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いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作者: 彩白 莱灯
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白紙

 日本という国で、僕はそれなりに良いとこの家で生まれた。

 男は学問も武道も厳しく習い、将来はその家を継ぐべく、鍛錬の日々だった。



 でも僕は第二子の長男。

 上に姉がいたけど跡継ぎは男だからという理由で僕だった。


 継ぐこと自体は嫌じゃなかった。

 普通のことだったし、ある程度はやりたいことをさせて貰えたから。

 父上も母上も嫌いじゃないし、姉上も優しくしてくれたし。

 期待に応えなきゃって一生懸命だった。



 そんな姉はいたって普通の人だった。

 母親似の僕と違って、父上に似た姉は凛々しかった。

 よく僕の遊び相手もしてくれた。



 でもね、「最初だけ」なんだよ。



「これ、綺麗ね。どうしたの?」

「くれた! 佐吉が!」

「いいなぁ。私も欲しい」

「んー、じゃあ佐吉に聞いてみる!」



 綺麗なものが好きだった。



「これぐらいの花瓶を持ってます?」

「あるよー」

「花を生けたいので、譲っていただけません?」

「どうぞー。僕は使わないから」

 


 成長すれば、姉の口調はどんどん大人しく、丁寧になっていた。

 だから、気づかなかったのかもしれない。



「以前見せてくれた、あれをくださらない? 私とても気に入ってしまいましたの」

「えー、あれは……喜代治が譲ってくれたもので……」

「お願いです。一時だけでも」

「……じゃあちょっとだけねー」



 姉は――



「なんて綺麗な髪。羨ましいですわ」

「そんなことないよ。姉上も綺麗だよ」

「いいえ。私の髪より幾分も綺麗ですわ。……取り替えたいくらい……」



 色んなものを――



綾継あやつぐ殿と仲がよろしいのですね」

「まぁね! 一緒にいる時間が長いからかなっ」

「あなたは私にないものばかりを持っていて……本当……」



 何でも、欲しがった……――



 ある時は僕の所持品を。

 ある時は僕への謙譲品を。

 ある時は僕の付属品を。

 ある時は僕の友人を。

 ある時は、僕自身を。



 何でも、何でも欲しがった。



 ことは突然。

 僕が気付かなかっただけで、着々とことは進んでた。




「……あ、ぅ……」

「おはようございます。今は夜ですけど」

「あ、ねう……え?」



 薄暗い小屋の中。

 僕は後ろ手に柱に縛り付けられていて身動きが取れない状態だった。

 足を延ばして座らせられているため、姉の顔は上で、頭を上げると柱が当たって痛かった。



「どうなってるの……?」

「先ほど、あなたは暗殺され、亡骸は建物と一緒に燃やされてしまいました」

「は……?」

「場所は道場。一人鍛錬に勤しんでいるところを弓矢で射抜かれました。その時はまだ意識があったものの、すぐに火を放たれてしまいました。苦し紛れに叫んだ声が、近くを通りかかった家臣の耳に届き、あなただと断定しました」

「何を、言って?」

「亡骸は黒く焼かれ、もはや誰かもわかりませ――」

「何を言っている!!!」



 姉にこの時以上に叫んだことはなかったと思う。

 僕に耳を傾けてくれてた姉上は、もうこの時にはいなかった。

 姉が好きだった。

 でもこの瞬間、そんな感情は妄想の炎で灰になってしまったんだと思う。

 残ったのは炎が燻る、くすんだ残骸。



 ようやく僕を見た姉上の瞳は潤んでいた。

 頬は紅潮していた。

 口角は上がっていた。

 息も、動悸も早かった。



「あなたの死んだ理由です。あなたはここから二度と出ることも、歩くことも、私以外と話すことも、朝日を見ることもできません」

「なぜ……姉上が?」



 過去に何度も見せた、弟の僕が見惚れるほどの大好きな笑顔で言ったんだ。



「あなたの持つものすべてが欲しいから」



 僕が佐吉からもらったものは姉の押し入れの中に。

 僕が持っていた花瓶は姉の部屋の窓際に。

 僕が喜代治が譲ってくれたものは姉上のお気に入りの箱の中に。

 僕の髪は姉の装飾品の一部に。

 僕の一番の友人は姉の夫に。

 僕の周りにあったものは、いつしか姉のものになっていた。



 何度声を張り上げて誰かに気づいてもらおうと思ったか。

 何度頭を柱に叩き付けて髪を傷めてやろうと思ったか。

 何度舌を噛み切って死んでやろうと思ったかわからない。

 でもそうしなかった。

 できなかったのは、ただ姉上が好きだったから。

 ものを欲しがるのは前からあったことだし、何かに呪われて、こんな過剰になったんだって何度も思ったし。



 早く、昔の姉に戻ってくれと何度も思ってた。

 そんな日は来ないとも、わかってた。

 


 何度生え伸びる髪を切られたかわからない。

 どれくらいの時間が過ぎたかもわからない、そんなとき、姉が言ったんだ。



「綺麗な目ね」



 一瞬で鳥肌が立った。

 感覚なんてどんなものだったかわからなくなってたし、身体の動かし方もわからくなっていた。



「い、いやだっ」



 ただただ、少しだけ身体を捩じらせて、否定の声を上げて、伸びてくる手が止まることを望んだ。

 それまでのことを考えなくても、無駄なことすぐわかるのにねぇ。



「やだっ……あねう……」

「綺麗なものは、すべて私に頂戴?」

「ぅヴあ゛あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっっ!!!!」



 当然、外に聞こえてただろうってぐらい叫んだよ。

 それでも何の反応もなかったのはそれだけ人が寄り付かないところにいたんだろうと思う。

 姉一人で僕を連れてこれたとは思わないから、差し詰め僕の存在をよく思っていない奴だろうね。

 跡継ぎのこととか。

 もしかしたら、姉上の夫の綾継かな。

 三男坊で婿養子に来て、年下の僕が当主になるのが気に入らなそうだと噂で聞いていたし。



 片目を盗られて、僕の視界は少し狭まった。

 以前のような気力もなくなった。



 盗られた右目は包帯で覆われても、目がないんだから見える見えないもない。

 痛いという感覚だけが存在していた。

 同時に、僕の心にも存在したものがあった。




 ――姉は、敵だ。


 


 敵は排除すべし。

 情けはいらない。

 女も子どもも同等に殺せ。



 それが僕が捕えられる前までに教え込まれた教えだ。

 恨み憎しみが積もりに積もった僕の身体はだんだんと熱を帯びていった。



「ぅぐ、あ……かはっ……」



 次第に慣れていく熱と、感じ取れるほどの有り余る力、体力。

 僕は何重にもなった縄を引きちぎった。

 ゆっくりと立ち上がり、この場にいない姉と、僕を裏切った者たちへの復讐を果たそうと小屋の外に出た。



「ここは……」



 姉がまだまともだった頃、よく一緒に遊んだ山だ。

 この角度で見る自分のいた屋敷には見覚えがあった。



「皆殺しだ」



 誰が僕を裏切ったかなんてわからない。

 わからないならみんな殺してしまえ。

 恨むなら裏切ったやつを恨め。

 そう誰ともわからない誰かに念を送りながら、自分の家に向かう。

 門番が僕を見て驚いていたな。



 何年も着替えてない服はボロボロだったし。

 湯浴みもしてないから体臭も凄かっただろうし。

 髪なんてざんばらで乱れまくりだったし。

 片目を覆う包帯は血濡れだし。



「誰だ……? そこの者、このような高貴な場所に近づくな!」

「自分の家なのに近づくなとは、教育がなってないなぁ」

「なにを――」



 まず、一人。



「何を大声を上げてい、る゛」



 二人目。

 呑気に様子を見に来た見覚えのある奴。

 見つけて、追い出そうとしてきて、近づいてきたところを殺す。

 殺し方なんて知らない。

 こだわりなんてない。

 こうしたら死ぬんじゃないかな、って思いながらやってたら死んでいた。

 首をこう、ぐにゃってやって、たまに持ってた刃物で逆に刺してあげたり。

 適当なもんだから、僕自身も沢山怪我を負った。

 腕なんて途中から切られちゃったし。

 しかも刃物の扱いへったくそだから切り口汚いのねー。



 まぁそれは置いといて。

 殺し回っているうちに、松明が人や建物に引火したみたいだった。

 回り始めたと認識した頃、姉を見つけた。

 僕の部屋で。



「おはよう。ここで会うのはいったいいつぶりだろうねぇ」

「もう夜ですよ。騒がしいと思ったらやはりあなたでしたか」

「わかってたんだ? じゃあこれからのこともわかってるよね?」

「ぜひとも教えてくださいな」

「とぼけるの? それは逃げとも現実逃避とも言うんだよ」

「それが何か?」

「逃がさないよ」

「まぁ怖い。姉の私に対してあんまりじゃありませんこと?」



「死ね」



 大好きだった笑顔で喋る。

 だからこそ苛立ちが抑えられなかった。

 一気に体の熱が上がって、頭が痛くなるほどに血が昇ったのがわかった。

 思うがまま。

 姉上を見つめながら、ひたすらに当たり散らした。



 いくらかしたところで、ふと体の力が抜けた。

 あぁ、そうだ、って。

 本来の目的を忘れそうだったけど、ちゃんと果たしたよ。



「まず、目を返してね」



 姉の右目をもらった。



「こんな服、いい加減着替えたいな」



 姉の着ていた服をもらった。



「怪我したのは誰のせいかな」



 姉の左腕をもらった。



「髪がひどい有様なんだけど」



 姉の髪をもらった。



「身体中の痣、もう消えないだろうなぁ」



 姉の皮膚をもらった。

 途中から姉が息をしていないことなんてわかっていた。

 悲しくなかった。

 悲しいなんて思うほどの余裕なんてなかったからね。

 むしろ、余計に腸が煮えたね。

 遺言といっていいのか知らないけど、最後に言ったんだ。



 ――あなたの速い足も欲しかった。

 ――あなたに殺されることで、私はあなたの一部になれる。



 呪いのような言葉を言い残して、心の臓は動きを止めた。

 その瞬間から僕の意識も遠のいた。

 そこから先は、あんまり覚えてない。




 ―― 


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