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朧月夜の雪花奇譚  作者: 安井優
雪の章
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十四、舞台はととのって

 (ゆき)(あかざ)は、帝都の中心にほど近い城下町の入り口で馬車をおりた。


「わぁ……」


 雪は、目の前の大きな木造建築と、それを装飾する色とりどりの幕に目を見張る。


 花国(かこく)で人気の大衆演劇場だ。およそ百年前に建てられ、今日まで何百、何千という公演を通じて多くの客を魅了した場所。


「まさに、初舞台にはうってつけだな」


 皮肉めいた藜の口ぶりに、雪は顔をしかめた。


 いつだったか長治(ちょうじ)とここで観劇しようと約束した思い出がよみがえったからである。しかも、まだその夢は叶っていない。


 なのに、こんなに素敵な場所が(あやかし)によって燃やされてしまうかもしれないなんて。失敗すれば、けが人や死人が出るかもしれないのだ。


 そんな状態で、藜の皮肉を冗談とあしらえる余裕は雪にはない。


「絶対に止めてみせますから」


 雪が珍しくムッと返事をしたからか、藜は少し意外そうな顔で雪を見た。雪が本気とわかったらしく、からかうのをやめて歩き出す。


 藜が向かったさきは劇場の裏口だった。裏口の警備隊も同じ花国軍の人で、藜を見るなり素早く敬礼する。


 藜は手をあげて応えると、関係者入口と書かれた扉を開けて雪を中へ招きいれた。


 雪が扉を閉めると、藜は早速、その扉裏に札を貼りつける。


「これは?」


「結界札だ。これを建物の東西南北四か所に貼ると、札同士が結界を作りだす」


「へえ……」


「結界についてはまだ学んでいないのか?」


「はい」


「簡単に説明してやるから、後で勉強しておけ」


 開演を控えて往来の激しくなった舞台裏を邪魔にならないように歩きながら、雪は藜の説明を聞き逃すまいと耳をたてた。


「結界の役割は、外界との遮断だ」


「遮断? なにかを守るとか、そういうものではないのですか?」


「結果的にそうなっているだけだ。結界の力は外側からも、内側からも作用する。本部の門を思い出せ」


 言われて、雪は本部に入るときも、本部から出るときも、門にかかった結界を弱めてもらわなければ通れないことを思い出した。


「あの結界は人間には効かないように作っているだけだ。外から来るものを弾き、内から逃げようとするものを閉じこめる。それが結界の本質だ」


「なるほど」


 雪は結界を想像しながら、妖の(はこ)も同じようなものだったことを思い出す。


 外から助けようとしても匣は開かず、内側に閉じこめられたら妖を倒すまで出られない。


 結界は、そうした妖の匣を真似て作られたのだろうか。


 雪が考えているうち、次の札を貼る場所へと到着したようである。藜が足を止め、入口と反対側にあたる柱に札を貼った。


 続いて、雪と藜はそのまま舞台袖を通り、客席側へまわる。


 二階席まである広い客席は、開演までまだ時間があるというのにそのほとんどが埋まっており、(きら)びやかな服を身にまとった人々で賑わっていた。


 すっかり見惚れている雪とは対象的に、藜は険しい顔をしている。そのことに気づき、雪が声をかけると、


「この中に、妖が紛れこんでいる可能性もある」


 藜はそう言って客席を睨む。


 雪も言われて、学んだばかりの知識を思い出した。


乙種(おつしゅ)以上の妖は、人に化けることもできる……」


「そうだ。特に狐火が多く活動している場合は、裏に九尾がいることも多い。九尾は狐火の親玉のようで、大抵が乙種以上だ」


「九尾……」


 まだ勉強していないが、その名を聞いたことくらいはある。


 九つの尾を持つ狐の妖で、地域によっては神さまと信仰されているところもあるくらいだ。


「まさか」


 場内を見回しても、雪にはみな、普通の人にしか見えない。


「でも、それを見破ることってできるんですか?」


「無理だ」


「え、それじゃあ」


 何を見ているのか、と雪が問えば、藜はサラリと述べた。


「これだけ人が集まると、妖でなくても怪しい動きをする人間はいる。そういう人間を見つけることならできる」


 例えば、と藜が指をさしたのは反対側の客席入口でキョロキョロと周囲を見回している男性だった。


「あの人が?」


 雪からすれば、座席の券を手に、自分の席を探している人のようにしか見えない。背が高く、眼帯をつけているせいか、他の人より目立つが、特別な怖さは感じない。


「例えば、の話だ」


 例えば、と言いつつ、藜の目は冷ややかなままだった。


 雪は失礼だと思いながらもその男をもう一度じっくりと見つめる。


 だが、周りの人にペコペコと頭をさげながら客席の端へ寄り、会場を見回す男の姿は、やはり気弱そうな一般人である。


 と、雪が観察をしすぎたせいで、男とパチリと目が合った。


「あ」


 雪がしまった、と目を伏せようにも遅く、困り顔の男が申し訳なさそうに雪たちへ歩み寄る。


「あの、すいません……。お二人は、ここの警備のかたで?」


 男は藜の軍服を見て、警備の人間と勘違いしたらしい。雪と藜を見比べるようにしてニコニコと笑みを浮かべる。


「違う」


「おや、そうでしたか……。すみません。わっち、ここへ来るのが初めてなもんで」


 藜のぶっきらぼうな口調にもの怖じせず、男はへらりと笑った。


 帝都のあたりで、自らをわっちと呼ぶものは少ない。どうやら田舎のほうから出てきた人らしい、と雪は想像する。


 そう考えれば、男の白い着物は冬にしては薄手で、周りの客に比べて素朴な装いだ。


「んで、この席の場所、わかったりしませんか?」


「知らん。他のものに聞け」


「はぁ……、都会の人は忙しいってほんとだったんですね。んだら、失礼しました」


 男は困り顔でポリポリと頭をかくと、自分の席を探しに行ってしまった。


 なんだかその背が寂しく見えて、


「よかったんですか? 困ってらっしゃったように見えましたけど」


 雪が藜に聞けば、藜は男を一瞥して面倒くさそうに答えた。


「かまわん。行くぞ」


 藜がそう言うのであれば仕方がない。雪も男のことは忘れて、客席から広間へと向かう。


 次々と入場してくる客たちを横目に広間の奥へと向かった雪たちは、客からは通常見えない柱の陰に札を貼った。


 そのまま、逆側へ移動して、残りの一枚も貼りつける。


 これで討伐前の準備は完了らしい。


「これだけ、ですか?」


 妖が出る前に止めることはできないのか。妖を探す方法は?


 雪が不安げに問うと、珍しく藜も苦々しく呟いた。


「客や関係者の中に、式神を忍ばせている。そいつらは妖に反応して、妖が現れれば知らせてくれる。僕らができるのはそれだけだ」


 どうやら、妖が騒ぎを起こす前に阻止するのは難しいことのようだ。


「だからこそ、見つけ次第、すぐに討伐するのが僕たちの役目だ」


 藜は少し悔しそうに客席の扉を開けた。


 ここからは妖が出るまで裏へ戻って待機だろう。雪がそう考えていると藜は最後列の座席へと着席した。


「え?」


「今晩、出るとはかぎらない。考えても仕方がないことは忘れて、今は休むといい。本来の力を、出すべきときに出せるようにな」


 藜は言うと、雪を手招きして一枚の券を手渡す。見れば、藜の隣の座席番号が書かれていた。


 これは、つまり……。


「観劇してもよいのですか!?」


 雪が驚いていると、藜はうっとうしそうに大げさなため息をついて雪の手を引く。


「わっ!?」


 手を引かれるがまま、雪は藜の隣に着席することとなった。


「見たことがないのだろう? 楽しむといい」


「でも……」


 本当にいいのだろうか。


 雪がソワソワと落ち着きなくあたりを窺うと、藜は「落ち着け」と真剣な表情を舞台に向ける。


「これが最後になるかもしれないからな」


 最後。その言葉が、途端、重しのように雪を座席に縫いとめた。


 たしかに、藜の言う通りだ。ジタバタしても妖が現れるとはかぎらず、現れたとすれば、どこかで火事が発生するということだ。木造建築の劇場は燃えてしまうかもしれない。


 それに――。


 この任務で、命を落とすことだってあるかもしれないのだ。


 雪は震える手をぎゅっと握りしめて、藜と同じように姿勢を正して舞台に目をやった。


 やがて、会場が暗くなり……、幕があがる。

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