「ある日の暮れ方のことである。」二番
以前、一話の後書きに書いたレオの副職を“魔術師”に変更しました。
「じゃあね、また会えたら」
そう言いながら走り去っていく青年を見送りつつも、すぐに他に視線を移して舌を打つ。
彼、夏目ソウスケのために、数個の回復アイテムと、何振かの鉄剣を支給はしたが、本心はレオとの合流に失敗して欲しいとしか思わない。
「いや、どっちかっつーと思えない、の方が正しいのかもな」
「それは間違いありません、何せ、いきなり本性を曝け出したアイツに、私たちは信用の余地がありませんから」
ザラメの発言に賛同するように反応したのは、レオの側近役「版銅羅」だ。
彼女も、レオに信頼を寄せるプレイヤーの一人であり、その分彼に危険が及びかねない存在には懸念が浮かばれる。まあ、それを理解した上で同行させたのだが。
「版銅羅たちは、さっきの指示通りに動いて」
版銅羅含む三名を監視役として派遣――、彼女らも腕の立つプレイヤーだ、ソウスケの足を引きずることが出来るほどには。
「――――」
ソウスケに追いつき、そのまま目的の方角まで全速力で駆けていくのを確認して、一息をつく。
「大丈夫なのか、ザラメ?」
クランメンバーの一人からの心配の声が聞こえる。
「大丈夫だ、あいつらはしっかり役割を果たしてくれる奴らだ」
「そういうことじゃない。お前のメンタルについて、だ」
「――――」
「悪友に迫ってんだから、商会は俺に任せておけば、な?」
そういう訳にもいかないのだ。
確かに、レオ派生のユニークも重要だ。
レオは、自身のユニークウェポンは、自分が戦って満足した相手になら渡してもいい、そう言っていた。
そしてソウスケに譲られた。が、レオの周囲の人間が、ほんの数分前に、そのソウスケの危険を知ってしまった。
だからといって、ソウスケから奪い取るのはレオの反感を買いかねない。だが、レオがソウスケの素を知って悲しむのは避けなければならない。
だから、版銅羅たちには、伝えたのだ。
――夏目が口を滑らせそうな瞬間が少しでも見られれば、即座にキルして構わない。
「いつまでもビビってても仕方がねえんだわ。今回の件は俺らの商法会議にかけるぞ」
「了」
自ら化けの皮を剥がした夏目ソウスケとも、今はちょうど支援関係にある。
加えて高い知能のあるメンバーで構成された行商会――団長の秘密裏にソウスケの本性を隠すことなど容易い、はずだ。
「それじゃあ、あとは」
「ああ、版銅羅たちが成功するか、だ」
二人は商会舎へと戻るのだった。
そう、夏目ソウスケとの、心理戦が始まるのだ。
◇
――夏目ソウスケのタイムアタックが始まり、およそ5分が経過。
エリアを走破するにあたって、手持ち無沙汰で挑むのは無理がある。
よって、商会が運営する店舗にて、簡素な鉄剣を三振、そこそこ高位な回復アイテム「ハイ・ポーション」を五つ購入。
幸い、ランク戦の報酬金があるので、金銭面は安心出来る。
そうしてチュートリアルの街から最初のエリア「狂人族の森林」へと突入した。
「入り組んでて面倒だな」
「……。序盤でこんなエリアを作るあたり、製作者の悪意を感じますよね」
話しかけられるのに嫌気がさしているのか、版銅羅の返答からは棘のようなものが感じられる。
まあ、それも無理はないのだろう。
「――っと」
少し離れた地点からの攻撃を察知して、すぐに回避。
「プレイヤーかNPCか分かんねえけど、さっきから飛び道具ばっか使ってくるな」
とうとう返事をしなくなった。
さっきから、自分の前を走ることばかりしているが、そんなに姿を見るのも嫌なのか、それとも、
「S級は他の奴らから居場所が分かる、とかか?」
だとすれば、不自然なまでに自分ばかり狙われるのにも納得できる。
しかし、版銅羅たちにヘイトが向けられないのは理解できない。
この『天地』は、A級以上の天軍と、それ未満の地軍で構成されており、その線を境に能力の有無が分かれる傾向にある。
このイベントのS級がヒエラルキーの外である可能性は避けられないが、今回は違う。
「――!?」
突如、前を走っていたはずの版銅羅の姿が消えた。
そして、彼女の後ろで走っていた二人が、それぞれの武器を手にとって、ソウスケと向かい合った。
――どういうことだ?
今敵が多いこの場所で、動きを止めるのは、あまりにもリスクが高い。
その上僕を狙うのは、当初の目的から脱線している。
「そういうことかよ」
二人の間の地点、その地面が、熱を発しながら、爆発した。
その勢いで、全員が勢いに身を任せて吹き飛ばされる。
おそらく、版銅羅が消えたのもこの罠の仕業か、もしくはそれを避けるためか。
「なら、僕も早く行か――」
刹那、周囲全方向からの弓撃、それを躱した直後に、火炎弾が放たれる。
「森でやるたぁ、頭イカれてんだろ」
無意味なのは分かっているが、それは承知の上で、鉄剣の狙いを火炎弾に向ける。
その刃が熱気に触れた瞬間、巻き起こる爆発。
「うぇ!?ゲホッ!!」
辺り一面に撒き散らされた白煙に、思わず咳きが込み上げるが、削がれた警戒心を取り戻して、剣を鞘へと戻し、居合の構え。
久しぶりなあまり慣れない抜刀術だが、青龍等を除けばこれが一番反射神経に繋げられる。
近くに聳え立つ樹木を背に、その周囲を素早く回って状況確認。
――予想外の事態が発生。
「これまた、ワープアイテムなのかぁ?」
このゲームでは、エリアごとに特有の武装集団や蛮人族が存在するらしく、手順を踏めば、彼らとの協力関係も築けるのだとか。
そのような事態が起これば、大抵の場合少人数での戦闘を強いられるプレイヤー同士、その勢力差が生まれることになる。
今の状況も、それに入る。
あの煙幕が、転移魔法の役割を果たすのだろう、その範囲に、無数の「狂人族」とプレイヤーが現れ、その全員が武装しているのが分かる。
「ここでこんな悪運を引くのかよ僕はよぉ」
「ナンのハナ塩しているの皮解らぬが、こてんパンにされる覚悟は出来たか?」
「小麦食品がやかましいな」
少し前に見た攻略サイトが、このような情報を書かなかったのは、ゲームを楽しめ、という配慮なのか、なんて、くだらない想像が巡ってしまう。
「おいおい、そんなボロい装備で大丈夫かぁ?」
プレイヤー集団の方からは挑発の声が掛けられる。
確かに、さっきの火炎弾のせいで剣の耐久値は三割ほど削られている。
だが、それがどうしたというのだ、剣を正しく扱えば、耐久値なんて、文字通り減るものではない。
「――――!」
そうこうしているうちに一人二人、三人目を撃破。
攻撃を命中させるのは最低限の一発だけでいい、それに全滅させる必要もない。
「さっさと道を開けろ」
あくまで目的は「エリアを抜けること」であって「敵を撃破すること」ではない。
「んなバナナ!逃げるナッツーの!!」
「聞こえなかったか?道を開けろ」
人間を、自我を持ったNPCを斬ることなんて、今までに何回も経験したものだ、躊躇う理由もない。
「中距離とインファイトの二部隊構成、ねえ。悪くはないけど、練度が足りない、序盤だから立派な頭をお持ちではなくって?」
煽った相手からの返事はない――当たり前だ、顔面を抉ったのだ、これで返事が出来るのならば狂人ではなく化物だ。
「逃げるなぁ!!」
「そんなスピードじゃ追いつかないや」
所々に仕掛けられた罠を避けながら、次第に集団との距離を広げていく。
「“スカイウォーカー”」
木の幹を走りながら登ったところでスキルを発動、一定時間与えられる空中歩行、直線の移動によりさらに速度を上昇させる。
機動力特化のステータスに育成した甲斐を実感出来る、初期からA級のレベル上限相当のステータスが与えられているのも大きい。
「――!」
左右からの刺突に似た攻撃、躱すと同時に地面に着地。
追撃を狙う「なにか」を剣によって押し返す。
そして、二つのそれらを視認する。
森に身を潜めるためか、焦茶の羽根で体を覆った、猛禽類に似た小鳥。
そして、首元に括り付けられた、赤い布。
それは、赤髪の蛮人族に似た何かを感じる、深い紅色だ。
「このエリア、動物まで敵なのかよ!?」
反響する小鳥の甲高い鳴き声に反応して、鷹が、蛇が、狼が、猪が、とにかく無数の猛獣が集結した。
「全部が全部味方どうし、ってわけではなさそうだな」
ぶっちゃけると、それが一番の救いでもある。
大量のソロプレイヤーどうしの乱闘が主流である「天地」では、大きすぎる勢力差の前では、例外を除けば基本無力。
それも、対峙する相手が連携をとるような集団戦法ならば尚更、だ。
その辺りの均衡を保とうとする意志を見せているのは、運営の最低限の気配りなのだろうか。
「なら、もうちょい個体ごとの討伐難易度ナーフしろよな!」
どれだけ距離を取っても、すぐに詰めてくるだけでなく、全身が鋼のように硬いせいで、クリティカルを出さない限り裂くことすら出来ない。
そのうえこの頭数――剣の耐久値はもうさほど残っていない。
この仕様で解るのは、「武器の耐久値が低いのが悪い」とか、「逃げられなかったのが問題」とか、運営の嫌がらせ精神による結果だとしか考えられない。
とにかく、一刻も早くこの森から抜け出さなければ
「あ」
――硬い音。
鉄剣が砕けたことに気づいた。
インベントリから取り出すのにも間に合わない。
「嘘だろぉぉおおお!!!」
猛獣たちからの噛みちぎりのメッセージを受け取ると、視界がブラックアウトした。
そして、
「おかえり」
ネカマに声をかけられていた。
TA開始から一時間経過、振り出しへと戻った。
◆
「――――」
始まりの町から数個先の街――「荒廃街」の一角にて、レオは物陰に身を潜めながら、一つのウィンドウを眺めていた。
それは、クランの中のチャット画面で、とある個人チャットからの連絡だった。
「版銅羅、これはなんの冗談だよ…?」
見るからにショックを受け、凍ったような表情をするレオ。
画面に映る動画は、ザラメと彼女、そしてソウスケの会話だ。
途中、ソウスケがザラメを問い詰めたりはあったが、ザラメのそういった感情は知ってはいるので置いておく。
だが、ソウスケが他者へと向ける目、それには理解し難いものを感じた、そんな気がした。
そして、ソウスケの発言には、違和感が、今まで見てきた仮面を外したことでの違和感が、自分の心に毎秒突き刺さるような、そんな痛みを感じてしまう。
「なら、これからどうすればいいんだか」
正直なところ、実際に対面して一戦を交わしたときの顔も、本当のそれを隠しているようには見えなかった。
「ぶっちゃけると、夏目ソウスケとの関係は、行商会全体の考えに合わせるつもりだったしなー」
ついさっきの真実を知ったせいで、わずかに夏目ソウスケへの熱情は冷めているのを感じる。
今後クランとの関係が悪化してしまう前に、手を切るのが理想だろう。
「でもユニークアイテムがなぁー!」
彼に譲ったのは間違いだっただろう。元より、白黒羅生は、シナリオが片付けば、あとはどうなっても良かったのだ。
まあ、クランメンバーの奴らが欲しがってたから、闘技場でバトらせて、勝者に渡すとかでもよかったんだけど。
あいつら全員A級中位以上だから、状況次第ではサシで俺とかザラメをキルできるし、見てて面白いだろうな、暇があったらやろうかな?
「じゃなくて、危ないと分かったんなら、早く夏目ソウスケを殺さないと――
――?」
クランチャットに通知が届いた。
メンバーが撮ったのであろう写真に、思わず笑いが飛び出る。
「おいおい、なんだよこれ!?あいつらのバトルジャンキーぶり、久々に見たぞ!」
大声、ともに爆笑。
だが無理もない。
写真の中には、闘技場に集まった団員が、総掛かりで夏目ソウスケを袋叩きにしている様子。
「珍武器行商会」に所属する二十数名のプレイヤーが暴れ散らかしており、その標的となったスケープゴート。
ガトリングの銃弾が直撃しながら釘バットで滅多打ちにされる光景は、少し前ならば怒りが湧いていただろうが、不思議と快感を堪能出来るほどだ。
もう満足したし、夏目ソウスケへの仕打ちは、これで十分かな?
もうあいつと連絡を取るのには嫌気が差すし、ユニークも俺だけの総取りとしよう。
「まさか、長年の感情が、こんなに早く失せるとは思わなかった」
だが、逆に言うと、プレイスタイルを夏目ソウスケに似せる必要もなくなったわけだ。
「今後の武器構成も考えものだな」
夏目ソウスケとの関係について、クランに指示を通らせておき、ここからが一番のお楽しみ。
「そんじゃ、ユニークシナリオの開始だ!」
かの門にも似た、古びた木造建築、それらだけが点在する空間へと、転移が行われた。




