七話「魔術を習得しよう 後編」
どうやらエミリオは人に魔術を教えることができないらしい
最初は(魔術を使えるのに教えられないなんて、どゆこと?)って思ったが
理由としては至極単純だ
彼女は確かに魔術を使えるが、どういう原理で発動しているか理解せず
感覚で使っているから人には教えられないとのこと
確かにそれじゃあ人に教えることができない
仮にバク転ができるとして、それを論理的にやっている人はその論理を相手に教えればいいが
感覚でやっている人は「こうやる!」という漠然とした方法でしか教えることはできない
だから、エミリオは俺に魔術を教えることはできないと言ったんだと思う
でも、どうしようか
エミリオは魔術を教えられないから、誰から魔術を教わろうか
いや、他力本願はよくない
前世で学んだろ、他力本願をする奴は成長しないことを
俺が得意とする属性はわかったんだ
後は本に書いてあることをアウトプットするだけの努力の話
まず、目的を達成するための課題を作ろう
何もゴールを設定せずにやっても迷走してしまう可能性がある
だから大きな目標を一つ決め、そして大きな最終目標を達成するために小さな目標をいくつか決め
そうすることで大抵の目標は達成することができる画期的な方法だ
ということで、最終目標としては詠唱もなく魔術を行使できるようにすることで
途中の目標としては雷属性の魔術の習得と魔術を使う際の感覚を体に染み込ませることだ
魔術の感覚を体に染み込ませれば、もしかしたら詠唱を破棄して
魔術を使えるようになるかもしれない
そうすれば剣で近接戦闘をしながら魔術で自身の隙を補う
新たな境地の戦いができるようになるかもしれない、そしたらもっと強くなれる
そう思いながら「ガチャン」、と窓を開ける音と共に外の空気が部屋の中に入る
外はもう暗く、空にある星が美しく輝いて
その景色に少し見とれながらも魔術で物を壊さないように周りのものをどかし
準備ができた俺は地面に本を置き、早速魔術を発動するための詠唱が書いてあるページを探す
どれだ、どれだ、と思いながら推定1,000ページもある分厚い本の中から
少ない情報を探すため紙をめくる
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーあった‼
感覚としては十分くらい経っただろうか
何枚も隅々まで漏れなく確認してようやく各属性の攻撃魔術に書いてある所を見つけた
「どれどれ」
雷属性の攻撃魔術は一人の対象に向けた攻撃と大勢の敵に同時に攻撃する広範囲の魔術があり
雷の速さとその殺傷力から結構強い魔術らしい
まあ、そんなことはどうでもいい
重要なのは使いやすいか、使いにくいかだ
早速、俺は本に書いてある雷属性の初級攻撃魔術の詠唱を読み上げる
「”金色の雷、速さの化身、その形を槍へと変え敵を貫け”、サンダースピア」
詠唱を唱えた俺の目の前には一つの球体の形をした一切の穢れの無い金色の雷が現れ、
鼓膜を強く打ち付けるような音を放ち、丸い形状をした雷は殺意の高い矢印へとその形を変える
それはまるで相手を貫かんとする「槍」のように
手は握っていないのにその形をした雷を掴んでいる感触を感じた
どうやら、自動的に魔術は発射されないらしい
それを知った俺は手のひらを開く感覚を思い浮かべた
その途端、俺が作った雷魔術は風を鋭く斬る音と共に目に見えない速度で空の彼方に発射される
外は太陽の光が落ちているおかげで、どこまで飛んだのかはっきり認識できた
大体5キロくらい飛んだか
その距離を過ぎると俺が放った魔術は一気に形が保てなくなり消える
どうやら、俺の魔術の射程は大体5キロくらいだ
そう現状を分析するが俺の心の中は歓喜で満ち溢れている
魔法を初めて使った感想は「最高」だ
前世でも魔術という概念はあったが俺らはそれを使えなかった
そのもどかしさは中二病を拗らせた人たちならわかるだろう
おっと、世の男子の黒歴史を語るのはよくない、主に俺の精神的に
よくない思考を除去し、次の目的を考える
「次は二本の槍を放とう」
最初は一本しか作れなかったが、今の俺の限界はこんなもんじゃないはずだ
そう思った俺は再び詠唱を開始する
「”金色の雷、速さの化身、その形を槍へと変え敵を貫け”、サンダースピア」
一度目の時、確かに魔力が体から外に出る感覚を感じた
俺はその感覚通りに魔力を外に出し、もう一つの雷の球体を作る
詠唱が終わるのと同時に球体の形は鋭利な矢印へと変わり
それを確認した俺は窓の外にサンダースピアを放つ
二つの槍は空を翔け、一番近くにあった山に当たり
その地点が爆発し俺の目でも確認できるほど土煙をあげた
それを確認した俺は自分の限界を知るためにさらに雷の槍の数を増やす
三本、四本、五本、六本、と
何度も詠唱を謳い、何度も魔術を放ち続ける
そして十本目の時、俺の体は限界まで筋トレをした時のように体に力が入らなくなり
体の自由がなくなった俺は流れるまま後ろ向きに木で作られた地面に倒れた
ーーーあれ、これヤバくね?
意識が朦朧とする中、今まで起こったことのない現象に危機感を感じ
それでも自分が成長している実感と共に高揚感が湧き出る
「俺はもっと強くなれる」
魔法を習得し、実験する中で確かになった事実
それを噛みしめて俺は重たい瞼を閉じた
ーーーーーーーーーーーーーーー
気付いたら、またあの真っ暗な空間に俺はいた
周りは景色とは無縁で例えるなら”眼球をくり抜きいて無重力空間を漂っている状態”だ
正直この感覚は気持ちが悪い
前世では勘違いをして絶叫系のアトラクションに乗ったことがあるが
俺は高所恐怖症もあり、あれは最高に怖かった
しかし、今は落下しているのか体を動かせているのか何もわからない
その感覚は前世でも異世界に転生してからの数年間でも数えるくらいしか味わったことがなく
今の俺の感想は気持ちが悪いから早くこの空間から目覚めたいって感じだ
そう思っていると目の前には俺が死んだときに見たものと同様
周りの暗い空間でもはっきりわかるほどの真っ黒の光が現れた
ただ、あの時と違うことが一つある
それは、「恐怖」だ
俺が前世の幼少期、人の善性を全く疑っていなかったときに
初めて人の悪意にさらされたときに感じた恐怖
体の感覚があまりないのに変な汗が湧き出ている感覚だけが俺の恐怖を確証付ける
そして、俺は汗と共に目の前の黒い光にはありとあらゆる物の「悪意」が
込められていると直感で分かった
もしこれが俺の中に入ってきたらきっと俺はこの悪意に耐えきれずに発狂死してしまうだろう
そんな未来が鮮明に見えてしまうほど俺はこの光に恐怖を抱いている
ただ、それと同時にある種の心地よさも感じている自分がいた
前世では小学生の時から人の悪意に触れてきた
時には同世代から、時には大人から、時には親から、
正直悪意を向けられなかった時を思い出す方が難しい
だから、人に悪意を向けられなかった数年間は確かに楽しかった
だが、少し気持ち悪さも感じていたのも事実だ
だからか、俺はその何よりも黒い光に手を伸ばしてしまう
触れてしまってら死んでしまうかもしれないのに
それでも、必死に手を伸ばし続けてしまう
体の感覚がなく、前に進めているのかすらわからない筈なのに
何分も、何時間も、あらゆる感覚すら無視するほどに無我夢中で
だが、その行動は空しく暗い空間に一筋の光が差し込んだ
(ふざけんな、あと少しなのに‼)
ただ現実は俺の都合の良いようにいかず、気付いていたら俺の飛んでいた意識は戻っていた
この幼い体を照らしている太陽の光は人の温もりのように温かく
光の光度は俺の眠気を一瞬で消し去る
何故かはわからないがその事実に俺は心の奥底から失望し、悲しんでいた
あの黒い光を掴めたら何かが変わっていたかもしれない、良くも悪くも
もしあれを掴んで死んでいたとしても、それなら仕方がない
その程度だったということだ
死にたくはないが、そんなことを思っていたら俺が心から求め、憧れた「あの境地」には至れない
まあ、そんなことをずっと考えていても仕方がないので俺は服を着替えて、一階に降りる
歩いている途中、いきなりアルフレットから声をかけられた
ズボンは履いているが薄着一枚で少し髪がボサボサして、見るからに寝起きですって感じ
しかし、その声は一日の開始を確かに実感させ、俺の心を切り替えさせるのに十分だった
「朝食を食べ終えたら、少し付き合え」
「前から言っていた、お前のための武器を鍛冶師に鍛造してもらう」
「本当ですか‼」
念願の俺専用の武器
アルフレットの言葉にさっきまで心の底で失望していた俺の気持ちは高揚し
体の奥から熱が籠ると同時に心臓の鼓動が早まる
いったいどんな武器がオーダーメイドされるのか楽しみだ
そう心を躍らせながら俺は家に飾ってある、一切の汚れの無い美しい鋼の刃を見た