罠2
吐き気を催すような戦場の臭いがネロの鼻を突く。
「さすがは旦那!! 死神の異名は伊達じゃねぇぜ!」
ハンニバルの通った跡は、血と屍と苦痛に叫ぶ猿どもの他には何も無い。圧倒的な死がそこを横切ったようだった。
ジーンエイプ達はそんなハンニバルを目にすると、我先にと仲間を押しのけて逃げ出した。ハンニバルが通るであろう場所にいるものはウギャーウギャーと醜い声を上げて仲間の髪の毛を引っ張り、押し倒し、自分だけは助かろうと必死で足掻くのだった。
「なんて意地汚い連中なんだ! あんなに残酷なことを平気でやっておいて、自分の命が危なくなれば仲間を押し倒してでも助かろうとするなんて!」
ネロは怒りに任せて口走った。まるでその怒りに応えるように堕天の燈火は黒く熱い炎をジリジリと燃やしてみせた。
「今はそれどころではない! ハンニバルの切り開いた道をわしらも突っ切るぞ!」
パラケルススはブツブツと呪文を唱えた後、大声で叫んだ。
「東風に乗り給う古のパロの世継よ。我らにも東風の加護を賜り給え」
すると緑色に光るアストラル体が一同を包みパラケルススのエーテルがそこに流れ込んだ。
アストラル体がエーテルに呼応するように一際強く輝くと、砂漠の民を導く古の王が風の姿と成って現れた。東風の王はネロ達に追い風を吹かせ、ジーンエイプには向かい風を吹かせた。
「こいつはすげえや! まさか東風の王を、またこの目で拝む日が来るとはな!」
カインが興奮した様子で叫んだ。
「スバラシイ! 風の精霊の王サマ! アサンテ! アサンテ!」
パウは手を合わせて東風の王に何度も頭を下げた。
一同はハンニバルに追いつくと追撃してくる猿どもに矢を放った。
カインは腰に帯びた二本のナタのうちから長い方を手に取った。
「見てろよネロ!」
カインはそう言うとナタを地面と水平に回転させてジーンエイプの群れに投げつけた。
ナタはどんどん回転を増して次々と猿どもの首や腕を刎ねていった。
「戻ってこい! ヤバル!」
カインがそう叫んでもう一本のナタを手に持つと、ヤバルと呼ばれたナタは吸い寄せられるようにカインの手元に帰ってきた。
「こいつらはヤバルとユバルだ! 必ず二本で一対になるように帰ってくる!」
ヤバルとユバルはまるで見えない糸で繋がれたようにカインの動きに合わせて飛んでいっては帰ってきて、カインの手に収まった。
ハンニバルたちの強さを理解したジーンエイプは逃げ出そうとするものと、興奮して向かってくるものに分かれて統率が失われつつあった。
ネロ一行がこれならなんとか逃げ切れると思った矢先、逃げ出したはずのジーンエイプ達が赤い肉塊となって先頭に放り出された。
みるとジーンエイプの軍団の後ろに真っ赤な毛に覆われた巨大なジーンエイプが立っていた。腕は四本生えており、猿というよりまるでゴリラのような風貌だった。
逃げ出そうとしていたジーンエイプの一団は、その個体に恐れをなしてジリジリと戦場に向かって後退りするのだった。
巨大なジーンエイプはその集団を金棒で横薙ぎにして皆殺しにすると、手と足を使ってとんでもないスピードで駆け出し、ネロ達を悠々と追い抜いた。
そしてネロ達の前に立ちはだかると、普通の位置に生えた手で胸を太鼓のように打ち鳴らし、肩に生えたもう二本の手で巨大な金棒を振り回し、地が震えるような巨大な叫び声を上げるのだった。




