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堕天の燈火【人間の書】  作者: 深川我無@書籍発売中


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西の森林地帯2

 

 森の中はパラケルススの言う通りとても平和な空気だった。木々の間隔は広すぎず狭くもなく、地面には柔らかい下草と苔が生えていた。ゆっくりと馬を進ませると地面から湿った腐葉土のにおいが立ち上る。ところどころに泉があり、小川がながれていた。


 森の動物達はどれも大人しく、小さな栗鼠クリネズミが木々の枝を走り抜けたり、大きなモスパイソンが、苔むした背中を沼の中からざぶん持ち上げてこちらを睨んだりするのだった。この森はこの世界に残された数少ない豊かな土地だった。



「こんなに豊かな森があるなんて…」


 ネロは思わず感嘆の声をあげた。


「さよう。ここはシュタイナー王国の術師達が必死で守ってきた神聖な森じゃよ。森の外縁沿いに特別な魔法がかけられておる。邪な者共はそうそう入ってこれぬようにな…」



 

 森の中には時折開けた草原くさはらが姿を現した。一行はそこに天幕を張って野営の準備をするのだった。

 

 そして夜になると大きな篝火(かがりび)の明かりに照らされながら、ネロはハンニバルに剣の手ほどきを受けていた。

 


 あれは旅が始まって二日目のことだった。ネロが馬にもずいぶん慣れてきたのを見計らってハンニバルはネロに声をかけた。


「ネロ。お前《《エーテル》》は知ってるか?」


「知らない…」


 ネロは正直に答えた。


「わかった。今日から夜は俺と剣の訓練をする。その時に必要になるのがエーテルの扱い方だ」


 ハンニバルはネロの馬と並走しながら話を続けた。


「エーテルは生命力の根源だ。体内で創造(つく)られて細胞の一つ一つにまで働きかけている。このエーテルを操れば普通の人間よりもずっと強い力を出したり早く動いたりすることができる。例えばこんなふうに!」

 

 ハンニバルは剣を抜いてすれ違いざまに生えていた生木を両断した。木は太く、抱きついても手が回りきらないような巨木だった。それなのに切り口は綺麗に繊維が断たれてなめらかだった。

 

「すごい…!!」


 ネロが驚き、後方で倒れていく巨木に目を見張っていると、カインが速度を落として前方から近寄ってきた。


「おいネロ! 誰でも旦那みたいに出来ると思うなよ! そんな芸当は旦那にしかできねぇよ!」


 カインは笑って言った。


「まぁ確かにこれは極端な例だ。だがエーテルを極めれば人間の領域からはみ出した敵とも戦うことが出来る」


 ハンニバルはそう言って剣をしまった。

 

 こうしてネロは二日目の夜からかれこれ二週間ほど毎晩ハンニバルと稽古を続けていた。


 初めの三日は次の日にまともに動けないほど稽古は厳しかった。しかしハンニバルの膨大なエーテルに触発されてネロの中のエーテルもどんどんと目覚めていった。


 するとまず四日目に体が嘘のように軽くなった。小さな傷が眠っている間に治っているのを見たときにネロは心底驚いた。



 七日が立つ頃には夜は鍛錬し、昼間にはカインと一緒に狩りに出かけることができるほど、ネロのエーテルは活性化されていた。

 

「カインと狩りに行ってくるよ!」


 その日もネロはカインと狩りにでかけた。カインと狩りをするのは楽しかった。宝物庫で手に入れた楡の短弓はとても調子が良かったし、狩りのコツや、狩りでのエーテルの扱いをカインは教えてくれた。

 

 カインの言う通りにエーテルを目に集中すると、わずかな獲物の動きも手に取りように見極めることができた。体のエーテルが透明になる意識を持つと、まるで森の中に溶けていくように、ネロの気配は希薄になっていくのだった。


 それにカインは様々な薬草にとても詳しかった。


「これはオルガノン腹痛の薬」


「これはエキナセア感染症」


「これはアシュワガンダ若返りだな」


「これはチコリ解毒剤」


 といった具合だった。


「これは何?」


 気味の悪い色をしたキノコを指さしてネロは尋ねた。


 カインは頭をポリポリと掻いてからニヤリと笑って言った。


「そいつはアレだ…大人になったら教えてやるよ」


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