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堕天の燈火【人間の書】  作者: 深川我無@書籍発売中


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死の雪中行軍1


 あれからベルに変わった様子はなかった。やはりあの出来事は夢か何かだったのではないかとネロも思うようになった。


 よくよく考えれば天幕に誰もいないことなどありえないし、パウが前の日に童貞だの何だのと言っていたせいでおかしな夢を見たのだ。


 ネロはそう思うことで悶々とした感情に折り合いをつけることにした。

 

 そうこうしている間に、一行はついにツンドラ地帯の始まりに到達した。そこには見渡す限り、氷と雪に覆われた真っ白な空間が広がっていた。


 荒涼とした荒野とは異なる死の気配がそこにはあった。静かだった。しかし確かな死の気配が降り積もるその空間は、見る者の心を果てしない不安の地平に放り出してしまう魔力を持っていた。

 

「本当にここを行くのか?」


 カインがぼそりと言う。

 

 一行は沈黙したまま誰もカインの言葉に反応しなかった。

 

 カインはやれやれと首を振ると、森に獲物を獲りに行った。

 

「アタシたちもできる限りの準備をするよ」


 スーはベルを呼び寄せて馬の防寒具を準備し始めた。

 

「樹脂と薪集めマス」


 パウも森に出かけていった。

 

 日の暮れる頃にカインは巨大な熊を引きずって帰ってきた。

 

「こいつの肉と毛皮で少しは生き延びる確率も上がったろ」

 

 出発前の嬉しい収穫だった。肉は全員で分けて持つことにした。もしはぐれても食料があれば持ちこたえられるかもしれないからだ。


 パウが用意した樹脂と樹皮で作った固形燃料もそれぞれが持つことになった。

 

 出発の朝が来た。幸いなことに穏やかな天気だった。一行は足元を確かめながらゆっくりと進んでいった。

 

「ここにはかつて巨大な湖があったらしい。その湖に巨人を閉じ込めるために、神々は融けることのない氷を張った。神々の魔法で凍った湖と大地が永久凍土のツンドラ地帯になったと言われている」


 ハンニバルは遠い地平に目を凝らしながらつぶやいた。

 

「実際にこの雪の下の硬い部分は大方、氷でできておるの」


 パラケルススが杖で地面をコツコツと叩きながらそう言った。

 

 ハンニバルが語るルコモリエのツンドラ伝説を聞きながら一行は進んだ。時折吹き抜ける突風が乾いた雪を舞い上げてキラキラと光りを放った。

 

「灯台まではどれくらいかかるの?」


 ネロが尋ねた。

 

「地図が正確だったとして、順調にこの速さで進めば五日、そうでないなら見当もつかん」


 パラケルススは地図を指しながら顔をしかめた。

 

 最初の三日は順調だった。吹雪や悪天候に見舞われることもなく外敵の気配もなかった。しかし四日目から天候は崩れ始め、六日目には猛吹雪になった。

 

「皆! 離れるなよ!」


 カインが全員を縄で繋ぎながら叫んだ。

 

「このままじゃ馬がもたないよ!」


 スーも大声で叫んだ。

 

「なんとか吹雪を遮る場所を探すのじゃ」

 

 しかしそんなことは不可能だった。探すと言ったところで前を行く人の背中すらまともに見えないほどの猛吹雪なのだ。

 

「ベル! 大丈夫?」


 ネロは前にいたベルに声をかけた。

 

「うん…平気…」


 そう言うのとは裏腹にベルの声は震えている。なんとかしなければ本当に危ない。ネロがそう思っているとパウの叫び声が聞こえてきた。

 

「壁ありマス!! ここに穴掘るイイデス!!」

 

 一行がパウのもとに追いつくと、そこには巨大な崖が立ちはだかっていた。パウは炎の精霊が宿る槍で崖を突き始めた。氷で出来た崖はパウの槍と炎で溶かされて大きな穴が空いた。

 

 穴にもぐりこみ入り口を雪で塞ぐと、一行は堕天の燈火の周りに集まって暖をとった。

 

「この黒い火は何なの?」


 ベルが尋ねた。

 

「世界を滅ぼすかもしれない火だよ。今は焚き火代わりだけど」


 ネロは続けた。

 

「これに触れられるのが僕だけだったんだ。だからこの火を天界に返すために皆と旅に出たんだよ」

 

「そんなに危ないものなの?」


 ベルは堕天の燈火をしげしげ眺めて言った。

 

「少し綺麗って思うのはわたしだけかな」

 

 ベルがそう言うとパラケルススが割って入った。

 

「馬鹿なことを言うでない! これがどれほど恐ろしいものか分からんからそんなことが言えるのじゃ!」

 

「まぁまぁ。そうカッカすんなよ。パラケルススの爺様。今はこの火のお陰で凍えずにすんでるんだからよ」


 カインがパラケルススをなだめた。

 

 ネロはなんとなく居心地が悪くて、ベルと一緒に氷の奥を眺めて暇を潰すことにした。

 

 氷は透明でかなり奥の方まで見ることが出来た。あれが何に見えるとか、あっちに何かあるとか言って過ごしていたが、二人は同じ方向の同じものを見て固まった。

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