『羅生の謎』其の一
「名前…ですか?」
「そ、名前」
あまりにも唐突なその提案に、青年も付喪神も驚いている。
「確かに、な。付き添わせるのならば、呼びやすくするべきよな」
「賛成だや」
提案者の思惑から外れていながらも、同意する二体。
「じゃ、かっこいいし『神隠し』でいいか?」
「「は?」」
「その呼び名…僕は好きで「いやいや!」
喜びを見せる『神隠し』(仮)に、待ったをかける付喪神たち。
その熱意に応えて、まずはフワから聞く。
「私は『ウロ』を推すのや!」
「ほう…?うろ、って、なんだ?」
多分、フワにとっては呼びやすくて愛着の湧きそうな名前、として、青年に合ったものを挙げたのだろう。
だが、それを聞くレオの、ナチュラルなボキャブラリーが追いついていない。
「そうか、や…、じゃあ、次のたーん?までに考えておくや」
「了解。てか、俺に触れたりしてなくても思考読めるんだ」
事前にフワから受けていた説明では、霊系モンスターは、接触していなければ読心はできない、はずである。
「それを詳しく言うなら、“契約”などの“条件”があれば、解釈を広げられるんだや」
「へえー」
魔法職として有益な情報を知れた、ということで。
「そっちは何かある?」
「“六夢”で、どうな?」
「ロクム?」
それからは、骸、を逆から読んでいるのだな、という想像がつく。
「それだけではない。日ごとに見る六つの夢――、一週間が満たされないことから、終わりがない空虚感を導き出しているのな」
「なるほど、な」
現代に近い、というか、十中八九現代の感覚から作られたのだろう一案。
レオはこの付喪神たちの面倒臭さを改めて理解した。
「心を読んでくる妖怪ってザラにいたりとかしないよね?」
「その心配は無用だや。所有者は多くないし、基礎的な魔力操作だけで無効化できる」
「ならいいや」
「――で、どうするんだな?」
足りない頭を最大限回転させて、そしてまた悩みこむ。
「いいんじゃないか?六夢も言いやすいし、かっこいい」
「じゃあ、決まりだな」
「ちょっと!?私の出番!!?」
「「すまんな」」
「――――」
茶番のように回り続ける場の空気に、“六夢”という名を与えられた彼は苦笑しながら黙っている。
「確かに、僕もその名前が気に入りました」
「ならよかった」
「同じくだな!」
「まあ。本人がいいなら、それでいいんだけどや」
一体は愚痴混じりにも聞こえつつも、全員が納得する結果に終わった。
そして、
「あんなに大事そうに話していたのに、たった三つの案で決まっちゃいましたね!」
この高らかな声と、朗らかな笑顔――。
それが、合計で四体――ある意味二人と一匹の、エリア攻略を始める合図だった。
◆
「それで、何か策はあるのですか?」
「ない」
「――――」
六夢の問いに、あまりにも直球に回答するレオ。
だがまあ、それも当然だ。
この計三体――便宜上“式神ーズ”――を連れているレオは、戦闘IQだけが優れているだけの脳足りんとも言える。
要はそれだけ頭が悪いので、すぐすぐこのシナリオをクリアできるわけがないのだ。
「そりゃあ、のーぷらん、も仕方ないのや」
「よく分からない単語を無理して使う必要はないのな、フワ」
雑談を交わしながら、もう何度目かも分からない、探索、もとい散策を続ける一行。
レオ一行は、手始めに都の全域を歩き回っていたのだが、これといって得られたものはなく、序盤から行き詰まっていた。
「昼の間にリアルで休んでおいて正解だったな」
食事を手早く食べてから、プロイベントの概要や、出場しているプロゲーマーのゲーム実況動画を見漁ると、夕方まで仮眠をとって『天地』に戻った。
また、起床時にエネルギー――カフェインは疲労が溜まるのでブドウ糖――を適量摂取してからログインしたので、脳の持久力は有り余っている。
「――やっぱり、中央のあの建物が怪しいよな?」
「ああ、羅生門やね」
シナリオの発生源の、さらに元が、あの文芸作品である以上、あの門が攻略の鍵となるのは間違いはずだ。
「だけど、あそこ入れないぞな?」
少し前、レオ一行が見に行った時は、門の周辺には、魔力――もとい“呪力”の障壁によって、立ち入ることが出来なかった。
――ただ、不思議な点があった。
「あの障壁は、どんな役割があるか分かったか、フワ?」
“呪力の壁”を調べるには、専門的知識のないレオには、分からないことばかり。
その結果、この時代の霊の中でも、そういった知識に特化しているフワの“解析眼”に任せた、というのが先程までの一連の流れだった。
だが、すぐに結果は得られるはずもなく、門の周辺に巡らされた“呪力”が、“壁”のそれと同じものであることだけは判明した。
それ以降、フワは六夢の中で、うぅ、と呻いているようで、それだけ解析が困難である模様。
「じゃあ、当分は門には近づかない、ってこと
か――
――、
――モコ!六夢!?」
突然、計二体が他に膝をついて悶えるのが見え、その判断に、思考が止まったようにも感じたのが分かった。
「おい、何があったの!?モコ!六夢!大丈夫!?」
――便宜上――二人を探るが、彼らの体からは異常は見られない。
「ただ…、毒ぅ!?」
表情豊かに驚き続けるレオ、だが、その声が二人へ届くことはないし、返事はない。
「なんで、毒…?まさか、魔力!?いや」
それはない、と否定しかけるが、その可能性が消えるわけでもない。
「ジュリョク…って力か?」
式神ーズの話を聞いていると、“呪力”と魔力の構造は大きく異なると聞く。
だから、この謎めいた状況になったのだろう。
「フワ…は今戦えないし、返事がない。あっても安静にさせないと。でも、」
どうするか。
このエリアに関する知識がない以上、ただひたすらに動き回っては情報を集めて攻防を固めていくしか、いい策は思い浮かばない。
何せ、レオは基礎的なIQはさほど高くないし、経験ゆえの戦闘IQしか持ち合わせていない。
その上、彼は『天地』一筋でプレイスキルを極めた単細胞なタチ――、「こんな戦い方をしそう」といった知識もあるはずがない。
「ザラメとか版銅羅のサポートがないのが辛いところだね…!」
第一に、現在式神ーズを襲っているものの正体も分からない。
「なんかのモンスターの仕業なんだろうけど…、“万能感知”にも反応しないし」
式神ーズの弱体化の様子から見るに、呪力を通した術式であることは間違いない。
つまり、探知系魔法の中で最高ランクの“万能感知”で捉えられないということは、意図的に居場所を隠している可能性が高い。
「――“結界”!」
二人をシールドで覆って、レオはインベントリから取り出した魔剣を構えた。
「こ、の盾は…?」
「物理ダメージも魔力も防いでくれる優れものだよ」
以前はあの鎌に宿していた術式だったが、使い勝手が良いので、ソウスケに渡す寸前に抜き取ったのだ。
「お前らの呪いを解いてくるから、持ち堪えて」
「待て…!私たちも戦う!」
「そうですよ!走ったり、刀を振るったりは出来ます!」
意地でも一緒に行く!!とでも言いたげな態度の彼らだが、レオの意地も負けてはいない。
「せっかく出会った仲間をみすみす殺せ、って?無理に決まってんだろうが」
「ですが…」
「いいから、ここで寝てろ!手早く解呪してくるから!!」
「――断るのな!!」
「うるさいのや…」
「うるさい、お前は黙ってて!
…って、え?」
三名の口論に、入り込んだ透明な声。
「お前…、回復したのか!?」
「解けるところまでは解いたから…、療養中」
「ならいい。今は六夢とモコを守って」
この状況では、フワの二人の護衛が要となる。
どうにかして、守ってもらわなければ、全員生存が有り得なくなる可能性も大いにある。
「――呪力が残ってないや」
「――!マジか」
事態が悪化した。
フワの能力が塞がれた以上、レオが二人を守りながら戦わなければならない。
「――、これ以上面倒を増やすなよ…!!」
大通りで立ち止まるレオたちに、二体の怨霊が挟み撃ちをしていた。
一つは、先程逃走を図った“空虫”。
そしてもう一体は、
『“悪食”』
大量の妖怪、その骸を纏った怪物だった。
“龍牙の儀礼剣”
この話の最後あたりに、レオが装備していた魔剣。
簡単に言うと、相手の魔力に干渉する毒剣(魔法)です。




