今際の際に居ても尚――。
レオの吹っ切れ編
特殊型クエスト「愚老を引剥ぐは迷いの果て」
『天地』五周年記念の運営開催の大規模イベント『天は仇討ちを嗤い、その怨嗟に悦びを示す』の直後に、レオの元に舞い降りたユニークシナリオである。
当時のプレイヤーの多さやゲーム性は、極めて良ゲーの範疇だったにも関わらず、動作を司るエンジンが高性能であった。
リリース当初から、レオを含む怪物、その巣窟となったこの世界で、プロ相手にも引けを取らない彼らの、最大戦力での個人戦。
半日に及ぶ激戦の末、イベントを制し、報酬を得たレオ。
だが、肝心のシナリオを攻略するには、正しい座標に立つ必要があり、三年間探し回ったが、ようやく見つけたのだ。
「探知能力、ていうかメタ読みに特化したザラメも連れたのに見つからねえとか、あれは散々な目だった」
探索の協力を頼んだ時、それはもう喜ばれたが、商会の新拠点を建てたい、という理由をこじ付けるのには苦労したもんだ。
まあ、わざわざ貧民街に出向くとかイカれてるし、あの時に気付かれたのか?まあいいや。
「でもあいつ、なんであんなに俺を信用するのかねえ」
ただ、ザラメのおかげで手掛かりを掴めたのだが。
羅生門の話の内容を三日掛けて理解し、それをもとに、新月の「暗い」夜に、貧民街の廃屋の近くで水飛沫をあげること。
ただ、その廃屋も、何百とある中から見つけ出さなければならず、しかも新月の一晩につき十回しか出来ないクソ仕様、多大な恩恵がなければやってられない。
「ざっと散策してみたが…、どうなってんだここ?」
鼻を差す腐敗臭が漂う、壊滅状態の平安風の都。
その光景は、延々と続いており、地に寝たまま動かないNPCと、想像通りだがその周りには蝿が飛び回っている。
「なんだっけ?飢饉とかあった時期なんだったか?」
中二の授業で習う範囲では知ることは少ないが、平安って伝染病とかも蔓延してた…よな?
歴史の授業を眠り続けてたせいで、社会の先生を激怒させた記憶が蘇る…先月の話だけどな。
魔法“万能感知”を発動、周辺の生命反応を調べる。
三つの生命体を検知する、が、全員がこちらを探るようにして身を潜めている。
こちらからコンタクトを取るべきか悩んでいたところだが、向こうからの挨拶が迫った。
「お、お前!なんだその高貴な身なりは!?」
「あー、これか?まあこの時代背景じゃあ珍しいんだろうけど…」
「黙れ、貴族めが!よくものうのうと俺らの無様を笑うに来よってな!?」
「だーかーらー、貴族じゃねえし、ただの放浪人だよ、ちょっと別の世界…あー、土地から飛ばされたんだよ、出方も分からねえんだ!」
「黙れ黙れ黙れぇ!そなようでも財は持ちおるであろう!俺らを救ってみよ!でなければ死で償わせるのみであろう!」
聞く耳を持たない男。
もはや服とは言えない古びた布切れで全身を包んでおり、その手には白い光沢を含んだ刀が握られていた。
「それは?」
「先にて検非違使であろう者から奪い取ったものじゃわい!これでお主も末じゃのう?」
「ハッハー!」
甲高く短い、笑い声が飛び出る。
「なんじゃのう?妖怪のような笑い声よのう」
んな訳ねえだろうが、馬鹿かあんたは?
狂気じみてんのは分かってるが、誰が妖怪だこら、滅多刺しにしてやろうか、ああ?
てか、そんな爪楊枝よろしくな骨と皮だけの体で、刀なんか扱える訳がないだろ?
「はい邪魔ー!」
「ぁ」
あーあ、やっぱりそんな肉体の状態じゃ、もし剣術に長けていても碌に振り回せるはずがねえもんな。
そこまでしてでも、生き延びるためには追い剥ぎがしたかったらしいな、この時代。
「てか、悲鳴が発されないまま命尽きるってまあ、普通に叫び散るよりリアルなんだよな」
そこのところ、運営のタチの悪さを改めて感じるが、すでに死体になってるし、考えるだけ無駄だ。
「あと二体の何かが友好的であることを、なんて訳にもいかせてくれねえんだな」
男が死んだのを確認すると、悍ましいような不気味なような、低い掠れ声を鳴らしているのが分かった。
身を潜めていた廃屋から手を出し、ゆっくりと顔を覗かせるそれ。
黒く酷く捩れた髪に、全身が汚れて、否、
「瘴気が纏わりついてる、の方が正しいのかな?」
どす黒い煤色の魔力を周囲に撒きながら、腐ったような眼差しを向けられる。
「あのエフェクトって特殊な魔力…、確か魔素って呼ばれてるやつだよな?」
以前、魔術師関連のクエストでそんな情報を入手したことは幸運だった。
幽霊やアンデットのモブによって蔓延され、触れるとダメージやデバフが付与されるのが一般的らしい。
「おぉおおぉォォオ」
気味の悪い低音を唸らせながら、男の落とした刀に手を翳すそれは、刀を掴んで持ち上げると、再度こちらに目をやった。
「憑依霊“付喪神”?」
創作品の中では割と名が通っている、あの付喪神だろうか?
大抵は物体や道具に取り憑く、妖怪の類、的な設定だ。
「まあ、キャラウィンドウを見る限り、敵対はしてないっぽい…な?」
それが正解かは分からない。
友好、敵対モブは、それぞれ青と赤のウィンドウで紹介されるが、その他である中立モブは緑の画面、この妖怪も緑だ。
「おーい、付喪神、さん?そんな刀ばっか見つめてどうしたのさ?」
「――――」
俺の心が痛くなるくらいの警戒を向けられているようで、数秒見つめられるだけで無視をされる。
「なんか、口はあるっぽいけど、発声器官がないかもしれんしなあ…」
『その、発声器官、とやらはないのやが、其方はこちらの念話はできるやか?』
――!!?
突如、頭の中に声が入り込んだ。
「え、何?どういうこと!?」
『あや?すまぬや、呪素が練られておったやから、ついつい話せるかもや、とや…』
――ああ、それはこっちもごめん。てか、その特殊な語尾、見た目にも愛着湧いてくるな…。
『フワのその語尾にゃあな、確かにそな感情が湧くよな』
「うわ、びっくりした!?ああ、さっきのもう一体か?」
俺と付喪神の会話に割り込むように姿を見せたのは、なんともう一体の付喪神だった。
その妖怪は、『フワ』と呼ばれていたものとは異なり、黒髪が短く、先端が淡い水色がかっている。
「てことは、フワって子の赤っぽい髪は独自の色なのか?」
『そうだや』
なるほど…。
ユニークシナリオがクエストの中でも特殊なことは知っていたが、会話が可能なモンスター?がいるのは予想外だった。
「お二人とも髪の両端が跳ねてるのは、取り憑いた対象と関係してるの?」
その問いに、フワたちは口端を上げて話した。
『そうな。アタシらは犬の骸に取り憑いたのな』
『それも、人間に長い間可愛がられたものだや。犬公二匹が亡くなったあと、ワタシらが飼い主さんの一生を見守ったんだや』
ケモ耳に似たそれらは、犬という宿主の面影、その話をなんとも誇らしげに話すフワたち。
――ええとじゃあ、フワじゃない方、名前は?
『モコ、だな』
二体、もとい二匹の犬霊。
いくら会話を交わしても、それらからの敵意は見受けられない。
だが、このゲームでは、NPCに与えられた頭脳からして、状況に応じて関係が変化することはザラにあり、九割九分がそれに当てはまる。
「まだ油断は出来ねえんだよなあ」
『『?』』
大したことじゃない、とフワたちに返して、思案もほどほどにしておく。
「お前ら、この都市に通じてたりはするか?」
投げかけられる質問に、二匹は目を合わせ首を傾げた。
それから暫く悩んだ後、答えを返した。
『それってつまりさあ、アタシらと協力しろってことかなあ?』
黙り込んでいた二匹、先に答えを返すはモコ。
見ず知らずの俺への警戒心による行動かと思っていた沈黙、だったが、その推察は掠りもせずに終わった。
まあ、一応妖怪であることは変わりない。
そのイメージ通りに設定されているかは不明だが、俺も迂闊に信用していい相手ではないのは確かだ。
なんせ、互いに初対面なのだから。
「協力、か。出来ればそんな関係にはなっておきたいしな」
『は?なのだな』
『そうだや』
――?
こいつらの考えがイマイチ理解出来ない。
俺に武勇伝を自慢していたのは、俺に友好的な態度を与えていた、とつい考えていたが、
――!
そういうことか?いや、そういうことで合ってるのか?
『何を思いついたや?試しに言ってみるや』
確証はないが、もし本当なら、間違えた場合、何かしらの嫌がらせでも仕掛けてきそうな性格にも思えてしまう。
こういう時、どうするべきなんだろうかね?
「お前ら、思考が読めるんだろ?俺の頭ん中を見てみろよ」
『まあ、そこはバレるよな』
こいつらの言った「念話」というのは、その名の通り、読心と同じようなものだ。そんな力を持っていたとしても不思議ではない。
だが、話の本質はそこではない。
――“開花”。
『ふん、気付きよったな!』
意表を突かれた、というような顔をしているが、俺からすれば「当たり前だ」としか返しようがない。
つい数分前の会話の中でフワが口にした「呪素」という単語――「魔素」とも称される、媒介された自身の魔力。
魔法系に精通しているのであれば、その魔素を応用した探知も可能なのだ。
プレイヤーが発動する際のそれは、常時発動にはデメリットが付き纏うため使用する者は少ない。
だがそれはプレイヤーの話。
ゲームバランスの考慮の結果であって、それがNPCにまで適用されているとも限らないのだ。
ただ、俺もそんな理不尽なモンスターとエンカしたのは数回程度だけど。
話を戻そう。
フワとモコの読心の絡繰が分かれば、こちらが取るべき対処法も見えてくる。
だから、魔法“開花”によって俺の魔力を体外へと排出することで相殺したのだ。
「さて、これで対等だ」
インベントリから剣を取り出して、その鋒をフワとモコ――略してフワモ…いや、それはあの配信者になるから駄目だ。そのままでいこう。――の顔面へと振るう。
『ほう、舐めてはならなぬ相手だな』
『全くその通りだや』
その威嚇を難なく躱し、腐敗した目で睨み返される。
「「初めまして」の挨拶は気に入らなかったかい?」
『ああ、そんな荒ぶった態度の人間とは合わなさそうだ』
語尾を忘れてる、なんて軽い冗談を言うような気分ではない。
「お前らのその態度からして、協力っつうのが気に入らないんだよな?」
『そう!妖怪と人間の間には、そんな塵屑はいらないのや。だから、決めるんだや』
「何を?」
『上下を、やぁぁあああ!!』
彼らの昂る感情が、骸を変質させ、魔素が放出され始める。
「戦闘時の姿、ねえ。魔素の浪費が激しいんでは?」
敵意を曝け出す犬ども、対して俺は剣で迎え撃つ。
「あんま消費させんなよ?」
『知らん、貴様はここで潰えな!』
『そうやそうやぁ!』
妖怪らしく禍々しい瘴気を散布させながら、彼らの奇襲が迫り来る。
「――そこ」
だが、小さいことが売りである犬の体での単純な突撃など、強みを活かし切れていないこと以外の何物でもない。
「――!?」
犬の死骸を四つに斬り裂くが、フワは全く動じない。
依然として死骸からは魔素が漏出しているが、“万能感知”によって生命反応が消えたのは確認済み。
「おい糞餓鬼、フワをやりやがったな!?殺すぞ!!?」
「普通に喋れるのかよ、嘘吐きが!!」
犬の見かけ通り喚くモコ、その四肢に連撃が繰り出される。
「――ッ!!」
回避行動を取るが、着地と同時に前足が離れ、辛うじて後ろ足は守られ駆け引きは終わる。
「おいおい、犬だけに噛ませ犬、ってかぁ?」
「――――」
笑っ
「煙幕?」
黒煙、恐らく魔力製の煙が、切り離された二足が爆ぜるまでは確認出来た。
魔力によるダメージはミリ程度、魔素の盾が効いたのだろう。
あの犬霊どもの汚さからして、これで終わるはずがない。
だが俺を削れる攻撃の決定打は封じた。
となると
「やっぱ生きてるよね!」
黒煙という名の目隠しを利用した魔力弾、それも連射に特化した極小のそれが放たれる。
だが、一ミリ程度の連射弾など、大した脅威じゃない。
力を入れないで振り回しても、その全てを斬ることはいとも容易い。
「化物が!」
「その悪口っつうボール、バットでそのまま打ち返してやるよ」
そのまま煙幕を抜けて、腕を再生させていたモコの頭を斬り刻む。
だが、これでも死なない。
「その程度の攻撃で、私達を殺められるとでも思うのかな!」
「最早犬じゃねえ!」
先程までの若干愛嬌があった姿は何処へやら、二メートルはある巨大の、超筋肉質な二足歩行の奇人、犬であると言い張れるのは頭だけだ。
まあ、魂のルーツが別物だからな、そこは筋が通ってるのか。
「見たところ、重量級のパワータイプかな?」
「ゲヒャひゃハハヒャぎゃひひャ!!!」
狂気じみた高笑いで、こちらを見据える付喪神、その両手に握られた肉片が投げつけられる。
「!また煙幕か!」
弾丸を捌けたとしても、あの攻撃が厄介であることは間違いない。
魔力弾を撃たれる前に、モコの死角へ逃げれば、いける!
“万能感知”で位置を把握してそこへ……
「――引っ掛かったな?」
「あ?」
モコの背後へと回るが、そこへ無数の魔力弾が放たれた。




