食物連鎖
「「は?」」
一人と一体の声が重なる。
だが、そのような反応を向けられても、レオは表情を崩すどころか、口元を綻ばせている。
そういった表情になるのも無理はないだろう。
何せ、同じ反応をしているモコと青年だが、それぞれの驚く理由が異なることがわかっているからだ。
レオの考えを説明するには、モコについてを話さなければならない。
彼?は、青年を「食った」ことを認めてはいるが、レオの発言には、何かを「知った」ことや「気づいた」ことに驚いているわけではない。
気づかれた、という異常事態からの焦りが主な理由なのだ。
「さてはお前、肉体の存在を奪えるんだろ?」
「――!!」
この様子からして図星だ。
「…、なぜわかったのな?」
それも言わなければならない。
「ずっと気になっていたんだ、お前らと会った時から」
「――?」
レオがモコたちと一戦を交わした際、フワの行動が気がかりだったのだ。
そして、その確信は、つい先ほど、彼らと交わした雑談にあった。
「本来なら魔力のない死骸だというのに、なんで実体を持てたんだ?」
「ん?」
「いや、正確には、体を“動かせた”の方が正しいのかな?」
レオにとって正直なところ、この推測は、考えただけでも意味がわからなかった。
倫理的な面で、ではなく、論理的にあまり理解に易しくない、という意味で、だ。
おそらく、フワやモコをはじめとする付喪神は、物体に憑依ができても、動くのには何らかの手順がいるのだろう。
実際、レオの知識の範囲内でも、魔法系のモンスターで、そんなことができたのは、生物に寄生・憑依したものしか見たことがない。
まあ、このエリアの怨霊、妖怪が例外という線も捨てられないが。
「だが、ここからは、ただの憶測にしかならない」
根拠となる事実も碌にない、仮説だ。
「“動き方”を知っている生物の魂を得ることで、その情報を手に入れたんじゃないか?」
「それを見抜かれては、言い訳のしようがないのな」
観念した、という態度のモコに、レオは満足そうに笑んでから、青年の方を見る。
「で、お前ら。さっきからこいつ、話を聞いていてもアホヅラしてんだが?」
今までの話を聞いていたら、モコに対する怒りとか、衝撃の事実とかに驚いていそうだが、いまだに理解していないのが丸見えだ。
「あー、それはだな」
『モコが喰った時に、この子の記憶ごと喰っちゃったのや』
追及され、目を逸らしながら口籠もるモコ、の代わりに答えるのはフワ。
「へー…え?」
『で、魔力だけが残って、この子の肉体が魔力に融けてるんだや』
「え?」
「それで今のこいつは、怨霊と人間の間、みたいな状態だな」
「は?」
『だから、さっきの使い魔にする、ってのも間違ってないんだや』
「ちょ、」
『君の洞察力には驚いたや』
「ちょいちょい、待て待て待て!!?」
口が回り続ける二体を、無理やり制止させる。
「いや、使い魔になれ、ってのは、だいぶ流れに任せたかまかけだったんだが!?」
「『え!?』」
実際、ここまで的中している考察を当てられたら、そう思うのも無理はない。
「なんというかまあ、肉体が魔力に浸透していたからな、怨霊化してるのでは、とか思っただけだ」
今度はレオが目を逸らす番になり、その場の全員からの冷たい視線が向けられる。
その棘のような感覚を水に流そうとするも、付喪神たちのそれは、だんだんと呆れへと変わっていくのが分かった。
「ところで、フワ」
『今のこの青年は、“擬人式神”に分類されるのや』
レオの思考を読むことで、疑問をすぐに晴らしてくれる。
「擬人、ねぇ」
「まあ、例外だがな。能力も術式も持っとらん。魔力が多いのが救いだな」
となれば、これからレオに連れられるにあたっては、育成は必須事項になるだろう。
「それじゃあ、決まりだ。さっさとシナリオを攻略しねえと」
「ちょっと待ってくださいよ!」
話がまとまりつつあるレオたちに、怒声を含んだ青年が殴り込んだ。
「確かに何も思い出せませんが…、妖怪、俺が?モコ様まで何を仰るのですか!?」
わなわな、と震えながらレオたちに詰め寄る青年。だが、彼らから返されたのは、慰めではない。
「勘違いするな、ガキ。私の指であるのだから、黙って従って居ればよいのだな」
「そうそう。で、それを従えてるのが俺だから、お前にはハナから拒否権はナシ!いいな?」
そう、この青年の反論など、レオにはどうでもいい話。
手駒を増やせるから捕まえた、そんな客観的事実にしか興味関心はない。
「ちなみに、こいつらを通じて甚振ることもできるんだが…、それで調教してやろうか?」
事実上、モコの式神であるため、力で蹂躙することだって不可能でもない。
だが、
「――なんて、冗談だよ!」
「――!?」
「サプラーイズ!!」とかの効果音がついていそうなテンションで、青年へと言い放ち、後ずさる彼に詰め寄る。
「いぃいいぃやぁぁあああ」
「あはっ、なんだそりゃあ?ホントに妖怪じゃねえの」
「くっ、来るなぁぁああああ!!?」
「お?シャイボーイめ」
「何をする気だ!?調伏する気か!?」
「しないしない、調伏は」
「うんkだ…嘘だ!!」
「今なんかすげえ言い間違いしたな!?」
平安版ムーンウォークで逃げる子供を、爆笑しながら詰め寄る、なんともシュールな絵面。
『ストップ!』
「はいはい」
その奇行を、一叫して止める声。
「ごめんごめん、からかいたくなって、な?」
「へ?」
「ホントだよ、ホント」
徐々に真剣な表情になるレオに、声に落ち着きが戻るのが分かった。
当然ながら、このようにふざけ散らかすのが目的ではない。
それに、この名もなき――、否、名を失くした青年を従えさせることも、レオには興味がない。
――なら、何がしたいのか。
簡単だ。
「ま、安心してくれよ」
宥めるように語りかけながら、そっと、彼の肩に手を添える。
「“開花”」
「――ッ!!?」
腕輪から抽出した魔力が、青年の全身へと注ぎ込まれ、彼の体が魔素に染まっていく。
「――――」
声にならない声を放っては抵抗を試みるが、それも虚しく、次第に全身から血の気が引いていくのが見て分かる。
「俺は、「調伏しない」とは言ったが、「何もしない」とは言ってないんだよな」
『レオ、記憶は喰い終わったんだや』
「OK!じゃ、乗っ取っていいぞ」
「や、べろ…!!」
スムーズに話が進んでいくが、その一人と一体のやり取りに割り込む、荒くか細い声。
「なんだ、まだ生きてんのか。よかった」
青年の肩に触れた手に、さらに力を込めて、魔力を流し込む。
だが、その最中、場に沈黙が訪れた。
「え、“よかった”?」
「なんでもいい!放せ!!てか色んな所から口出すな喋んな気持ち悪い!!」
困惑をモロに出すフワと、いまだに怒りに染まった青年。
「片方は分かるが、フワのアホヅラはなんでだよ」
「いや…」
「まあいい!」
いつまでも冷静を取り戻さないフワに痺れを切らしたのか、レオは、ぴしゃん、と手を叩いて黙らせる。
「フワ、喰った記憶は戻しなさい」
「な!?」「は!?」
一人と一体の反応が重なる。
「フワがいれば、この人の魔力は安定する。そうすりゃあ人のカラダは回復するでしょ?」
レオと接続していたマナバッテリー。
それに憑依した魔力操作の一級品ならば、この名もなき青年の容態の向上ができる――、レオはそう踏んだ。
そして、フワの拠り所を青年へと移動させれば、必然的にマナバッテリーも戻ってくる。
そう、一石二鳥だ。
「ということで、フワ。その人を救ってやれ。お前が救世主だ」
「いやいや、やだn」
口を出して(物理)愚痴をこぼすが、その口のスレスレに刀が突かれ、その威嚇に萎縮した。
「やれ、じゃなきゃ大便に憑依させるぞ」
「鬼だな!」
それなりに脅しのこもった命令を叩きつけて、無理やりに話をまとめさせる。
「待ってくれ、いや、待ってください。一体なんのためにそんな――」
「このエリアについての情報が欲しいんだ。ついでに救える命は救っておきたい」
嘘である。
レオの本心は「こいつ大変だ!早く助けないと!」である。
ついで、なんて言葉が加えられている意思こそが本心なのだ。
この意地っ張りが、ザラメの態度にも影響しているのを、レオは知らない。
冗談はさておき、
「情報…、だから「記憶」を戻したいんですか?」
「それもあるんだけど…」
「「「あるんだけど?」」」
「キミにフワを宿したほうが、フワの本領を発揮できると思って、ね?」
あくまで本音を隠したうえで、理に適った理由も提示する――、副団長から教わった手法である。
ただ、そのコピー元と比べれば、使った本音ではいささか説得力が足りないのだが、そこは見るべきではないだろう。
「俺の言うことは絶対、だろ?」
「この童に“固有術式”がないのが救いだな」
「コユウジュツシキ?」
「なんじゃ、知らんのかや?」
首を縦に振っての肯定。
「いい機会だや。童、主君に教えてやれ」
少し堅くなった呼び方に引っ掛かりを覚えるが、会話を続行する。
「え、僕そんなの知りませんよ?記憶ないのに」
「私の魂と繋がっているのや、私の記憶を見れるだろうや」
聞き捨てならない内容が入っている気もするが、気にせず待機。
「えぇと、魔力を持った生物の特殊能力、だそうです」
「特殊な、ね」
「フワ様によれば、レオ様の“スキル”と似たようなものだそうです」
「なるほど……」
つまるところ、付喪神のような、物体に憑依するタイプのMOBは、憑依する対象に、他の術式などがあると、ほぼ確定で拒絶反応が起こる、と。
「なんだ。じゃあ、さっき聞いた話と同じじゃん」
「生憎、そういうわけにもいかないのや」
何やら口籠もっているフワ。
「あー…、仮に“固有術式”があった時、相性次第じゃあ、互いの魔力構造が激しく乱れる。双方が消滅することも、珍しくはないのな」
「じゃあ、この人にスキルがなくてよかったー、ってことでいい?」
「そうや」
危なかったな、とレオは反省する。
もし、この青年にスキルがあれば、最悪フワが消えていた――、そうならなくてよかった。
「私の言いたいことはこれで以上。主君の命だ、この童には、できることをしよう」
レオは頷いて、刀を仕舞う。
「あ、そうだ」
「?」
一つ、レオは思い出した。
「どうせなら、新しい名前をつけない?」
こうして、数時間に及ぶ『名付け論争』が、幕を開けるのだった。
下ネタもどきのとき、青年はめちゃくちゃ早口になってます。




