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「うわぁ……!」
「うわ……」
見ている場所は同じなのに、どうしてこうも両極端な反応が生まれるのか。
一つは素直な感嘆で、もう一つは人混みに対する拒絶反応だった。
時刻は九時を回った頃。電車に乗って二時間ほどの場所にある、取り敢えずの目的地。
見えるのは幾重にも組み込まれた鉄骨の群れ。聞こえるのは楽しさ混じりの絶叫。
「遊園地って初めて来たよ。人こんなに多いんだね」
「平日だけど夏休みだし、これくらいじゃないかな」
それにまだ開園から半刻も経っていない。これ以上に増えるのは確実だ。
「というか、初めてなんだ。ちょっと意外」
「まぁね。家族で連れてってもらったことはないし、友達ともそういうのはなかったかな」
家族。そのワードに一々思考を回しそうになった自分を、なんとか留める。
彼女が零した言葉に毎回反応していたら、それだけで一日が終わってしまいそうだ。
「そういう君こそ、なんで選んだのが遊園地?」
ごもっともな質問に、だからこそ声を詰まらせた。
先に言っておくけど、孤独な人間がいざ誰かと一緒にいるときは、基本その他人を中心に思考し、動くものだ。独りであっても孤高と孤独は全くの別物。高い理想もなく、臆病に生きる僕が行き先を選んだ理由なんて、決まっているも同然。
「君が行きたそうな場所、って考えたら、ここだった」
伏し目がちに言ったそれに、彼女は目を丸くして、唖然と僕を見つめていた。
言いたいことがあるなら言って欲しい。これ以上僕が言葉を重ねても、きっと……ほぼ確実に自分に返ってきそうだ。
「っ……」
何かを堪えるように彼女が漏らした声は、同時に、彼女の瞳にじわりと水滴を滲ませた。
「え、ちょっと、」
「……ふ、ふふっ、あはははは! 君ってば、ほんとにお人好し過ぎるよ……行きたい場所っていって、どう考えたら私の行きたい場所を考えるの、あはははっ……」
腹を抱えて一頻り笑い疲れた後、それでもまだ余韻が残っているのか、くすくすと声に出しつつ、笑い泣きに滲んだ涙を拭った。
「いやー、君ってやっぱ優しいよ。うん、すっごく優しい」
「別に」
「でも君は良かったの? 遊園地なんて行きたがる性格には思えないけど」
「悪かったね。どうせ僕には静かで暗い場所がお似合いですよ」
実際嫌いじゃない。寧ろ好きなまである。でも、
「君のためだけに、わざわざ来たくもない場所なんか来てないよ」
「そっか、それなら良かった。じゃあ早速ジェットコースターにでも行こう!」
「チケット買ってからね」
僕の腕を引いて走り出そうとする彼女を引き止め、チケット売り場に向かう。
「すみません、ワンデーパス二枚ください」
「ワンデーパス二枚ですね。高校生と中学生でよろしいでしょうか?」
流れのままに頷きそうになって、だが待てと。
「いや、こ」
高校生二枚でと、言おうとした手前、小悪魔が後ろで笑う気配がした。
ギラリと双眸が煌めきを放つ嫌な予感とともに、それは姿を現した。
「はい。それで大丈夫でーす」
横から割り込んできた彼女は、僕の言葉を掻き消してしまった。
「ちょっと、何を……」
「いいからいいから。あ、ありがとうございます」
それからの行動は実に手早いもので、代金を払い終えると同時にチケットを受け取り、受付員の営業スマイルに笑みを返しては、僕が異を唱える間も無く購入を終えてしまった。
「はい、これ君のチケットね」
「……」
無言の訴えはせめてもの抵抗だった。まともに話しては通じない相手にはこの手しかない。
「まぁまぁいいじゃない。安く済んで良かったじゃないか」
しかしその訴えも、へらっとした笑みで容易く避けられてしまった。
そういうことじゃなくて……と、続けようとしたけど、肝心の彼女はさっきまでいた場所から姿を消し、リズミカルに階段を降りて行ってしまう。
「ほら、君も早くー」
「……分かったよ」
若干落ち込み気味な自分の内心はさておき、チケットの代金を払ったのは彼女だ。
「そうだ。チケットのお金渡すよ」
そう言ってポシェットから財布を出して、二人分の代金を差し出す。
「これだと私の分まで入ってるよ」
「それなんだけど……」
あらかじめ用意していた言葉を、けれど、少し言い淀んだ。いつ言おうか迷っていたし、これはこの旅をする中で相当重要な話でもある。今を丁度いい機会というには違うかもしれないけど、気を重くせずに言った方が彼女も楽な部分があるだろう。
「お金はいいよ。これくらいは払う、というか、この旅行中に必要な分は基本僕が払うつもりだったから気にしないで」
急な提案だった上に、誘ったのは僕だ。食事や移動費だけならまだしも、ホテル代なんて、場所によっては高額なお金を払わせようなどとは流石に思えない。いや、払わせる払わせない以前の問題として、払えないだろうと思った。
「でもさ。たしかに長く旅行するほどお金持ってないけど……」
断ろうとして、けど、しゅんと顔を俯かせる彼女。
物分かりがいいのは助かる。無理なことに片意地張られても困るだけだ。
「でも、いいの? そこまでのお金、君だって無理してない?」
「バイト代が大して使うこともなくて溜まってたからさ。普通に旅行する程度なら十分あると思う」
君がこの旅行を楽しんでさえくれれば、僕は。
浮かんできたその思いを、口に出すことはせず、すぐに消し去る。
これはただのお金の貸し借りではない。この旅行がが終わった後では、彼女が借りを返すことはできない。それを理解しているから、素直に受け入れられないのだろう。
僕からすれば真っ当な理由あっての行いでも、彼女からすれば奢られるだけの行為。
それを非人徳的だと感じてしまうのは、けれど、根は善人であるからこそか。
「……それでも、やっぱここの分は自分で払うよ。それでもし必要になったら、その時は私からお願いする。それでいい?」
そこまで言われてしまっては、僕も頑なに拒否する気はなかった。
頷いて、差し出していた半分の金を渡した。
「それじゃあ、改めてジェットコースター行こう!」
「どれだけジェットコースター乗りたの君は。というか僕は別に……」
「いいからいいから。ねっ」
またも手を引かれる僕には、どうやら拒否権はないらしい。