三話「一週間の旅 前編」
馬車の車輪が鳴る音、周りの草木が揺れる景色。
心地いい強さで吹く風に俺はほんの少しの冷たさと共に気持ちよさを感じる。
前世では車というこの世界基準で秘密道具扱いされる便利なものがあったが、
馬車も馬車で悪くない。
馬車に乗り家を出てから軽く二日経ったが、魔獣が来るだけで
問題なく王都まで移動することができた。
いや、二日目は大型の魔獣十体と遭遇して少しだけ手こずったな。
それでもこの世界で中間くらい(多分)の実力を有しているアルフレットたちには勝てるはずがない。
あっさりと大型魔獣は斬られ、何事もなく旅は再開された。
風も気持ちよく新鮮な気持ちになる旅だが、一つ懸念というか現状の問題を言うと、
途轍もなく暇だ。
初日は人生で初めて馬車に乗って旅をするということもあり心が躍ったが
そんなもの一日あれば冷めてしまう。
二日目からは暇すぎて魔獣と遭遇する旅に心の中で喜んだものだ。
ただ、アルフレットたちは馬鹿みたいに強く、そいつらをものの数分で殲滅してしまう。
本当に暇、暇すぎて死んでしまいそうだ。
このままでは暇すぎて廃人になりそうなので隣にいるアルフレットに
面白くもなんともない話を投げかけることにした。
「父様って苦手な流派ってありますか、相性が悪いとかで」
「そうだな~、夜桜流と魔道流が相性悪いかな」
相手よりも早く動き、斬り殺すことに特化した闘神流ではカウンターを主とする夜桜流や
遠距離と近距離両方できるオールラウンダーな魔道流とは相性が悪いだろう。
今後、彼に勝つためには相性など色んな小細工をろうさないといけないかな。
「そうなると、父様に勝つには夜桜流と魔道流を主体として戦えばいいってことですか?」
「確かにそうだが、お前俺を倒そうとしているのか?怖すぎるだろ‼」
おっと、つい本音が。
俺はこの異世界で剣や魔力を見た際『憧れた実力者』になるためにいくつか目標を定めた。
その一つが『アルフレットを倒す』というもの。
あくまでこれは目標の一つであり最終目標ではないが
必ず達成しないといけない目標には変わりない。
「そうですね~、父様に勝ちたいとは思いますよ。
ただ、そんな狡い方法で勝とうとは思いませんが」
「というと、俺と同様の闘神流で勝つってことか?」
「そうですね」というと、さっきまで笑っていたアルフレットが顔を硬直させ真剣な顔をする。
そりゃそうだ、今まで鍛えてきた剣術をこんな幼子に超えると言われたら
剣士のプライドが傷ついてしまうだろう。
もし俺が逆の立場なら、そもそも俺にプライドなんて持ち合わせていないから何も思わない。
「よく言った、楽しみにしているよ」
アルフレットはそう言い、さっきまでの真剣な顔をいつもの笑顔に変える。
てっきり怒ると思っていた俺は少し拍子抜けな気持ちになるが、まあいいだろう。
「ラウロ、あなた。もうそろそろ村に着くわ」
突然エミリオがそんなことを言ってきた。
てか、もうそんなところまで行ったのか。
一週間の旅だがずっと移動することはできない、食料の補給という理由もあるが
俺らの実力なら森の動物を狩れば済むことだ。
本当に問題なのは『馬の体力』。
車ならガソリンを入れれば走れるが馬はそうはいかない生物故に体力がある。
それは時にメリットになることもあるが、この場合デメリットになった。
こういった理由があり道中通る村の一つ「ザラの村」で一晩過ごすことになっている。
ザラの村というのはごく一般的な村でそこまで繫栄しているわけではないが
荒廃しているわけでもない。
いや、最近だと少し景気が良くなっているんだっけ?
ただ、和平王国の王都に行く途中で高確率でここを通るらしく、
この村を通れば王都まで半分ということで距離の目安扱いされ旅人や王都に帰る
騎士たちに重宝されている。
と、アルフレットかエミリオが言っていた気がする。
「あれがザラの村ですか~」
そうこうしていると例の村に着いたそうだ。
村は草原に包まれており、見た目としてはごく一般的な村って感じ、
検索エンジンで『村、画像』と調べれば出てくる画像そのものだ。
住民も結構多く、見た感じ五十人以上はいる。
村の住民は老若男女問わず色んな人がおり、全員顔色が悪い。
...いや、おかしい‼
この村を見た瞬間、明らかにおかしい状況に俺の頭の中で疑問符が浮かんだ。
「レリアさん、この村おかしいです」
「ラウロ様も同じことを感じましたか」
村の人たちの顔色がおかしい。
ザラの村は景気は悪くない、何なら最近は良いことがあって景気が良かったはずだ。
その情報が正しければ、村の人たちは笑顔になるはずで
何で村の人達全員が何かに絶望した顔をしているんだ。
「何かあったんですかね」
「その線が強いようです。皆様警戒をしてください」
レリアの言葉で馬車にいたアルフレット、エミリオ、執事のシルバリルが軽く武器を手に持つ。
俺も腰に携えている使用人たちから貰ったごくごく普通の剣、
その柄に手を置きいつでも人を斬る準備をした。
すると村から一人、白髪を生やし老けに老けまくった老人が歩いてくる。
「私が下りて少し確認をしてきます」
それを見たシルバリルは馬車から降りて老人の方まで歩いていく。
俺とアルフレットは握っていた剣を少し抜き、脚に力を込め臨戦態勢を取る。
「すいません。この村に止めてもらいたい旅人ですが」
「そうですか、悪いことは言わない。今すぐ馬車を全速力で走らせこの村を通るのじゃ」
遠目でもわかる。
あの老人は本心で俺らのことを心配して、無事に旅を終えてほしいからあんなことを言っているのだ。
しかし老人がそういった途端、シルバリルの四方八方から
黒い服に身を包んだ人たちが飛び出ていく。
人間を超えた速度に魔力を使えない一般人ならどうしようもないだろう。
だが、多がそれは一般人の話だ。
「ッッ何‼」
俺とアルフレットはシルバリルに近づいてきた武装した人たちを抜き放った剣で迎撃する。
それに驚いたのかそれらは慄き、悪役よろしくのようなセリフを吐く。
「お前たち誰だ‼」
「それはこっちのセリフだよ、いきなり斬り掛かりやがって」
武装した人たちの見た目は黒いマントに黒い服と全身真っ黒だが、
その筋肉質で太い指から男だと推察できる。
全部で十二人くらいか、ほとんどは明らかに弱い。
実力としては中級剣士くらいだろう。
だが、先頭にいる三人は違う、多分上級剣士くらい強い。
「僕は殲滅力があるので先頭にいる一人と後ろの数人を相手にします」
「わかりました、でしたら私はもう一人の方をご主人はあの中で一番強い人を」
シルバリルの的確な判断によって作戦は一瞬にして作られた。
言われたアルフレットは自分の息子に危ない橋を渡ってほしくないのか
何か言いたそうな顔をするが今はそんな息子を思う気持ちは必要ない。
必要なのはこの状況を打開する覚悟と実力だけだ。
「でしたらシルバリルさんたちが仕掛けた後に僕も仕掛けます。
その方が安全だと思うので、取り残した人がいればその時は後ろにいる母様たちに任せましょう」
「わかった、ラウロ俺らに続けよ」
そういうとアルフレットは目にもとまらぬ速さで黒服の男たちへと走る。
その速度は前世基準で例えるならレーシングカーと言ったところか、
どのみち人間が出せる速度を超えていた。
「私たちと剣の競い合いをお願いします。剣士様」
続いてシルバリルがそんなことを言いながらアルフレットと同等の速度で先頭の男に剣を向ける。
「なッ、が‼」
アルフレット、シルバリルはほぼ同時の速度とタイミングで
先頭にいた黒服の男二人を弾き飛ばしす。
弾き飛ばされた男たちは予想以上の威力が強かったのか、呻き声を漏らしながら姿を消した。
「でしたら、残りは僕と相手してくれると嬉しいです」
丁寧な言葉と共に俺は腕を上に振り上げる。
ーーーーバァン
振るった腕から俺は雷属性を帯びた黒い魔力を黒服たちに放つ。
放たれた魔力は先頭にいた一人と後ろにいた四人くらいの男を同時に吹き飛ばし、盤面を変える。
「お前、いったい何者だ‼」
吹き飛ばされた男の一人がいかにも小物な悪党が言いそうなセリフを言ってきた。
なんかこの状況燃えるな。
思わずそう思ってしまうが、ここは平常心を保とう。
「言う必要あります?」
「確かにないな」
人を襲うくせにある程度話が通用するらしく、会話はあっさりと終わらせる。
「俺の力がどこまで通用するのか証明するための土台となってもらうよ」
自身の実力を証明するために闘神流の構えを取る。
目の前の黒服たちも俺が構えると同時に各々、夜桜流、闘神流を取り先頭の準備を整える。
剣士と剣士が発する特有の雰囲気は周りにいる村人にも伝わり、
彼ら彼女らを戦慄させてしまう。
しかし、今はそんなことを気にすることはできない。
本当に申し訳ない。
数分で奴らを片づけるから許してほしい。
心の中で俺らの殺し合いに巻き込まれてしまう村人に謝罪の言葉を思いながら
停止していた殺し合いを始める。