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いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作者: 彩白 莱灯


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3/22

和製の鬼は次代の魔王となる。②

「勇者様っ!!?」



 再度、緊張感に包まれる。



 誰よりも早くヘレナが駆け寄ると、眼を閉じた勇者の周囲は血が溜まっていた。

 ボロボロの鎧ごと抱きかかえると、ぐちゃと水音が混ざる。

 勇者の全身は血で汚れていた。

 どれほどの、いつからの出血か。

 戦いがどのくらいの時間を要したか、定かではない。

 けれど大怪我を負っていたのはわかっていた。だからわかる。

 ――勇者は、危険な状況だと。



「ヘレナ! 治癒魔法を!」

「はい!」

「ボルドとテナは応援を呼んでこい! 儂は周囲の安全を確認する!」

「わかった!」

「待ってろよ、あんちゃん!」



 老いた魔法使いが早急に対処をし、各自が散る。

 ヘレナのなけなしの魔力で行われる治癒魔法は弱弱しい光を放つ。

 照らされる、勇者の顔と傷。

 ヘレナの心は痛み、顔が歪む。



「勇者様……っ」



 心音がヘレナの耳を支配する。

 戦っている時よりも苦しい表情で、両手を掲げ続ける。

 消えそうなほどの魔法は、まるで二人の命のようだった。

 固く目を閉じる。願わずにはいられなかった。

 なぜなら、勇者は――



「ヘレナ、大丈夫だ」

「っ」



 鼓動によって犯されていたヘレナに、一滴の音が落ちた。



「ゆうしゃ、さまっ」

「少し、疲れただけだ。大丈夫」

「よかった……よかったです……」



 勇者の手は、優しくヘレナの頬に触れる。

 寄り添うように顔を傾ける。

 頬を伝って涙が流れ、そして勇者へ降り注ぐ。



「ヘレナ」

「はい」

「名前を呼んで」

「……アルスさま」

「うん」

「アルスさま」

「うん」

「アルス、さま」

「うん」

「……がんばりましたね」

「約束のためだからね」

「っ」

「覚えてるよね?」

「……はい」

「結婚、してくれるよね?」

「……はい」

「よかった。頑張った甲斐があった」

「もう……」

「大好きな世界を守れてよかった。大好きだよ、ヘレナ」

「……私も、大好きです、アルス様」



 頬に添えられた手に手を重ね、見つめ合う二人は平和を噛みしめる。

 他者の邪魔を許さぬ空気の、少し外。

 血走る目で見つめる、部外者(・・・)



「少し休んでください。皆が応援を呼んでくれています」

「ああ、じゃあ、そうさせてもらおうかな」



 重ねた手を握り、胸元へ下ろした。

 すぐに伏せられた瞼と、規則正しい吐息。

 鎧越しの胸が上下に動く。

 緊張と焦りから硬かったヘレナの表情(かお)はすっかり和らいでいた。


 そこに、影が射す。



「――え」



 索敵では何もないと言っていた。

 では、ヘレナの、眠った勇者の前にいるこの男はなんだ。

 額から控えめに主張する角が、人間ではないことを語っている。



「ま、も……」

「ねぇ、なんでいるの?」

「へ」



 理解し得ない状況に、へレナは腑抜けた声しか出なかった。

 お構いなしに、しゅうは一方的に語り掛ける。



「ねぇ、姉上。貴方は僕が殺したはずだよね」

「あね、うえ? ころ……し」

「僕が食べたはずだよ。だって、ほら、口の周りは貴方の汚い血で未だに汚れてる。臭くて臭くてたまらないよ」

「……な、え?」

「ああ、もしかして、影武者だったのかな? 全く、姉上のやることはえげつないなぁ」

「っ!」



 魔力を練った。

 けれどもはや使い果たしたカスでしかない魔法は、ヘレナの杖から放たれることはなくその場で塵となった。

 ヘレナの顔は絶望に染まる。

 守らなければ、と、本能で思った。

 覆い被さろうと顔を伏せる。

 阻止するつもりはなかったが、しゅうの継ぎ接ぎの皮膚による腕は、ヘレナの愛らしい柔肌の顔を握る。



「ぐむっ」

「今度こそ、ね」



 ――いただきます。



 ヘレナの耳に届いた言葉だった。

 頭から食い破り、芳醇なみそと血液が所かまわず下品に零れ落ちる。

 それは、勇者がいたとしても、構われない。



「ごちそうさまでした」



 ひと一人を食べ、けれどしゅうの腹は次を欲する。

 足元に横たわる男が目に入る。



「……ァ」



 しゅうの瞳は、黒く濁り、渦を巻き、勇者を捕らえる。



「ゆうしゃさま」



 両膝をつき、両手で胸元の手を取る。

 口に寄せ、まるで祈る様に構える。



「だいすきです」



 ヘレナに触れたその手から、しゅうは牙を立てる。

 引きちぎり、噛み砕き、時々空気が漏れだす。

 二人を食しても満たされたわけではない。

 だが、ぼやけてはっきりしていなかった脳と意識が、どうしてかクリアになっていた。

 血まみれのその場に胡坐をかき、乱暴に口元を拭い、遠い景色を見つめる。



「この世界はラングラシア。勇者が魔法使いたちを連れて、魔王を討ちに来た。そして達した。仲間は応援を呼び、そして一人は中間索敵。なぜか僕は認識されていない。そもそ消えなかった僕は、召喚された魔物たちとは異質な存在? ともかく、仲間を食らった僕をそのままにしておくわけはないよね」



 手をつきながら、重くも軽くもない体で立ち上がる。

 不意に伸びた手は額の角に触れる。

 触れれば違和感を感じるものの、別段不都合も、不快さもない。

 しゅうは軽く撫でながら、流れで髪を梳く。

 周囲を見渡して、一息つく。



「よし、逃げよう」



 動きは早かった。

 なぜか記憶に残っている、仲間が去って行った方向。

 そちらとは逆方向に足を進める。



 仲間が戻ってきた時、その場に残していったとは信じられない状況だった。

 二人がその場にいないのが救いか、血だまりと細かい肉片があることが絶望か。

 そんなこと、しゅうの知るところではない。



 遠く離れた地で、しゅうは川遊びに興じながら考えた。



「なぜだろう。僕はこの世界が大好きだ。大好きで大好きで、大切にしたい。大切なものは、僕のものにしたい。僕のものにして、隔離して、大事に大事に愛したい」



 ちゃぱちゃぱと足元の水を蹴る。

 魚が跳ね、それさえも愛おしく感じる。

 朗らかな笑顔を浮かべながら、しゅうは両手を広げ、空を抱きしめんとする。



「この世界が欲しい。愛おしいこの世界が。だから僕は、この世界を手に入れることとしよう」



 ―― 魔王になろう。 

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