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堕天の燈火【人間の書】  作者: 深川我無@書籍発売中


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ネロの召命2

 この荒廃した世界の中で、シュタイナー王国は人間が文化的な生活を送ることができる数少ない場所のひとつだった。


 肥沃な土地など世界には殆んど残ってはいない。あるとすれば魔物や異形の怪物共が(ひし)めく未開の地で、とても人が住めるような場所ではなかった。


 そんな世にあって王都の中にある人工農園は、そこに住む人々が飢えずに暮らすために必要な食物をなんとか生産することができたし、地下深くから汲み上げる水も汚染されていない貴重な地と言えよう。


 王都には貴族階級と労働者階級の者が暮らしている。王都に住むものは皆、人間の姿をした人族(ヒューマン)と呼ばれる種族だった。人の姿なれど、その中には誰も《《完全な人間の遺伝子》》を持つ者はいなかった。

 

 王都に住むことが出来ない貧乏人は郊外にある森や荒野でひっそりと暮らしている。他人同士で集落をつくる共同体もあれば、血縁の一族で暮らす者達もいる。小さな家族だけ、あるいはたった一人で暮らす者もいた。

 


 さて王都の東の荒野にネロという少年が住んでいた。ネロは母と二人きりで生活していた。父親は記憶の彼方に朧気に存在しているだけで、顔も名前も知らなかった。


 ネロが十三歳になるころに母は病気で倒れた。それからはネロがたった一人で母と自分の食料を確保し、暖を取るための燃料を集めに森に出向いたりしていた。

 

 その日もネロは一人荒野をさまよって食料を探していた。見ると一匹の立派な雄山羊が枯れた藪に角を絡ませて立ち往生している。


「すごい! 本物の雄山羊だ!」


 思わずネロは口に出した。大昔の戦争による環境汚染、魔術汚染、遺伝子組み換えによって、動植物のほとんどが異形の姿へと変容していたからである。

 

 大抵の動物は奇形か有毒か、あるいは凶暴で捕らえることなど出来ないのが普通だった。


 ネロはすぐさま弓を構えて雄山羊の心臓に狙いを定める。弓を構える手が緊張と興奮で震えたが矢は真っ直ぐに雄山羊の心臓へと飛んでいった。


「ヴォオォオオォ…!!」


 最初、雄山羊は大声をあげて暴れたが、しばらくすると動かなくなった。ネロは周囲に誰もいないことを確認してから、雄山羊の後ろ足に縄をかけて近くにあった枯れ木に吊るした。

 

 矢は見事に心臓を捉えていた。これならおそらく肋骨の中は血の海になっているだろう。


 腰に縛った革の巾着から小さなナイフを取り出した。使い込まれたヒッコリーの柄は磨り減って凹凸が殆んど無かったが、ネロの手によく馴染んでいた。


 ネロは刃先を雄山羊の胸に突き立て血抜き用の穴を開けた。穴から勢いよく胸腔内に溜まった血が溢れてくる。


 血の流れが止まったことを確認すると、胃袋を傷つけないよう慎重に腹を割いていった。胃袋、小腸、膀胱、大腸を腹膜から丁寧に切り取っていく。

 

 ここで内臓の薄い膜を破ってしまえば胃や大腸の内容物が肉についてしまう。臭い肉はまっぴらごめんだった。それに保存もきかなくなってしまう。


 せっかくのご馳走を無駄にしたくなかったので、ネロは出来る限り丁寧に、そして迅速に内臓を抜き取っていく。あたりには草食獣の内臓が放つ、発酵した草特有の臭いが立ち込めていた。

 

 ネロはそこに少しだけ生えていたヘルプウィードを摘み取って雄山羊の肛門に詰め込んだ。糞が出てこないように栓をするためだ。それから肛門の周囲にぐるりとナイフで切り込みを入れ、硬い骨盤の中を通る直腸を傷つけないよう慎重に切りすすめていく。


 やがて見事に直腸から肛門までが雄山羊の体から抜き取られると、睾丸と精嚢の除去に取り掛かる。


 ネロは精嚢を傷つけないように特に慎重に切り進めていった。臭いが強烈だからだ。

 

 内臓の処理がひとしきり終わるとネロは額の汗を袖で拭いふぅと息を吐いた。


 休む間もなく、今度は肋骨の連結部分を切り離していく。関節包と呼ばれる柔らかい部分に刃を入れて、肋骨を観音開きに開いた。


 すると真っ赤な心臓と、桃色と紫色のまだら模様をした肺がむき出しになった。ネロは心臓と肝臓と肺を取り出し、中に残った血餅(けっぺい)も丁寧に取り除いた。 


 ネロは肝臓をうすく切りとって口に運んだ。力強いレバーの味が口いっぱいに広がった。一日中獲物を探して歩き回った疲れが吹き飛んでいく。ネロはもう一枚肝臓を切り取って食べた。


 仕留めた者の特権を噛み締めながら一息つくと、心臓と肺と残りの肝臓を油紙に包んで紐で縛り革袋にしまって、家でネロの帰りを待つ母のことを想うのだった。

 

「母さんも喜ぶぞ」


ネロは満足そうにつぶやくと、灌木の枝を組み合わせて背負子を作った。それに雄山羊を縛り付けて背負い、母の待つ家へと向かって歩き出した。

 

 あの丘を越えれば家という所まで帰ってきたころなぜか胸騒ぎがした。


「大変よ」


誰かが耳元でささやいた気がした。丘を登ると家が王国騎士団の騎馬隊に包囲されていた。

 

「母さん!!」


ネロは雄山羊を丘の上に投げ捨てて家へと走っていった。騎士団が母さんを縛って家から引きずり出すところが見える。


「やめろおおおおおお!!」ネロは大声で叫びながら走っていった。


 隊長と思しき色の違う鎧を着た男が「捕らえろ」と命令を出すとネロはあっという間に地に組み伏せられ後ろ手に縄で縛られ猿轡(さるぐつわ)を噛まされてしまった。


「んーー!! うーー!!」


猿轡を噛まされながら男を睨みつけていると、男は麻袋を持ってきてネロの頭にかぶせた。

 

「連れて行け」男は冷たく言い放った。

 

 ネロは馬に乗せられ王都に連行されていった。 

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