いぬのさんぽ
「は?だな」
『そうだや』
受け入れ難い状況に、困惑を示す犬霊――モコと、何処からか念話を交わすフワ。
レオという人間は、魔力感知に似た能力で、モコの射撃の特性を見抜き、背後に魔力弾を撃てないと気付かれた。
それを利用して背後へと回らすことに成功したのならば、あとはフワの仕事だ。
死骸という依代、その全身を核とすることで、レオの初手で依代が破壊されるように誘導した。
そこから、フワの依代だった死骸から魔力を爆散させ、都中に浮遊する空気の一部に憑依する。
そして、モコの煙幕と、フワとの全方向からの連射。
それを捌かれた後、安全地帯に誘導したレオに、散布させた魔素から作り出した魔力弾を連射するのだ。
これで自分達の術中に嵌めた、そう思っていたのに、レオは違った。
特殊な匂いのする彼の剣。その影響か、空気中の魔素が消えているのだ。
『わからぬや』
あのレオとやらは、何をした?
疑問が止まらないばかりだ…。
◆
“悪食の剣”
俺が能力を与えた、鋼の剣。
その能力は至ってシンプル、魔素や魔力媒体を刀身と接触させることで、その魔力を吸収・蓄積する、といったものだ。
そして、蓄積されたMP量に比例する分の威力補正の入った攻撃が可能になるのだ。
チャージした魔力は、一度の使い切りという難点もあるが、今回の戦いでの狙いはそこではない。
幾度に渡った育成により、拡張されたMP上限、それによって、フワとモコが蔓延させた魔素を大量に吸収したのだ。
よって、
「お前らにとって俺は、相性最悪なんだよな」
彼らの放つ魔力弾も、剣が触れた瞬間に吸収される。
つまり、魔力をメインとして練られた戦法では、大した意味を為さないのだ。
『だが、残念だな!!私達は「核が壊されない限り死なない、か?」
考察が的中したのか、嘘をついている時とは明らかに異なる、目を見開いた表情で、な…、と溢していた。
「じゃあさっさと探すまでだ――「もうやめないかや?」
リーサルを狙おうとするが、すぐ近くから、フワと思しき声が、鼓膜を震えさせた。
どういうことだ?と思うが、それも無理はないだろう。
読心の手段は封じており、魔素が吸い尽くされた状況で、物体の依代なしに妖怪は生きられるはずがない。
「何をした?まさか、妖怪は霊体系モンスターとは別枠ー、とか言わねえよな?」
「そういうことは違うから安心するのや」
「なんだ、そこは安心だな」
解せないことはまだまだあるが、どうやって話してるんだ…って、ちょっと待てコイツ…!
「“悪食の剣”に取り憑きやがったな!?」
「せいかーい、なんだや」
だから魔素の盾がなくても声が聞こえるのかよ…。
「お前!今すぐ出て行けよッ!」
やばいやばいやばい…!俺の武器に憑依なんかしたら
「痛い痛い!いだだだだ!!」
「ほら見ろ!大丈夫か!?」
俺の付与術――『魔力の悪食』、高ランクの魔法であるそれより力の少ない魔力媒体などが、鋼剣に入り込めば、魂に損傷が入れられるのだ。
「ちょ、早く出ろ!?」
「これは、激しく同意、だな」
「ちょ、モコとやら。お前コイツの魂引っ張り出せないのか?」
「無理じゃ、呪力に耐性がある依代がないと無理だな」
「その体に二体で棲むのは?」
「無理だ、複数の魂の共存は不可能だな」
「まじかー」
「焦れよな!?」
だって俺関係ないもん、お前の身内が勝手に入ってきやがったんだぞ?もうこれ不法侵入じゃんか、なあ?
とは言ってもどうする?いっそのこと、このままフワを仕留めるか?
「ちょっと、今何考えたのや!?」
「昇天しろ、とかかな?とりあえず剣に口を生やすな」
こんな状況では戦闘のことなんて考えている場合ではない。
だがコイツらを死なせると、情報源を二つ失うことになる。喋る妖怪がレア、とかもあり得るしな。
「よし!」
「なんだや、殺すなら早く殺せ!」
「いやいや、そんな勿体無いことはしないよ。助けてやるよ、お前」
「だったら早くしろ!」
そのように急かされても、実行するかは俺の自由だ。
だが、このまま何もせずに見殺しにするのも、性に合わない。
「――だが条件がある」
「は――?」
元はと言えば、この付喪神達が売った喧嘩だ、それを終わらせるという決断をするのはこいつらであるべきだ。
それに従って動く、それが俺の意見だ。
「俺がフワを助けられたなら、お前らは俺の下につけ」
でなきゃ
「――ッ、誰がそんなことを聞くかな!殺すぞ!?」
……。
「でなきゃ殺すまでだ」
「あ?」
お前らが、少しでも反抗する意思を見せるなら、
「この剣でお前の魔力を全て吸収して殺す、そしてフワも見殺しにする」
「――――ッッッ!!!」
「少し探れば分かる。モコ、お前の魔力を浪費しすぎだ、もう微量しか残ってない」
ぶっちゃけると、雑な魔力の使い方しかしていなかったから、残ってるはずもない。
あと、元々無尽蔵なレベルであった魔力も吸い取ったからな、魔力弾一発すら撃てない。
「さっさと選べ、でなきゃどっちも死ぬぞ?」
重々しい一言が、夜の都に響いていた。
◆
「はぁはぁっ、助かっだや…!」
「感謝しろよ、お前ら?」
脅しの入った取引の結果、二体の付喪神を調伏した。
「つっても、私達は擬人式神だや、正確には調伏ではない」
「まあ、主従関係はできたがな」
擬人式神…というのは、恐らく精霊などでいう『契約』と同じ意味だろう。
つまりは、彼らと魔力を介して繋がった、とか、色々「悪魔との契約」のような面倒臭そうなことが起きてそうだが、それは良しとしよう。
「問題はそこじゃないしな」
“悪食の剣”の影響で魂を負傷したフワを、契約に則った末に、俺のアクセサリに憑依させたのだ。
それもただのアクセサリではなく、魔力を貯蓄でき、MP回復が出来る、言わばモバイルバッテリーのような優れ物を失ったことと等しいのだ。
元々MPが無尽蔵にあるとはいえ、長時間の戦闘などがあれば尽きるのは当然。
だから、日頃からお世話になっていたのだが、これからは、貯められた魔力は、フワの食糧になるのだ。
「俺が使う時には分けろよ?」
「君は、人の胃にあるものを吐き出せ、とでも言うのかや?」
なんとも図々しいばかりだ。
「まあ、いざとなれば私の魔力を分けるからな」
「それは助かる…てかそうじゃないと困る」
アクセサリ“マナバッテリー”の魔力の許容量では、フワの魂を維持・回復させれば余るのは僅か、余裕など少しもないのだ。
「ていうか、ステータス見たけど、お前らどっちも魔力、あー、呪力が多いな?」
一応俺も、プレイヤーの中でMPが高い、とかの称号あるんだが、それが曇るレベルでの多さだ。
「そりゃあな、かつてないほど妖怪や呪詛が振り撒かれとるこのご時世じゃあ、そこら中に呪素が蔓延しとるからな、剣にも食わせ放題じゃな」
「まあ、私達の魔力は至って中の下ってところだけどや」
片方の発言には、若干の嬉しさを感じるが、もう片方のそれからは、今後の不安が込み上げてくる。
「そうだや、レオ!」
散策を再開しようとするが、突然呼び止められる。
「君は、私達のマナ?を使えたら出来るのかや?」
「それに関しては、分からない」
なんせ、まだ契約をして間もない。
式神やら妖怪やら、俺が知り得ないことが溢れているばかりだ。
「それなら、陰陽師を頼った方がいいやな」
「オンミョウジ?」
その名前については聞いたことがある。
昔の、丁度この時代にいた、エクソシストみたいな役割の人。
「契約をしたからには、私達はお前の駒になるって訳だな」
「駒って…、俺は協力関係でも築ければいいんだから」
ただ、こいつらをどうにかすれば、魔力の運用もマシに出来る可能性は大いにある。
「そうだな、その陰陽師の場所に行くか!何処にいるか分かる?」
「知らん!」
「世話になってた陰陽師さんなら、上級妖怪の呪いでくたばりおったな!」
「じゃあ一から探すの!?」
せっかくイベントフラグが立ったのに、タスクが増えたじゃねえかよ。
しかも、よりによってまた探しものだし、今回は人だから動き回っててもおかしくないし。
「その死んだ陰陽師が妖怪に転じてたりは?」
「そいつから溢れ出た呪素は食った!」
「は?」
「さっきの戦いで全部使ったちゃったんだや、モコが」
「ほーう、なるほど…」
このゲームじゃあ、魔素から魂を復元させられたりも、出来ないことはないし、その希望があったのだが――。
そんなことを思い浮かべるが、結局望み薄なので諦める。
諦めるが、
「何してんだよ、この、馬鹿たれが!!」
「ないものはない、諦めろ。さっさと陰陽師を探せばよかろう」
「――――…!!」
怒りが込み上げるがそれを殺す。
「まあいい。お前らは俺の部下だ、駒じゃない」
「「?」」
「これだけは言っておく。常に俺の言うことは絶対だ、命令は必ず守れ」
そうでもしなければ、好き勝手に暴れ回ったりする可能性もある。
「異議は認めない。ただ、命令を完了するためならば、その度に出す条件を遵守しろ」
数秒間悩んだ末に、了承する二つの声が聞こえたので、自身のそばにモコを歩かせながら、都の探索を再開したのだった。
◆
「右に言ったぞな、レオ!」
「分かってる!」
探索開始から数十分後、廃屋の一つでリスポーン地点を更新し、そこを中心に辺りを調べて回っていると、途中で妖怪の群れと遭遇し、モコを見るなり敵意を向けられ、交戦することになった。
「――ゥッアァ!!」
「うるせえ!」「うるせえんな」
牙を剥きながら仕掛けられる無鉄砲な特攻、それを難なく対処するが、数がさらに増えたことで、より面倒が増した。
「こいつら、数が多すぎて戦いづらいんだよ、なぁ!」
『所詮、個体名のない下級な怨霊だや、頭数を増やさなけりゃ大した取り柄もなかろうや』
なるほど、とレオは考える。
弱い生物ほどよく群れる。
それは人間を含めた全ての生物に当てはめられる心理である。
まあそれは置いておき、本題に戻るとする。
レオ達の相対する妖怪――否、怨霊の総数は、およそ四十体。
一体ごとのポテンシャルはそう高くなく、数発の被弾で倒せるほど。
ただ、厄介なのがこれ
「――――ガァアァ!!」
「どけ、な!」
数体の小さな指示役がおり、それを守るよう命令されたであろう比較的巨体の怨霊。
それらの多少優れた程度の連携が、レオ達の攻撃を妨害しているのだ。
「さあて、どうする?」
ぶっちゃけ、レオにとってこの群れは、魔法を使えば簡単に倒せる相手だ。
だが、それをしたくない理由がある。
「モコ、体力はどうだ?」
「半分も戻っとらんな」
先程の戦闘で消費してしまった魔力の回復、そのために怨霊を食わせて、それで得た魔力をフワに分配する、という狙いだ。
だが、あまりにも効率が悪い。
空気中の魔素は怨霊群の再生能力へと回されているようで、そこからの回復は期待できない。
そしてこの怨霊群。
繰り返す再生のたびに、肉体の硬度が上がっているのだ。
「フワ、こいつらの能力を調べてくれ」
話を聞いたところ、自身の魔力の特性上、フワは簡易的な解析が可能であるらしい。
「でも、抽象的な内容しか分からないけどなや」
「今はそれでいい」
レオにとって重要なのは、敵の能力ではなく、それを含めた特性だ。
「――!まずいや、レオ、モコ!こいつら…ッ」
腕輪から放たれる、焦りに焦った大声。
「どうした?おい、おい!」
何度も声をかけるが、そのたびに詰まった言葉が投げつけられるだけ。
「まずい、まずいや!『空虫』だや、空虫!!」
「カラムシ?」
「な…、空虫だとな!?」
知らない単語を呟かれ戸惑うレオ、だが、すぐに目の前の怨霊群であることを察し、モコを雑に持ち上げて距離を取る。
「その空虫って!?」
「『神の意思に作られし、元の歴史に逸れし異常者』……だや」
「神の意思?歴史?異常者!?」
さらにレオの頭が混乱に落ちていく。
元々の頭脳が大して優れていない、普通な中学生だ、すぐに理解できないのも仕方がないだろう。
「要するに、書記とかに載ってない、オリジナルなエネミーってことか?」
「おり…、えね…?」
「独自な敵ってこと!」
「そういうことだな!」
軍勢同士に睨み合う中、怨霊群の名が表示された。
『ユニークエネミー“虚食の空虫”』
周囲の魔素をさらに喰らった彼らが、表情を鋭くしてレオ達を威嚇する。
「空虫がどんな奴かを聞いてもいいか?」
「魔力媒体に触れることで、その魔力を消滅させる…私達の天敵だや」
「消滅…!?」
すぐに装備中の剣を確認するが、魔術の効果が消失していた。
「嘘だろ、おいおい…?」
この環境では優れものだった愛剣“悪食の剣”が、ただの鋼剣になっていた。
「ごめんだや…、もっと早く気づいていれば」
「いや、いい、気にすんな」
これは事故、故にフワが気に病む必要はないのだ。
レオ達が、今やるべきことは、
「フワ、モコ、勝つぞ」
この即席パーティーで、目の前の敵を討伐することなのだから。




