第4話
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夢を見た、と思った。
それは違うとすぐにわかった。
―― これは『予知』だ。
見知った感覚の中とわかってしまえば、ひどく冷静に、その景色を傍観する。
今回は血の雨らしい。
どす暗い空から降り注ぐ赤黒い水。
その中で両手を広げて大笑いしていた。
唐突に振り返って、血に塗れた顔で、輝かしい笑顔をしていた。
誰の血ともわからない。
けれどその笑い方が活気にあふれていて、俺はただただ、眺めていられた。
―― シュウとまだ、旅を続けられるだろう。
理由もなく、そんな安心感が芽生えた。
―― ♦
食べ歩き姿のさらけ出し道中は瞬く間に話題となった。
女の幼子自体は珍しくない。
話題になったのはユウの見目の良さ。
さすがという賛辞はなんとなく胸の内に秘めておく。
財布に重症を負いつつも、作戦は成功した。
ユウとして店に出る予定の日、受付には客が溢れていた。
一途な客はさておき、さすがに数十人は新人一人には捌ききれない。
そこで遣り手婆と話し合った結果。
『格安の値段で、全員に酌して回る』作戦を実行する。
「なんで?」
率直な疑問だ、えらいぞユウ。
「誰か一人を贔屓すると荒れるからな。この人数じゃ誰が一番最初に予約をとったかなんてわからん。暴動が起きてもおかしくない。だから全員一纏めにしてから決めようってことだ」
「え、その場で決めるの?」
「ああ。くじ引きでな」
全ては己の運にかかっている。
もはや楽しんでいるまである。
体力オバケなユウは酌して回るぐらいならどうってことないという態度だ。
接客となればまた違うので、その時は人数と時間を調整するためのくじ引き。
遊郭ならではの一線を超えそうになることも阻止できる。
……そういえば、ユウに『一線』のこと説明してなかったな……。
まあいっか。阻止するし。
「ユウが接客してる間、俺は客の管理をしつつ建物を探る」
本来の目的は忘れてはいけない。
三階にある花魁の部屋へ辿り着かなければ、本当にシュウの貞操の危機が訪れてしまう。
と言っても簡単なことではない。
立ち入り禁止区域となれば見張りは居るだろう。
ユウの活動時間は店の活動時間だ。
昼も昼で少ないながらも人の出入りはある。
夜の方が注意がそれやすいし、男手も裁かれているだろうと踏んでの作戦だ。
「数十人いる。この人数なら、数日間は酒の酌して適当に話してればいい。その間に調べて、可能なら話もつけてくる」
「話すだけなら全然いいよ。でも早くね。この服脱ぎたい」
「努力する」
憤りも、切羽詰まっている様子もなく安心。
そうして作戦は実行された。
大広間にユウに会いに来た客を通し、ゆっくり時間をかけて酌して回る。
所作に拙さはあるものの、ユウに惹かれた者たちはその初々しさまでも眼福ものだろう。
俺は酒を持って後に続き、見張り役として徹する。
そうして全ての猪口を満たし、ユウの挨拶で全員が酒を飲み干す。
この場の説明をして、満足した者は退室した。
残っても三十人はいる。
一日で六人が最高だろうと付け加えた。
「くじを渡します。線の数が大きい者から予約の優先権を得ます」
四隅の人間にサイコロを振ってもらい、数の大きいところからくじを引く。
めくるのは全員一斉に行った。
順番がどうとはいえユウと酒を交わせるのは変わらないというのに、客は感情豊かに喚き散らす。
手伝いに来た妓夫が予約を調整している。
その頃のユウはというと。
「え……」
驚いた。
眉を下げ、口角を上げ……どこか懐かしんでいるような表情をしている。
客に気取られないようユウの背後に周り、小さく声をかける。
「……ユウ?」
「ん?」
「どうした? なんか、変な顔してたぞ」
軽く笑い飛ばされた。
「変な顔って。なんでもないよ。なんとなく懐かしかっただけ」
「懐かしい?」
「そう、父上と母上と……みんなでこうして騒がしくしてた時もあったなぁって」
ああ、そうか。
魔王にも両親はい……たのか。
そう考えれば、悲しそうにも見えてきた。
詳しくは知らないシュウの生涯。
その片鱗も見せたがらないシュウが滲み出した思い出。
語りたくない理由があるのだろう。
そしてそれは相当なことなのだろう。
仲がいいつもりでいた俺でもまだ知らない。
俺はシュウのことを知っているようで知らない。
それが悪いとは思わない。
少し片鱗が見えたことも嬉しいとも思わない。
ただ、『家族を懐かしむ心を持っている』と判断した。
「キョウカさん、予約まとまりました」
「あ、りがとうございます」
力の抜けていた瞼が飛び起きた。
妓夫から受け取った予約表を見て、やはりユウの予定は五日ほどはびっしり埋まっている。
一日・二日はユウの周りにいるとして、その後三階の確認。
そうしてから花魁との接触をはかる日程を組もう。
お披露目と称した挨拶の場はそうそうに締めくくられた。
男たちは次の妓女の元へさっさと移動させられる。
この部屋はすぐに片付けが入るからと追い出され、俺たちは裏口から帰宅した。
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そして早くも接客三日目。
人懐っこさを存分に発揮し、大きな問題もなく過ごした二日間。
その様子を見て、予定通りこのタイミングで探りに行くことをユウに伝えた。
「もあ、もう行ふ? んぐ、気をつけてねー」
差し入れと称した貢物にうはうはで、俺のことを本当に心配しているのかどうなのか。
菓子を睨みつけてから、二階の窓枠に足を掛ける。
店の裏は川になっている。
簡単に逃げられないように、と聞いたことがあるが、果たして真相はどうなのか。
それはさておき、既に接客がスタートしていれば窓側には誰もいない。
たまに開いている窓があるからそこだけ注意が必要だ。
物音を立てないよう、二階から飛び上がる。
階の間のヘリに片手を引っ掛ける。
ぷらついた足を左右に漕いで、勢いをつけて足を乗せた。
そのまま両足で立つまで体を捻る。
三階も明かりが点いているので十分に注意する。
中の音を聞きながら、花魁の居場所を探る。
一方、その頃――
「さて、僕もお仕事するかー」
「ユウさん、お客様がお見えです」
「はーいどうぞー」
シュウに教えておかなくてむしろ良かったかもしれない。
「こんばんは」
「初めましてやな、ユウ。今晩はよろしゅう頼むで」
「あれ、耳……」
「そう、儂はエルフや。あんたからしたら何倍も生きたおじいちゃんやねん。たまたま遊びに来とって君のこと知ったんや。少し話をしよう」
「うん、いいよ、おじいちゃん」
俺たちが一番避けなければいけない存在が『エルフ』であると。
知っていたら、シュウは逃げただろうか。
それとも戦うことになっていただろうか。
どちらにしろ、知らないからこそ、自然体だからこそなり得た異質な空間。
未来の魔王と、魔王討伐のための布石を企むエルフの、遊郭での一夜が始まった。




