一つ目の女
街外れの森に迷い込んだのは、俺が自分を捨てようとした夜だった。鈍臭くて醜いこの体も、澱んだ目も、誰にも必要とされない苛立ちも、すべてを闇に投げ出してしまおうと、足を引きずりながら木々の間を彷徨った。冷たい風が頬を叩き、枯れ枝が服を引っ掻く。もう何もかもがどうでもよかった。
その時、遠くに灯りが見えた。揺らめく橙色の光が、俺を誘うようにちらちらと枝の隙間から覗いている。足が勝手にそちらへ向かった。やがて小さな小屋に辿り着いた。扉は半開きで、中から甘い香りが漂ってくる。躊躇いながらも、俺は中へ踏み込んだ。
そこに彼女がいた。一つ目の女。顔の中央に光る大きな瞳が、俺をじっと見つめていた。俺はギョッとして後ずさった。人間じゃない。青白い肌に、異様に長い腕とスラリと伸びた美しい脚。豊満な胸が薄い布を押し上げ、不気味さと美しさが混じり合った姿に、俺の心臓が激しく鳴った。逃げ出したい衝動に駆られたが、足が動かない。その一つ目が俺を見つめ、ゆっくりと瞬いた。
「おいで」と彼女は言った。声は低く、甘く、俺の骨まで溶かすようだった。恐怖が喉に張り付いていたが、彼女はその大きな瞳で俺を見据え、長い腕を差し伸べてきた。俺が震えるのを見て、彼女は静かに近づき、冷え切った俺の手をそっと握った。その温かさに、俺は息を呑んだ。
「怖がらないで。あなた、疲れているのね」と彼女は囁いた。異形の存在が発する言葉とは思えない優しさに、俺の胸が締め付けられた。彼女は俺を小屋の奥へ導き、暖炉の前に座らせた。震える俺の肩に柔らかい布をかけてくれ、冷たい指先を温かい息で温めてくれた。額の瞳が俺を見下ろすたび、ぞくりとしたが、その視線には怒りも嘲りもなく、ただ穏やかな光があった。だが、彼女が俺の頭を撫でる時、その指先が一瞬、俺の頭蓋の形をなぞるように止まった。不思議な感覚だったが、俺は気にも留めなかった。
「俺みたいな奴を…なぜ?」と呟くと、彼女は微笑んだ。「あなたはあなたでいいのよ。…中身も、きっと素敵なはず」とだけ言った。異形である彼女の姿に怯えていた自分が、彼女の手の温もりに縋り始めていた。長い脚が俺の横で折り畳まれ、豊満な胸が近くで揺れるたび、恐怖は薄れ、奇妙な安堵に変わっていった。
その日から、俺は彼女に匿われた。小屋の中は不思議なほど暖かく、彼女の手はいつも優しかった。俺の汚れた服を脱がせ、乾燥した肌に香油を塗り、決して怒らずに愚痴を聞いてくれた。時折、彼女は俺の額をじっと見つめ、唇を軽く舐める仕草を見せた。俺はそれを愛情の表れだと思い込み、心地よさに浸った。毎日毎日、彼女の細い指が俺の髪を撫で、柔らかな胸に抱かれているうちに、俺は変わっていった。曇った目に光が戻り、ガサガサだった肌も滑らかになった。鏡に映る自分が、まるで別人のように見えた。
ある時、彼女が俺の頭に顔を近づけ、深く息を吸い込む姿を見た。「いい匂いね」と呟く彼女の瞳が一瞬鋭く光ったが、俺はただ照れ笑いを浮かべた。
暖炉の火が赤々と燃える中、彼女に抱かれながら俺は思った。彼女の瞳を見つめ、その異形の美しさに息を呑むたび、心の奥で何かが疼いた。彼女が俺をこんなにも大切にしてくれるなら、俺のすべてを彼女に捧げてもいい。醜い俺を救い、癒し、生まれ変わらせてくれた彼女になら、命だって差し出せる。そう思うと、胸が熱くなり、彼女の腕の中で震えた。彼女はそれを感じたのか、俺の額に唇を寄せ、そっと囁いた。「あなたは私のものだよ」。その言葉に、俺はただ頷き、心酔の淵に沈んだ。
彼女は俺を理解してくれた。誰よりも深く、誰よりも優しく。俺は初めて、生きていることが悪くないと思えた。
その日の夜は、彼女の瞳がいつもと違った。一つ目が奇妙に輝き、底知れぬ渇望を湛えていた。彼女は静かに立ち上がり、俺に近づいてきた。長い脚が床を滑るように動き、胸が揺れる。その美しさに息を呑む俺の頭を、彼女の手がそっと掴んだ。
「いつかこうなるって、分かってたよね?」
次の瞬間、鋭い音が響いた。頭蓋が割れる音。痛みは一瞬で、すぐに温かい闇が俺を包んだ。彼女の唇が俺の脳に触れ、啜る音が小さく聞こえた。俺は最期に笑った。彼女にすべてを捧げられた俺は、きっと幸せだった。