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第六話 ひとまず落着?

 ゴウ、と風の音が耳のそばで響く。

 城の最上階の高さ、果てなどないような海の彼方、蒼穹を往く漆黒の翼の竜の上に、猫衣とゼロは載っている。

 向かう先は裁きの森だ。

 裁きの森は大樹さえ消してしまえば、人が森に入らない限り災厄は起こらない。

 だが、ゼロだけでは大樹まで近づけない。

 だからこその、アンテノーラの機神、レイヴンの力が必要だったのだ。

「は、文献に残ってはいたが、凄いな。この光景は」

「私も結構びっくりしてるわよ。竜なんて、お目にかかったことないもの」

『その割に威勢が良かったがな』

 くぐもった笑い声が猫衣の返答を揶揄う。

 真っ赤になった猫衣を見て、ゼロが堪らずくすくすと笑った。

「いいんだよ。猫衣はそれで」

 ふっと笑いを収めて、優しい声でゼロは言う。

「猫衣はそのままで、ありのままでいいんだ」

 そう告げるゼロの表情があまりに優しく、愛おしげだったから、猫衣はつい顔が熱くなって視線を逸らしてしまう。

 変なの。三次元のイケメンなんて、無理だったはずなのに。

『趣味が悪い』

『そうだな。趣味が悪い』

 機神二体にそろって言われてしまい、猫衣は苦虫をかみつぶしたような表情になる。

「こら! あんたは私の機神じゃないの!?」

『冗談だ。我がマスターならばこのくらい見分けろ』

「出会ったばかりの竜が無茶言うよ!」

「奇遇だな猫衣。エヴァーグレイスも出会ったばかりの頃から無茶を言っていた」

 文句を言った猫衣の横で、ゼロがさもありなんという顔でコメントした。

「まあ、そんなことを言っている場合でもないな」

 不意にゼロがエヴァーグレイスを手に立ち上がる。

 裁きの森は視界に見えているが、その中央にそびえ立った大樹から大量の魔物が生み出され、こちらに飛んできた。

「掃討するぞ。エヴァーグレイス」

『あいよー!』

 一面空を埋め尽くすほどになったヴィクティムを見上げ、ゼロは宝剣を振るう。

 切っ先から放たれた閃光が、レーザーのように魔物を燃やし尽くしていった。

 だがその攻撃を躱した魔物が、こちらに飛行してくる。

「レイヴン。格好良いところ見せてちょうだい!」

『承知した』

 待ってましたとばかりに笑んだ猫衣に応えて、レイヴンが大きな口を開く。

 その咥内から赤い炎が生まれ、こちらに向かってきたヴィクティムめがけて放たれる。

 炎撃はヴィクティムに直撃し、燃やし尽くして地面へと落とした。

「よし、見えた!」

 猫衣がぐっと拳を握る。飛行するレイヴンの眼下、高くそびえ立った大樹が見える。

「放っておくとまたヴィクティムを産むぞ!

 ここで仕留める!」

「了解!」

 ゼロと猫衣の言葉にそれぞれの機神が応えた。

 ゼロが振るったエヴァーグレイスの切っ先から生み出された真白い閃光が、レイヴンの口から放たれた真紅の光が、大樹に襲いかかってその身を一瞬で包み込む。

「まだだ!」

 ゼロが叫ぶ。大樹は全てを焼き尽くす閃光の中にあって、まだ崩れ落ちていない。

 再びヴィクティムを産もうと淡く発光する。

「レイヴン!」

『承知。掴まっていろ』

 レイヴンは身体を起こすと、四つの足の間に真紅の巨大な光の球を生み出す。

 それをあがく大樹に向かって放った。

 光の球が直撃した大樹が、中央から真っ二つに折れた。

 悲鳴のような轟音を立てて崩れていく。

 落ちないようにレイヴンの表皮にしがみついた猫衣とゼロは、宙に浮かんだままそれを眺めていた。




 猫衣たちが城に帰還した時には、全てのヴィクティムは人間に戻っていた。

 幸い死者は出ていないとランフォードが言っていたので、ヴィクティムにされた人間たちは診療所で治療を受けるという。

 彼らを裁きの森に放り込んだ諸悪の根源たる大臣は捕縛され、投獄された。

 全て解決した後になって、猫衣は部屋で頭を抱えていた。

「猫衣ちゃん。聞いたよ。やっちゃったねえ。

 帰れないってわかってて、ゼロに娶れって言っちゃったんだって?」

「だ、だってゼロがあんまり情けないこと言うからぁ」

 ベッドの上で悶絶している妹を眺めて、梟は腕を組んでにやにやと笑う。

「私を娶るって言ったくせにああだこうだ言ってるから、つい。

 だからあれ、ゼロが悪いの」

「ふうん?」

「そう、ゼロが悪い」

「すっかり仲良くなったみたいだね?

 名前で呼ぶようになってるし」

 にやりとした梟に指摘され、猫衣は真っ赤になって寝台に突っ伏す。

「まあ、でも帰れないのは困ったなあ」

「…梟は帰れるでしょ。私と違って」

「僕にお前を置いて帰れって? 冗談。それに」

「それに?」

 そろり、とこちらを見上げた猫衣に、梟は顎に手を当てて少し考え、

「まあ僕ももう少しここにいたい理由が出来たから、いいよ」

 と答えて足を部屋の外に向ける。

 梟が扉に手を掛ける前に扉が開いて、一依が顔を覗かせた。

「梟」

「ああ、ちょうど良いところに。

 一依、怪我はなかった?」

「ええ、あなたのおかげです。ただ」

 一依は言いかけ、思案する。剣では倒せないヴィクティムに一太刀入れた梟のあの姿。

 ランフォードに報告したところ、ランフォードも難しい顔をしていたが。

「ただ?」

 無邪気にこちらを見上げる梟の視線に我に返って、笑みを浮かべた。

「いいえ。梟も、しばらくこちらの世界にいるのですか?」

「うん。猫衣一人置いていけないから」

「そうですか。よかった」

 安堵したように顔をほころばせた一依に、梟は口元を緩ませる。

 猫衣は「初めて見る笑顔だ」と思った。




「え? ゼロって城下街に行ったことないの?」

 その日の昼過ぎ、皇帝の私室でランフォードが淹れた紅茶を飲みながら話していた猫衣は、意外そうな声を上げた。

「ああ、見た目ですぐバレてしまってな」

「ああ、この見た目じゃそうか…」

「かと言って顔を隠すと怪しまれるからな…」

 ゼロはハーブティーの入ったカップを手に、悩ましげな顔だ。

 その装束はもう血で汚れていないが、腕の傷はまだ癒えていない。

「そっかぁ」

「なにか残念だったか?」

 残念そうな猫衣の声の響きに、ゼロが首をかしげる。

「一緒に行ってみたかったんだけど」

「…………猫衣、それに他意はあるか?」

「他意?」

「だから、その」

 ゼロは困ったようにもごもごと言葉を探す。頬が熱い。

「夫と、一緒に街に行きたいという」

 口ごもりながらはっきり言葉にされ、猫衣はカップを手に持ったまま硬直する。

 ややあって顔を真っ赤に染めた猫衣が「違う! そういう意味じゃない!」と叫んだ。

『ケッ、惚気かよ』

『全くだな』

 ゼロの傍らに置かれたエヴァーグレイスと、猫衣の肩に留まっていたレイヴンがやれやれと言わんばかりに零す。

 ちなみにレイヴンの姿は今は烏ほどの小ささになっており、猫衣の肩であくびをする。

「だから! ともかく! 私は三次元のイケメンなんて、お断りだって!」

「さんじげん?」

「ああもう、日本の言葉が通じない!」

 首をかしげたゼロに猫衣が頭を抱える。

 その光景を微笑ましそうに眺めて、ランフォードは「まあそもそも、大樹を破壊したことでほぼお二人の婚約は確定してしまっているんですけどね」と呟く。

 ゼロが「言うな。もうしばらく黙っていろ」と小声で囁いた。

『あ、外堀埋めてから言う気だ』

『悪い男に引っかかったな。マスター』

「お前らまとめて黙っていろ」

 やれやれとした様子を崩さない機神二体に口止めして、ゼロはカップの中を見つめる。

 火事場のなんとやらかもしれないけれど、キスしてくれた。猫衣から。

 だから多分、この想いは、叶わないものではない、かもしれない。

 ふっと破顔して、窓の外に視線を投げた。

 空は快晴。白い翼の鳥が飛んでいく。


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