七話「技の秘伝」
朝の陽ざしによって目覚めた瞬間、昨日のことを思い出す。
昨日はあの後、騎士団との鍛錬で六度も死んだ。
首を跳ねられ、胴を裂かれ、地面に転がるたびに、冷たい石の感触と命がなくなる喪失感を味わった。
鍛錬で戦った中でも特に騎士団長の実力は飛びぬけており、
剣の実力だけなら、アルフレットと拮抗することができるだろう。
「今日は、図書室で勉強するか」
当たり前だが、前世と異世界の戦闘は全く違う。
異世界にある技術や戦術には必ず魔力が絡む。
俺が扱う剣術だってそうだ。
当然、魔力が土台となっている。
強くなるためには、日々の鍛錬で近接戦の技量をあげるのも大事だが、自身の体に宿っている魔力の理解を深めないといけない。
だから、今日の鍛錬は軽めに済ませ、魔力の質を高めるために時間を割くことにした。
「今日は図書館で魔力について勉強するか」
図書室は城の二階、右端に設けられており、少し距離があるが歩くのが好きな俺にとって、苦ではない。
寝室から二分歩くと、図書室の扉に着いた。
扉はゴツゴツとして、向き合う形で二頭のドラゴンの彫り物が施されている。
「お、ラウロじゃん。ここで何をしているんだ?」
図書室の扉を開けようと手を伸ばすと、まるで鈴のように静かな声が響く。
声が聞こえた方に振り向くと、この王国の王様である、サラーム王がいた。
「サラーム王、おはようございます」
「いいよ、そんな畏まらなくて」
最初にあった時も、「畏まらないでほしい」と言われた記憶がある。
王は友人やその息子に畏まられたくはないらしい。
「で、ここで何をしている?」
「はい、図書室で魔力について勉強しようと思い来ました。」
「そうか、勉強熱心でいいことだ。ここは王城で働いている人しか使えないが、特別に利用の許可しよう。これを室長に見せれば利用できる。」
ラサーム王は懐に手を入れ、一枚の小さな紙を取り出す。
それが図書室を利用するための許可証なんだと、察することができ、
俺は差し出された紙を丁寧に受け取り、感謝の言葉を伝える。
王は軽くうなずくと、玉座の方向に歩きゆっくりと立ち去った。
「許可は貰ったし、早速利用させてもらおう」
許可証を片手に図書室の扉を開けると、向こう側から突風に似た風が体を少し仰いだ。
眼前に広がっていたのは多目的ホールのような広い空間に、自然と並んでいる本棚には無数の本が静かに置かれていた。
「おや?、そこの坊ちゃん。許可証は持っているかい。」
静かに心に染み渡る穏やかな声が聞こえた。
声の主を確認するため振り向くと、そこには白髪を蓄えた七十歳ほどの老人がいた。
「図書室を利用するためには許可証が必要だけど、坊っちゃんは持っているかい?」
「はい、これですよね」
「うん、許可証は持っているね。偽造でもないし、この図書室を利用しても大丈夫だよ」
許可証の確認を終えた老人は、どこかに立ち去ろうとしていたので呼び止める。
この人に本の場所について、聞かないといけない。
「本の場所について教えてほしくて」
「わかった。案内するために今、君が探している本について教えてくれるかい?」
「魔力の運用方法を記している、本を探したいです」
読みたい本について伝えると、老人は「わかったよ」と言い、図書室を歩き始めた。
俺も老人の後に続いて歩く。
数分ほど進んだところで、老人は動きを止める。
どうやら、探していた本はここにあるらしい。
「私のおすすめは、この「技の秘伝」という本ですね」
「どういった特徴がある本ですか?」
「そうですね。「技の秘伝」は初心者から玄人まで、幅広く学べる本で、
今以上に強くなりたいなら、この役に立つでしょう」
それはいい。俺は魔術に対する認識が少し曖昧だったりするから、ここいらで一旦認識を整理したい。
「なら、この本を貸してください」
「分かりました、期限は一週間。一週間以内に私のところに持ってきてください。」
「はい、ここまでありがとうございます」
別れの挨拶をした後、俺は図書室に設けられている長い机に本を置いて静かに開く。
そのまま、本を読もうとした瞬間
ーーーートン
背中を誰かがノックの要領で突いてきた。
女性特有の細長い指の感触があり、母親のことが脳裏に浮かんが、
王国に来てから、騎士団の仕事をしている彼女が図書室にいるはずがないので除外。
「やあ、そこの君。今読んでいる本って『技の秘伝』だよね?」
振り向くと、美しい女性が立っていた。
茶色の長髪、桃色の柔らかな唇。
顔立ちは、髪型と服装を変えれば、男性と見間違うくらい中世的だ。
前世風に言うなら、『イケメン王子様』と言えばしっくりくると思う。
「聞いているかい?それ、『技の秘伝だよね?」
「はい、そうですが」
「だよね、ごめんね~。昨日、君が開いている本を最後まで読めなくて、どうしても気になるんだ。
君が良ければ、本を譲ってはくれないかい?」
女性は申し訳なさそうに言った。
俺は内心で(いや、俺も読みたいよ)と呟きながら、本を読む方法を考える。
しばらく思考をめぐらせると、良い案が浮かんだので、目の前の女性に俺はその内容を話す。
「譲らなくても、一緒に読めばいいと思いますが?」
予想外だったのか、俺の提案に彼女は驚いた顔で硬直し、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「い、いや、初対面だよ?。お願いを言ってなんだけど、普通は『嫌だ』か『分かりました、どうぞ』って返答するところだろ」
「僕は本を読みたいし、あなたも本を読みたいですよね?。目的は同じなので、この方法が一番合理的だと思いますが?」
俺は(何を当然なことを)っていう態度で、動揺している彼女に自身の考えを伝える。
「そ、そうだけど。あれ、私が間違っている?」
いや、間違ってはいない。
これに関しては俺が少しおかしいだけだ。
「まあいいか、あれこれ考えても仕方ないし、一緒に読もう」
混乱していた女性は、やがて考えるのをやめ、俺の提案を受け入れた。
「はい、あなたはどこまで読みましたか。そこのページから読みましょう」
「いいよ、最初から読もう。あと貴方じゃなくて、私は『セレナ』っていうの」
「自己紹介ありがとうございます。僕はラウロって言います。よろしくお願いします」
互いに名前を名乗り合い、本を読み始める。
生前も含め、女性と何かを一緒にするという経験がない俺にとって、この時間は新鮮だ。
ただ、本を読んでいると、そんな些細な感情は自然に消えていった。
本に書いてあったこと。
1,魔力について
2,魔力の技術
1,魔力について
魔力とは魔術の才がある者が、生まれつき宿している神秘的な力の総称。
国や種族によっては鬼力、神力、妖力、と呼び方が違い、魔力には二つの形態が存在している。
第一段階『魔力』
異世界アニメに登場する魔力と性質はほぼ同じで、炎や風などの自然的な現象を起こす源である。
使い方によっては火、水、雷、風、さらに空間と多様な事象に干渉し、超常現象を発生させる力だ。
第二段階『能力魔力』
名前の通り、能力者が能力を行使するために使う、第二の魔力。
この魔力は能力を宿し、覚醒すれば自然に使えるようになるらしい。
実際、俺は能力を発現させてないため、わからない。
ちなみに、俺が転生した異世界には『能力』という力が存在する。
本を読んでいる感じ、能力系漫画をイメージするとわかりやすいと思う。
俺の両親であるアルフレットやエミリオ、は能力を覚醒させている。
特徴としては
・第二の魔力を開放すると今まで消費した魔力が全回復する。
その際、使用者の魔力の色が能力に呼応して変化し、威力が段違いに上がる。
・ただし、目覚めるためには、各国に祠として存在する『覚醒の間』で試練を受け、乗り越えなければならない。
2、魔力の技術
魔力を扱う先人が戦闘能力を研ぎ澄ますために、編み出した技術。
剣術や格闘技も大事だが、戦闘の結果を大きく左右するのは魔力の質(技術)である。
能力を含めると違っているが、前提はそうだ。
先人が編み出した魔力技術には、習得難易度によって各階級に振り分けられている。
『簡』→『稀』→『滅』→『極』→『覇』と順に難易度が設定されており、
最初の二つは魔力を使える人が努力次第で習得可能だ。
しかし『滅』以上からは天才でも習得に苦労を強いられる。
隣にいるセレナによれば、『極』の技術は、天才が一生かけても習得できるか怪しい技術が多いあるらしい。
『簡』
闘獅:体に魔力をとどめ人体を強化する魔力技術、ただし発動中ずっと魔力が消費される。
魔鋼:武器に魔力を纏わせ強度と威力をあげる技術。制御が荒いと魔力の消費が激しくなる。
凝視:目に魔力を集中させ、魔力のオーラを視認する技術。これを使えば、相手の魔力量を数値で見ることができる。
瞬:闘獅を脚に一点集中させ、速度を数倍に飛躍させる。速度特化の魔力技術。
魔刀:魔力を鋭利な形に放出し、相手を切り裂く技術。達人の域になると、ナイフや剣の形に変えて戦うことも可能。
セレナと一緒に本を読んでいると、窓の外は暗かった。
図書室を照らすシャンデリアが妙に明るく感じ、長時間の読書のせいで体が固まった俺とセレナはお互いに背伸びをする。
「いや~、誰かと一緒に読む本がこんなにも楽しいって、初めて知ったよ」
「ですね、僕も初めて知りました。もし、よろしければ明日も一緒に読みませんか?」
「いいね、なら今日と同じ時間に集合ね」
明日の約束すると、セレナは図書室を後にした。
美しい髪、凛とした歩き方は、育ちのいい令嬢を思わせる佇まいだった。
「おや、もう夜ですよ」
「室長、今から帰るところです」
「私がすすめた本はどうでしたか?」
「はい、とても良かったです。一緒に読んでくれた人もいたので、なおさら楽しめました」
その言葉に室長は首を傾け、疑問符が浮かぶような表情を見せる。
俺は、室長が浮かべた疑問符に答えるべく、今日のことを語り始めた。
「もしかして、セレナ様をご存じではない?」
「逆に、何かあるんですか?」
「セレナ様は王国でも王の側近を務める、公爵貴族『カーリー家』の次女でして、
その性格と実力から、多くの人に強く信頼されている人物なのです」
なるほど、彼女の地位が高いことはわかった。
だが、結局何が言いたいんだ?
そう思い、セレナのことを語り続ける室長に尋ねてみた。
「それで、結局どういうことですか?」
「ですので、あまり粗相がないようにした方がいいです。
良くも悪くも、地位がある人は、普通の人とは違うので」
その言葉に、俺はほんの少しだけ不快感を覚える。
要するに、『関わらない方がいい』ということを暗に言っているのだ。
とはいえ、室長も悪気があるわけではなく、親切心からの忠告なのだろう。
それでも、理由がわからないが、俺の中に怒りがわいた。
表面上では笑顔を作り、室長に感謝を伝える。
図書室を出ると、俺は言いようのない怒りを胸に抱えながら、宿泊部屋へと歩を進めた。
数分歩いたのち、借りた本を机において、ベッドに飛び込む。
体を仰向けになり、天井の光を見つめながら―――
「はあ~、どうでもいい」
誰もいない部屋に、たった一言だけ呟いた。