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「修学旅行?」


「中学の時は住んでる場所が違ったから行き先も別でさ。高校はこんなだったからただ班の後ろを付いてくだけでロクに楽しめなかったし。ちょっと未練があるんだよ」


 そこまで強い執着はなかったけれど、機会があれば行きたい程度には思っていた。


 それに、修学旅行先なら万人向けの場所だろうとも。


「いいね修学旅行。私も行きたい! 抹茶アイスとか食べたい!」


「本当に好きだね、甘いもの」


 ⬜︎


 そうして僕らは見慣れない街並みを散策していた。


 一帯に高い建設物が見当たらないのは、古くからの景観を保全するために条例で定められているからだと、歴史の授業で聞いた覚えがある。


 それ故の静謐な雰囲気、ゆったりとした空気の流れ。


 気分のせいもあるだろうけど、道行く人々の喧騒も嫌に感ない


 こっちでも大差ない夏の太陽も、暑く感じても鬱陶しく思うことはなかった。


 こういうのは、嫌いじゃない。


「んーふふーん、あーんっ……ん〜!」


 ただ、それは隣を歩く彼女を除いてのこと。


 暑さを凌げ、かつ観光地でも巡ろうというわけで、有名な竹林に向かう途中。


 早速お目当ての抹茶アイスを手にした彼女は、それはもう口いっぱいに頬張って恍惚とした表情を浮かべている。しかしまあ、彼女はなんでも美味しそうに食べる。


「ふんふーん……んっ、う〜、頭がぁ…………!」


 そしてこの通り、いちいち反応がやかましい。


 もう少し静かにして、なんて彼女の表情を前に言う気にはなれなかった。


 自分の甘さに呆れつつ、釣られて買った抹茶をずずっと飲み干した。


 それから歩くことしばし。


 竹の場合も、木漏れ日と言うのかどうか僕は考えていた。


 葉の隙間からはチラチラと光が差し込み、そよ風に揺られては足元を流れていく。


「へぇー、意外と涼しいんだね」


「そうだね。避暑地って言っても外だし、気持ち程度のものだと思ってたけど、いい意味で期待を裏切られた気分だよ」


 日陰なだけでも十分涼しく、時折肌を撫でる風はとても心地いい。有名な場所だからと多少の人混みは覚悟していたが、誰もがその雰囲気に息を潜めていて、不思議と人混みでも鬱陶しさを覚えることはなかった。


 吹き抜ける風が彼女の長髪と羽織ったカーディガンを揺らし、不意に白い首筋が覗いて見えた。無意識に視線はそれに吸い寄せられ、数秒。彼女が僕の視線に気づくことはなくても、段々と滲んでくる居た堪れなさから上に視線を逸らす。


 目に入ってくるのは、空の水色と、竹林の緑色。


 単純で、互いを邪魔し合わない、相反することのない二つ。


 人間の心も、こうあれば楽なのかもしれない。


 そんな時間も束の間で、影のない道が見え始めてきた。


「短いもんだね。ちょっと名残惜しいかな」


「……」


 思ったままを口にしたそれに、何かしら反応してくると思っていた。けど、彼女は表情の一つ変えることなく、スタスタと少し先を歩いて行ってしまう。


 いつもの彼女からしたら、少し珍しいと言うか……


「どうか、」


「ねぇ、今日どうかした?」


 口にしようとした言葉を彼女に盗まれた。


「なんで?」


「いや、なんでって言われても、なんとなくっていうか……よくわかんないけど、なんか今日の君、違うなーって」


 曖昧ながらも確信しているような口ぶりに、けれど訝しんでいる様子はなく。


 少し先から振り向いてくる彼女は、きょとんと首を傾げてくる。


「そんな変だった?」


「なんか、無理してたくさん喋ってる気がする。なのに上っ面だけ言葉にしてるみたいでそんなこと思ってないように見えるし、時々、難しい顔してた」


「そう。気づかなかった」


 どうせ、いつか知ることになるのだ。


 たった一文字を短く返して、彼女の横に並んで歩く。


 この方が話しやすい。歩いていると気が紛れるし、気負わなくて済む。


 数度、呼吸をゆっくり繰り返して、一度ふっと強く吐き出す。


「君の親のこと、ニュースになってた」


 無駄な感情は入れない。ただ事実だけを、淡々と告げるだけでいい。


 そして、振り向かないように。


「そうだったんだ」


 けど、ほんの少しだけ、横目を彼女に向けてしまった。


 哀しみも、怒りも恐怖もなく、それがあまりにも無感情なものだったから。


 彼女が何も思っていないはずがない。人として当たり前に浮かべるべき感情を少しも見せないことが僕は少し怖く感じた。


 もやもやとした不快感が心を満たしていく。それが気持ち悪くて、消したいから僕は突いて声を掛けてしまった。理性を押しのけた、感情だけに任せて。


「殺人事件って分かってるだけで、君のことはまだ詳しくは出てなかった。一人娘がいるってだけで、今は身元確認中だって」


 やめろ。


「多分、警察も誘拐事件かなんかだと思ってるだろうし、第一こんな場所まで来ないよ」


 やめてくれ。


「だからさ、今は、別に——」


 これ以上、優しさなんてものを。


「私は大丈夫だから、心配しなくていいよ」


 そう言ってくれる彼女は、いつも通り笑っていた。


 けれど、その声音は浮かべる表情とは裏腹に冷たかった。


「それよりさ、早く次行こうよ。ほら、せっかく来たんだしもったいないよ」


 足を止めた僕より先に、光の中に消えていった。


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