大陸を枯葉のようにさまよう。
彼らのようなものこそ、真の意味で旅人といえるだろう。
「それで、この先のオルテガとかいう村にはうまいもんがあるんだろうな?」
「そんなの知らないよ。そもそも私だってオルテガ村とかいうとこに行くのは初めてなんだから」
「あー、そうか。おまえ引き篭もりだったんだもんなぁシセル」
そう笑って、アウトはシセルの頭をなでた。
シセルと呼ばれた少女は、年の頃16,7ほどだろうか。肩のあたりまである黒髪の耳の上あたりから、山羊の角のようなものが生えている。
そして彼女には、体中のいたるところに、ベルトやら何やらを駆使して大量のナイフがくくりつけられていた。
全体として、悪い意味で非常に人目を引く外見ではあった。
シセルはアウトの手を羽虫かなにかを払うかのように振り払う。その視線はゴキブリを見る主婦のように鋭く冷たい。
「おまえの視線は相変わらず殺気がこもってるなあ。そんなんだから潤滑な人間関係が築けねえんだよ」
「おまえのようなクズに言われたくないな」
「そりゃあ、まぁ、たしかにそうだ」
上機嫌に笑うアウト。彼の上機嫌にはわけがあった。
彼は馬車の前方でトラのような魔物の群れに襲われている豪華な馬車を見つけていたのだった。
馬車の命運はもはや風前の灯といった有様で、恐らくは放っておいたとしても、数分も持たないであろう。アウトはそう当たりをつけていた。
この大地では全くありふれた、恐らくは戦争以外で、人が最も多く命を落としているであろう災害。そう、それが魔物というものだった。
ボロオンと呼ばれるその魔物は、巨大なネコ科動物のような外見をしているのだが、その巨躯をしてもなお似つかわしくないほどの長大な犬歯を備えている。
その毛皮は黄ばんだ砂埃に塗れたような、薄汚い茶褐色をしているため、それが保護色となって彼らの発見を非常に難しくしていた。
であるから、ボロオンの群れ(彼らは群れで狩りをする)を馬車の上から発見出来ると言うことは、つまりはこういうふうに、もう完全に手遅れであるということなのだ。
アウトはヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながら、馬車を加速させる。
「ありゃあ、金もってるな。見た目からして間違いねえ」
「商人か貴族だね。かわいそうに」
つまらなそうにシセルは相槌を打つ。その表情は、言葉とは裏腹に慈悲のかけらもなく冷めている。それは彼らにとっては日常の出来事にすぎないのだ。
「シセル、おまえ突っ込んで来い。宝箱の中身はなるべく傷つけるなよ」
「はいはい、わかってるよ。どうせ私に選択肢なんかないよ」
嘆息。
そして、シセルは御者台から飛び降りた。