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朧月夜の雪花奇譚  作者: 安井優
雪の章
17/43

十六、討伐を終えて

 (ゆき)(あかざ)が劇場を出たころには、すっかり城下町も寝静まっていた。


 事件の後始末は、藜が用意した式神たちがしてくれるらしい。


 雪が会場中に降り積もらせた大雪は藜が狐火を消化するために用意していた、という筋書きで劇団員や劇場の支配人には伝達されることとなったし、中断されてしまった公演についても、今日の客には後日改めて振替公演を実施する旨が正式に劇団から伝達されることになった。


 木造建築の演劇場も雪の一斉鎮火により、火の手を免れたようだ。


 こうして、狐火事件は幕をおろした……はずだった。


「わたくしがいない間に、雪さんが討伐の任務やなんて! いくら隊長といえど、今回のことは納得できません!」


 狐火討伐の翌日。


 隊長室へと呼び出された雪は、遠征から戻ってきた椿(つばき)に説教をくらっていた。


「だいたい、雪さんも雪さんですわ! なんでそんな危険な任務を引き受けはったんですか!? 雪さんはただの人で、討伐のための力なんか持ってはらへんでしょう!」


 椿に詰め寄られ、そうだった、と雪は押し黙る。


 雪が半妖であることは藜しか知らない。討伐には特別な能力が必要なのであって、雪にはその力などない。


 つまり、椿にとって、雪はただの普通の女の子なのだ。


「それともなんや、雪さんにはやっぱり、わたくしには言えないような隠しごとがあるっちゅうことですか?」


 椿は雪と藜を交互に見比べた。


「そ、それは……」


 雪が口ごもると、椿はますます怪しいと言わんばかりに目をすがめる。


 だが、藜がすぐさまそれを遮るように「別にいいだろう」とあっけらかんと言い放った。


「僕がいて、丁種(ていしゅ)(あやかし)相手に死なせるわけがない」


「そのわりには、わたくしの式神が何体も丸焦げになってかえってきましたけどね」


「え!?」


 藜が客席に忍びこませたという式神が椿のものだったとは思わなかった。


 雪の驚きも気にせず、


「ああ、あれはよい働きだった」


 と藜は椿の嫌味をかわす。


「討伐部隊に人手が足りないことは、椿もよく知っているだろう。狐火は(はこ)も展開しなければ、殴れば消える妖だ。一般人でも武器を持ち、対処法さえ知っていれば戦える」


「そんな横暴な!」


「つ、椿さん!」


 藜と椿の間に流れる剣呑な雰囲気にいてもたってもいられなくなったのは雪で、雪は二人の間に割って入った。


 声を荒げた雪に、椿も我に返ったらしい。ほとんど寝椅子(ソファ)から浮いていた腰をおろして、深く座りなおした。


 雪もまた、深呼吸して椿に向き直る。


「わたしのことを心配してくださってありがとうございます。でも、ほら! 見てのとおり、わたしはピンピンしておりますし、それに、討伐の任は、わたしがやると決めて受けたことなのです」


 藜の命令には逆らえない、ということもあるが、それ以上に、討伐部隊で役に立つことが自分の生きながらえる道だと理解している。


 それに、今回の一件を通じてわかった。


 雪は、半妖としての力を制御できるようにならなければならない。あれほどの力を暴走させたら、それこそ雪は本当に妖となってしまう。自らが人であるうちに、人を殺さぬように力を制御する術を覚えなければ。


「討伐部隊が人手不足だというお話はわたしも聞きましたし、役に立ちたいんです」


「そんな……」


「それに、わたしは豪運なんですから!」


「豪運?」


「はい。本来ならば、生まれたときに死んでいてもおかしくはなかったのです。妖に襲われた日だってそうです。でも、ここまで生きてこられました。だから、大丈夫なのです」


 雪が笑ってみせると、椿はようやく落ち着いたのか、苦悶の表情ながらもうなずいた。


「……わかりました」


 椿はそのまま藜に向かっても頭をさげる。


南波(みなみ)隊長、偉そうなことを申しあげました。申し訳ありません」


「気にするな」


「ですが、今後は雪さんに、あまり無茶をさせへんようにしてやってください」


「……考えておく」


 藜の返答に、椿はまたも渋い顔を見せたが、最終的には諦めと呆れを混ぜた息をついて話題を切りあげた。


 藜もまた、椿がこれ以上言及してこないと悟ったか「で、そっちのほうはどうだ?」と椿が持っていた報告書を指さす。


 こうなれば、雪のお役もご免だ。


「お茶、持ってきますね」


 雪がそう立ちあがろうとしたとき、椿が雪を引きとめた。


「雪さん、最後に一つだけ」


「何か?」


 振り返ると、椿のすべてを見透かすような黒曜石色の瞳が雪を貫く。


「その髪、どうされはったんですか?」


「……髪?」


 言われて、雪は後ろで一つに結っていた髪を触る。何か変だろうか。確認しようにも、隊長室に鏡はない。


 雪は結っていた髪をほどいて前へと持ちあげた。


「あっ!」


 黒髪に混ざっていた白髪の量が明らかに増えている。


 はじめて力を使った日と同じだ。


「気づいてなかったんですか?」


 椿に聞かれ、雪は正直に首を縦に振った。


 昨日は疲れて寮に戻ってからすぐに眠りについてしまったし、今日も寝坊しかけて慌てて髪を整えたから、自分の髪を気にしている暇などなかった。


 藜も気にしていなかったのか、雪の髪をまじまじと見つめている。


「……こ、これは」


 雪はいよいよどう説明しようか迷って、藜に助けを求めてしまう。


 が、藜もどうしようもないのか、考えこむような素振りを見せるだけだった。


「なんや、病気とちゃいますか? 雪さんはもともと変わった気が体内をめぐってはるけど、今日は特にそれも乱れて……」


「つ、椿さん! こ、これはですね、おおおお、お洒落(しゃれ)です!」


 整った顔を近づけられ、すっかり混乱した雪は、気づけばそんなことを口にしていた。


「お洒落?」


「は、はい! 今、帝都で密かな流行りなんだそうで、髪の色を少しだけ変えるというのが、そのおなごたちの間ではよいと言われているとかいないとか……」


 早口にまくしたて、雪がふぅふぅと肩で息をすると、椿からは気圧されたような生返事が聞こえる。


「と、とにかくそういうわけなのです! それでは!」


 嘘をついてしまったという罪悪感と、意味のわからない言い訳を押しとおすためにはこうするしかないという焦燥感から、雪はそれだけを言い残して隊長室を出る。


 後のことは、藜がうまくやってくれるに違いない。否、そう信じるほかない。


 雪は隊長室の扉を閉めて、大きく息を吐き出した。


「でも、このままじゃ、たしかにみんなから不思議がられるかも……」


 扉に背を預け、雪は自らの髪を見つめる。


 美しいと長治(ちょうじ)に褒められてきた黒髪は、力を使うたびにどんどんと白くなっていく。


 まるで、雪女や雪男に近づいているみたいに。


「もし、この髪が全部白くなってしまったら……」


 そのとき、雪は本当に妖になってしまうのではないだろうか。


 どれほど力を制御できても、心が侵され、理性がなくなってしまってはどうしようもない。


「……って、ダメダメ。考えても仕方のないことは考えない!」


 藜に言われた教えを思い出し、雪は自らを鼓舞するようにパチパチと頬をたたいた。


 雪が半妖であることは、これからも隠しとおさねばならない。


 ここで生き延びるためにも、信頼を勝ちとり、長治に会って礼を伝えねば。


「そのためには、まだまだ力も制御できるようにならないと」


 たとえ、髪が白く染まろうとも。命さえあれば他に惜しいものなどない。狐火だって倒せたのだ。きっと、もっとやれる。


 雪は自らを奮い立たせ、気合を入れなおした。

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― 新着の感想 ―
式神を使う椿さんも見たいなあ~! 匣と結界、人に化ける妖、髪の色が変わるけれど瞳の色が違う人もいるし、どこまでが人間でどこまでが妖の境界なのか、不穏な感じ……気になります。 雪ちゃん、無事に吹雪を出せ…
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