屋敷
お風呂は一人で入れたのはいいものの、ここからが地獄だった。貴族が着るドレスを着るにはコルセットをまずつけなければならいそうだ。
「ラヴィリーナ様は、細いのであまりに絞めなくても大丈夫ですね」
「ア゛ァ」
と言っていたくせに、ぎゅううううと2人がかりで締められた。嘘つきめ。次は、メイクですね、と言われ色んなものを顔に塗られ、髪の毛を櫛で解かされ、髪飾りを付けられた。5人のメイドが慌ただしさを感じないが、素早く動くので目が回りそうだ。
「ネックレスや、耳飾りもございますが、どれにいたしましょう」
「……いらない。もう終わりでいいじゃない?」
「かしこまりました」
人生初のドレスは動きずらく、侍女に座り方や歩く時のポイントを教えて貰いながら、案内されるがままに部屋の前まで来た。
「この部屋に、当主様とルグルス様がいらっしゃいます」
入るが良い、という言葉を聞いて執事たちが大きなドアを開けた。長い長いテーブルの向こうには当主様とルグルス様という人達がいた。シレンスはいないみたいだ。
長い長いテーブルの一番手前にある席に座った。
「君がラヴィリーナだね。今回は赤龍の件で君に感謝したくて呼んだんだ。良ければ一緒にディナーでもどうかな」
「もちろんです」
次々と料理が運ばれてきた。師匠が今までに作ったことがないような料理で、何の肉かも分からない。
「口に合わなかったら言ってくれ。作り直させるよ」
「…いや、美味しい、です」
「そうか、良かったよ」
シレンスに言われた、敬語は絶対を少しは意識しよう。
「お主は魔法学園かなにかに通っているのか」
「いえ、通っていません」
シレンスにも聞かれたな。
「なら、どうやって高度な光魔法を使った?」
「師匠に教えてもらいました」
「師匠?」
「はい」
「その師匠は今どこに?」
「わかりません。三ヶ月前に、仕事でどこかに行きました」
「仕事?」
「はい」
「なんの仕事だ」
「わかりません」
「わからないだと?」
「私は師匠をフロースの森番だとしか思っていませんでした」
「今は君が森番だそうだね」
「はい」
「親はどうした」
「私は捨て子です。森に捨てられていたところを師匠に拾われました」
「捨て子…。魔法以外に何を教わった」
「主に狩りを」
「銃か?弓か?」
「弓です」
「魔法ではないのだな」
これは質問だろうか。それとも嫌味か。
当主様の口元を見ると、ワイングラスでよく見えないが、口角が少しばかり上がっている。
「…動物は人の気配より魔力に敏感なので」
「優秀な魔法使いならそんなことは言わぬ。お主はその程度だったのだな」
尋問のような質問ラッシュは、一旦終わった。なにやら、当主様がイラついているみたいだが質問にはしっかりと答えた。質問内容や最後の言葉には、腹が立つが表に出してはいけない。ほかのことを考えよう。例えば、この肉はラミが好きそうだなぁ、とか。そう言えば、ラミどうしてるかな、置いてきちゃったけど。
「お主は、聞かれたことにしか答えないな」
しまった、完全にほかのことを考えてしまった。バレてないかな。
「…私のような者の話などつまらないでしょう」
師匠には、聞かれたことだけ答えて、必要以上に喋るなと教わった。
「まあまぁ、お父様。今日はラヴィリーナの功績を讃えようと招待したんですよ。落ち着いてください」
「…ふん」
貴族とは面倒な生き物だ。
「どうしても、君のことが気になってね。あのような光魔法は聞いたことがない」
「それは…、」
いいかい、ラヴィ。君の魔法のは類い稀なる才能で満ちている。普通の人には、新しい魔法なんて作れない。だからね、私が作っただんて、言っちゃダメだよ。師匠が教えたといいなさい。わかったね?
わかった、師匠。
私の魔法の才能が開花した時に、師匠からそう言われた。師匠曰く、魔力量が凄いんだと。だから、いつもは魔力を包み込んで隠すんだと教えられた。
「師匠が教えてくれました」
「…そうか」
ガタッと当主様は立ち上がった。
「馬鹿馬鹿しい。こんな小娘に赤龍の群れの大半を殺す力があるわけなかろう。それも、その魔力量で。笑わせる」
後で聞いた話によると、当主様は騎士が統べるこの地で、魔法使いによって助けられたことに酷く激怒したそうだ。恥だと。
「お父様が失礼した、ラヴィリーナ。私が代わりに謝罪しよう」
「いえ、当主様が仰ることはごもっともです」
このまま怪しまずに返してくれ。
「もう夜も遅いし、泊まっていくといい」
「ご好意に感謝致します。しかし、遠慮させていただきます」
「いいや、泊まっていきない」
もはや命令だろ、こんなん。どうやって断れと。笑顔は爽やかで優しいくせに、性格は、真反対じゃないかり
地獄のようなディナーが終わり、息が詰まって死にそうになったコルセットを外し、メイクを落とした。殆ど侍女さん達がしてくれたが。
「……ふかふかじゃん」
悔しいが、ベットはふかふかで心地よかった。気を使いすぎたせいで、クタクタになったので寝てしまった。
❊❊❊❊❊❊
「シレンスが言った通り彼女は、美しかったよ」
「そんなになのか?」
「ああ、離れていてもわかったよ」
意識が持っていかれそうになったくらいには。
執務室でゼノと晩酌を交わしながら、あの魔性の少女について話している。私が頼んだことなのに、自分はシレンスに調査を押し付けた癖に気になってしょうがないらしい。
「しかし、彼女の魔力量は確かに多くない。なにより、師匠が怪しすぎる」
「師匠ねぇ。魔法も全部師匠が教えたんだろ?凄いな」
「ああ……。ゼノ、そういや、あの星のような魔法についてなにかわかったか?」
「いいや、どの魔法使いも知らないと」
「そうか」
つまり、作ったということか。新たな魔法を。
光魔法は主に治療魔法として用いられるのだが、あんな使い方見たことがないのでゼノに調べさせると、どの魔法使いも知らないときた。
「ますます、怪しい……」
「どんな容姿だったんだよ」
「ああ、話と同じ赤毛に癖っ毛だったよ。華奢で、色白だった」
森に住んでいるとは信じられない。動物に、遭遇したらひと噛みで死にそうなのに、狩りができ、しかも弓矢だ。見かけによらないものだな。
「ふーん、瞳は?」
「ヴァイオレットカラーだ。……睫毛が、白色だった。髪は赤で睫毛は白、瞳はヴァイオレット。不思議だ」
「すげぇ!!見たことねぇよ、ハハッ」
色のキメラだなとゼノは笑った。
「おはようございます、ラヴィリーナ様。身支度の時間です」
「もう済ませてる。……お腹が空いたんだけど朝食は?」
いつもは朝日と共に起きて、月が真上に来た時に寝る。今日も癖で起きてしまい、暇だったので身支度を済ませた。部屋から出て、散歩したかったが流石に殺させるかもしれないので辞めといた。屋敷が広すぎで迷子になるかもだし。
「直ぐにお持ちします」
良かった、またあの長い長いテーブルでの食事じゃなくて。
緊張やマナーを気にせずに食べるとここの料理は、かなり美味しかった。流石、貴族のシェフだな。
食べ終わるとすぐに、私は城を出ることにした。当主様もそのほうがいいだろう。私のこと、嫌いみたいだし。
「ラヴィリーナ嬢、本日は私が送りましょう」
部屋から出て、階段を降りると下には金髪の男がいた。
「歩いて帰るので結構です」
「いやいや、貴女のような美しい少女を一人で帰らすなんて」
胡散臭い人。
結構です、と何度も言っているのに引かないし、気づいたら馬車が目の前に来てて、腕を引っ張られてしまった。なんて強引な。
「私はアクィラの団長ゼノ・フリグスです。以後お見知りおきを」
ずっとニコニコ微笑んでて疲れないのかこの人は。
そういや、シレンスもアクィラの副団長だと言っていたな。この人がクソ上司かな。てか、アクィラってなに。
「実は私、魔法について興味があって。ラヴィリーナ嬢は、かなりの腕前だそうですね。話だけでも聞かせてください」
「私がお話できることなんて、無いですよ」
昨日から面倒なヤツばかりだな。何が言いたい、何が知りたい、腹の探り合いがしたいのか?
「ラヴィリーナ嬢の魔法は師匠から教えてもらったと聞きました。師匠は、凄かったですか」
「尊敬する師匠なので」
「仲がいいようですね」
「おかげさまで」
…………………
((気まづい))
このゼノ・フリグスという男。帝国のトップ5には入るイケメンで有名だ。太陽のような微笑みに、陽射しのような髪色。硝子細工のようにキラキラしている瞳。顔の整い具合は、完璧で無駄なものがない。四方八方、近距離遠距離で見ても神画角。……その上、家は伯爵家だ。女が寄ってこないわけがなかろう。一つ微笑めば、頬を赤らめてペラペラと上機嫌に喋る。一つ褒めれば、惚れ墜ちる。女の扱いなんて、とても容易いと裏では鼻で笑っている腹黒男だ。
一方ラヴィリーナは……。生まれてこの方、師匠と動物以外とコミュニケーションというものをしたことが無い。友達?ああ、あのリスだよ。って感じ。会話のキャッチボールなんてできるわけがない。しかも、彼女には“イケメン”や“美女”という概念がなく、そもそも感じない(まぁ、美女すぎるラヴィリーナの顔を見れば周りは芋同然だが)。
何が言いたいかというと、この2人相性が悪い。ゼノは会話が続かず気まづい。ラヴィリーナは褒め称えられて、何か裏があるのか、と怪しんでいて気まづい。
「街に用があるので、ここら辺で失礼します」
「そうですか、私も用があるので一緒に回りましょう」
「え?」
「なにか問題でも?」
大ありだが。気まづいから、早く逃げたいから降りようとしているのに何故着いてくる。どうせ、ゼノも嘘だろう。監視するつもり?
「ゼノは、なにを買うつもりなの?」
「……時計を買おうかと、ラヴィリーナは?」
「私は、食料。フルーツは、街でしか手に入らないものが多いから」
馬車から降り、フードを深く被り、久しぶりに街の空気を吸った。人が多く、お店が盛ん。屋台の焼き鳥は美味しそうな匂いがするし、マジックショーをしている人もいる。街に来る時は、闇市や鍛冶屋に行くことが多いから新鮮だ。
シレンスやルグルスが、言っていた“美しすぎる”の意味は、彼女が階段から降りてきたあの一瞬で理解した。社交界の華だと言われている皇女様も形無しだ。歩き方も姿勢も、貴族の令嬢達から劣っているのに、なぜか気品と優雅さを感じる。服だって、質素なもので機能性重視だろう。なのに、どうしてこうも目が離せなくなる。特別美しいものがある訳じゃない。存在が美しいのだ。恐ろしいほどに。
ラヴィリーナが、街で買い物をするので降ろすように言ったが、もう少し一緒にいたい、彼女を観察したいと思い跡を着いていくことにした。
「なにあれ、すごい……」
大人ならタネが分かってしまうようなマジックショーに、釘付けになり感嘆している。魔法少女がこのザマかと笑ってしまった。
シレンスによると彼女の情報は、殆ど闇市で手に入れたものだ。銀貨42枚を対価に得た情報。彼女がいかに、街に来ることがないのが丸わかりで、田舎者と思われそうだ。
「いちご飴が気になるのか?」
「いちご飴っていうの、あれ。……寄ってもいい?」
「もちろん。店主、いちご飴を2つ買おう」
「まいどありー」
6つの苺が、飴でコーティングされ串刺しになっているので、キラキラと宝石のように輝いている。
「え、ちょ、お金返すよ!」
「レディーといるのに、レディーに金を出させるなんて、私は男失格になってしまう」
「????」
このセリフを言えば、頬を赤らめるのがあるあるなのだが、ラヴィリーナは理解できていない顔をしている。
「なにこれ、美味しい!パリパリだ」
「苺を飴に潜らせて冷やしたものだよ。屋台では定番さ」
ん〜っ、と喜んでいる顔を見ると年相応に見えてきた。馬車の中では、真顔だったり眉間に皺が寄っていたりしていた。
「ラヴィリーナ、君は何歳なんだ?」
「何歳か……。わかんない、かな」
「なら、何年前に拾われたんだ?」
ルグルスは、赤ん坊の時に森で師匠に拾われたと言っていた。そこから、年齢はある程度わかるだろう。
ボトッとラヴィリーナが食べていたいちご飴が一つ落ちてしまった。
「あちゃ、もったいないことしちゃった。次は、フルーツ屋さんに行こよ」
「……ああ、そうだね」
話をはぐらかされたと思ったが、深くは聞くなということだろうか。
この後は、フルーツ屋に行き私の時計屋にも付き合ってもらった。彼女には、どうやら時計という概念がないらしい。太陽と月で、時間を推測するみたいだ。話からは、彼女が如何に原始的で社会から疎外的に生活しているのかがわかった。師匠も師匠だ。こんな美女なら、正妻じゃなくてもいい所の貴族には嫁げると言うのに、引きこもりにさせている。お金は、闇市で商品を売って稼ぎ殆どは自給自足でまるで、社会から隠れて生きているみたいだ。彼女も、自身の生活になんとと思っていないし、不満もないのでアレコレ言えないのが残念だ。
「ラヴィリーナは、煌びやかなドレスを着て、お城のパーティに出て踊りたいとは思わないのかい?白馬の王子様が迎えに来てくれると夢を抱かないのかい?」
「パーティとか、白馬の王子様っていうのがよく分かんないけど、私は森が好き。自然や動物が好き。だから、そういうのはどうでもいいかな」
「……そうか」




