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いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作者: 彩白 莱灯
1-4 欲

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第18話

 ―― ♦︎




 裏市は地下に存在している。

 だから昼も夜もないのだが、オババの趣向で、一室だけは外の景色を映している。

 それは現実のそれではなく、時間経過で昼と夜が切り替わるものである。

 その部屋は中央が窪んでおり、時によっては温かく、またひんやりと過ごすことができる。



 そこに、シュウがいる。



 オババから有料で借りた簡易的な服を着て、足は窪みの中でゆらゆら揺れる。

 顔と視線は天を向き、深更(しんこう)をどことなく見つめている。

 フードから覗く口元は穏やかで、何も変わらない様を楽しんでいるよう。



「そんなんじゃデカくなれないよ」



 家主であるオババが、片手に盆を持って入室する。

 シュウは視線だけを向け、再び戻した。



 明らかに気付いていた。

 気配か、匂いか、勘か。

 どれにしても、どちらも気にすることなく、無言で直角に位置して座った。



 オババは盆に乗せられた急須と湯呑みで茶を注ぐ。

 シュウの真横に置いてから、もう一つを自身の手に収める。

 湯をすする音が響くが、暗闇は変わらない。

 シュウも、微動だにせず、作られた空を眺め続ける。



 数分。数十分。

 二杯目の湯呑みを飲みきって、オババは盆に手を伸ばす。



「菓子、食うかい?」



 差し出された菓子を、シュウは見向きもせず、



「いらない」



 軽やかに断言した。

 キョウカがいたら肝が潰れたかのような反応をしていただろう。

 シュウの身体検査、心理検査、真夜中にもかかわらずあるだけの食材でできる限りの料理をし、口に詰め込まずともテーブルから床、土間まで並べ尽くすまで想像に容易い。



 オババは伸ばした手を下ろし、腿の上に置く。

 断られた菓子を手に、小さく口を開く。



「アンタは何者だい」



 雨が落ちてきたかと、シュウは目を見開いた。

 口角を上げながら、問に答える。



「なんだと思う?」

「異変の根源」

「理由は?」

「アンタほど異質な存在、見たことないよ」

「エルフが混ざってれば、どんなでも寿命長いんだ」

「アタシャ特別製だよ」



 鼻をスン、と鳴らす。



「エルフと、吸血鬼……でも半分は人間かな」



 否定も肯定もなく、それはつまり肯定であることの証明。

 オババは丁寧な所作で菓子を頬張る。



「長寿と不老、そして平凡な人間の組み合わせはね、地獄だよ」



 霞んだ瞳が菓子を見つめる。

 齧った中身が腐っていた。



「割合の多い『人間』が『不老』を打ち消したが、人より老いにくいってだけ。老いてしまえば病にもかかるし怪我もしやすい。感覚だって鈍る。健康な『長寿』ならいざ知らず、不健康でも死ぬこともできない。せめて、微かでも死に急いでやろうと思っても、さて、あと何十年、何百年残ってることやら」

「可哀想」



 決してそんなこと思っていない。

 自他ともに認める声色も受け入れられる場所と相手。

 オババは茶を再び次いで、喉に流す。



「数百か、千年かもしれない。それだけ生きた中で、あんたみたいな奴は知らないね」

「そんなもんじゃない? 全てを知ってる気になるのはどうかと思うよ」



 そこでようやく、シュウがオババを見据える。



「自分が想像しない考えなんて、いくらでも存在するよ」



 紫の瞳が輝く。

 赤も青も黄色も、灰も混ざった煌めきが妖しく瞬く。

 フードで隠れた角が存在を主張する。

 対してオババの瞳はやはり霞む。

 どれだけ輝いていても、その目は光を潰している。



「たかが千年程度生きたじゃお目にかかれない存在か。随分傲慢な童だね」

「まだまだ『ハジメテ』は沢山あるよ☆」

「黙りな」



 茶をすする音が一層大きく鳴った。

 シュウは軽く笑い飛ばし、再び天を仰ぐ。



「異質なもの同士、仲良くしようよ」



 手探りで茶に手を伸ばし、喉に通した。

 オババの持ってきたものを初めて口にし、友好を示す。

 続けてオババも茶を飲み干した。



「あの子をどうするつもりだい」



 話題は当人から、この場にいない人物について移り変わる。

 具体的な特徴は何もないものの、共通した知人というのは限られる。

 答え(キョウカ)を導き出し、シュウは「んー」と唸る。



「ただ一緒にいるだけだよ」

「あの子はうちのお得意様なんでね。商売相手を失うのは惜しい。手を出さないでくれよ」

「あはは、気の入れようが僕とは違うね。嫉妬しちゃう」



 夜空を背景にして、シュウはオババに向き直る。

 紫の瞳を分断する黒い瞳孔がオババを捕らえる。

 どこか魅狐を思い出すような妖艶な雰囲気も漂わせる。



「キョウカは誰にも渡さないよ」



 これは不変の事実だと、殴り掛かる勢いの言霊。

 シュウの強い執着は貪欲な傲慢さも、自己中心的な嫉妬も、依存的な怠惰も持ち合わせている。

 この夜のように、ただこの場にいるしかできない暗弱な自身を、オババは微かに嘆いた。



「……商売が出来ればそれでいい」

「ふふ、僕がキョウカを殺すんじゃないかと思ってるの? そんなのまだまだ先だよ」



 オババは目を見張る。

 可能性が確立されてしまったから。

 同日に、キョウカはあれほど悩んでいたというのに。

 シュウはこうも軽く、あっけらかんと意志を示した。

 湯呑みを握る手に力が入り、薄い皮膚の下で血管が拍動する。



「いずれは殺し合うんだろうね、僕とキョウカ。会った時から確信してるよ」



 ふっと力が抜け、湯のみが傾いた。



「かく、しん」

「うん、そうなるよ、絶対」

「根拠は」

「なーい。なんだろうね、なんかそう思ったの」




 ―― 楽しみなんだ! キョウカと本気の喧嘩!




 月のように爽やかで、太陽のように溌剌とした笑顔。

 嘘偽りの無いものだと、千年を超えた熟練の生物でも、本能的に理解させられた。

 そして過去の会話を思い出す。



 この二人にとって、殺し合いは喧嘩の延長。

 世界を揺るがすほどの事態になろうとも、この二人は世界なんてどうでも良い。

 ただ本気でぶつかり合いたいだけ。



「……世界一迷惑な痴話喧嘩だね」

「あははっ、ごめんね。オババのお家は壊さないように気をつけるかも!」

「いっその事壊していいよ。弁償しな 」

「キョウカに言ってー」



 ぷらぷら、ぱたぱた。

 足が忙しなく、楽しそうに空を掻く。



 五杯目の湯はなかった。

 オババは立ち上がり、お盆に湯のみと急須、菓子の包みを乗せ、部屋の戸を開ける。

 来た時と違い、シュウはその後ろ姿を見つめる。



「バイバイ」



 投げかけた挨拶は片手で払われた。

 その程度で良いという関係性。

 シュウは変わらず作られた夜空を見上げる。



 果てしない深更はいつの間にか清夜となり、部屋や、先を見通せるほどの明るさとなっていた。




 ―― ♦︎




「じゃあなシュウ」

「降ろしてー! 置いてかないでー!」



 朝起きたら息苦しくて、シュウが腹の上に乗っていた。

 猫か。

 布団で包んで自分の準備をした後、早々に退散しようとして見せた。

 どうせ自分で抜け出せるだろうに、腑抜けか甘えか泣き叫ぶ。

 置いていくつもりもないけれど、ちょっとした仕返しぐらいしても許してくれてもいいはずだ。



「朝から騒がしい! 静かにしな!」

「うるさいのが来たー。オババ顎外れちゃうよー?」

「さっさと出て行きな!!」



 うるせぇ。



「ほれ。代金の一部」

「一部?」

「2000ユキチも持ち歩くつもりかい?」

「まあ……マジックアイテムに入れときゃいいかなって」



 瓢箪、本名【消化不良の胃袋】は金も入れられる。

 二千枚もの紙幣を持ち歩くのに不安がないかと問われればないことはない。

 しかしいざと言う時に手元に金銭がないのも……。



「この子を入れていきな」



 猫を摘むように、小人を突き出してきた。

 オババの店までの案内役である妖精だ。

 笑っているようで無感情の少し不気味なヤツ。

 今は寝ているのか目を閉じて脱力している。



「瓢箪に入れても問題ない。金が必要になったらこの子越しに送るよ」

「そんなこと出来るのか」

「非売品だ。大事にしな」



 便利そうなので、言葉に甘えることにした。

 瓢箪に妖精、一部の金銭を財布に忍ばせる。

 荷物を背負い、メモ紙も確かにポケットにしまった。



「じゃあな、オババ」

「生きてたらまたねー!」

「じゃかぁしわ!! 先に死ぬと思ってると痛い目見るよ!」

「どういう脅しなの!」



 物騒な戯れを背に、裏市を出た。

 まだ日が登り始めの地上は人の気配は無い。

 湯の国の特殊な香りを嗅いで、懐かしさと始まりを感じ取る。



 深呼吸したら噎せそうだった。

 なんとか整えて、息だけを吐いた。



「よし、行こう」

「行こーう!」



 いつか魔王と勇者になる、その日まで。

 俺たちは友達として旅をする。



『いつか』のその時、真正面からぶつかり合うために。




 ――― 第一章・終


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