十一話「覚醒」
夜の森の中、耳を穿つ貫くような甲高い音が響き渡り、
その音を聞きいた周辺の中・小型の魔獣は驚きのあまり我先に逃げ惑っていた。
いや、違う。
魔獣たちは恐怖しているのだ。
獣たちは生まれてから気を抜けば食い殺されるような森で
ごく自然に身に付けた感覚から感じ取っていた。
今殺し合っている者達が発しているオーラはこの森という生態系の頂点に君臨している
魔獣のものだと。
自分たちが何十にも束になって逆立ちしても絶対に勝てない存在達が争っている
これはもう恐怖でしかない。
弱肉強食が基本の野生ではこの感覚は重要だ。
生きる上では必要な感覚、それに従って魔獣たちは逃げているのだ。
そして、今逃げ惑っている魔獣たちは思う。
(一体どんな生物が何の目的で戦っているのだ)と。
ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーカァン、ガキン。
人の肉眼では暗すぎて地面に落ちている葉っぱもよく確認できない暗い森のどこかで
鋼と鋼が打ち合う甲高い音が響き渡っていた。
しかし、さっきまでの音とは違う。
さっきまでは片方が片方を蹂躙していた。
だが、今は均衡している。
互いが互いを殺すための死を纏った最適な攻撃を全力で放ち、躱し、
さらに死を纏わせた攻撃を放つ、一種の『殺し合い』という名の舞台が完成していた。
そこらの魔獣では立ち入ることすらできない舞台を作っているのは
白と銀が完璧に調和された白銀の鎧姿の『白い怪物』と
前世で他者の自殺に巻き込まれ、この世界に転生した『ラウロ・ソルフリー』だった。
ーーーーガァン
「ッフ‼」
先ほどまでは白い怪物に一方的に蹂躙され死の淵を彷徨っていたラウロだったが、
今は白い怪物が放つ拳や蹴りをラウロは手に持っている【最高の剣】で受け流し、カウンターを放つ。
「ッッ~~~~」
放たれたカウンターは白い怪物の拳の下、横腹を少し横なぎに斬り二つの色が調和された
鎧のような体に紫色の血を流させる。
先ほどまで一方的に蹂躙されていたラウロがどうして白い怪物にカウンターを放つまで
強くなっているのか?
それは彼が今手に持っている【最高の剣】が理由ではない。
確かに【最高の剣】はこの世界でもかなり希少な剣に部類されるくらいの業物だ。
実際、白い怪物の剣すら弾く装甲を斬ることができている。
だが、そうではない。
剣がいくら業物でも使う者が者ならば宝の持ち腐れになる。
ではなぜ、ここまでラウロが白い怪物と戦えているのか?
理由は至極単純、今のラウロの脳は覚醒しているのだ。
一度死に瀕した彼はその死を回避しようと走馬灯を見た。
このとき忘れていた記憶を一気に呼び覚ましたことで前世では人の脳は
大体10%未満しか使われていないと言われている。
だが、今のラウロの脳はショートしないギリギリまで酷使され、
これによりラウロの集中力と情報の処理能力が極限まで上がり、一種の覚醒状態になっているのだ。
ただ、悲しいかな。
覚醒しているラウロだが、まだ勝てない。
基本的な身体スペックは白い怪物の方が上であり、それをラウロは極限の集中力で磨かれた技術で
戦えているだけだ。
だから、考えた。
「どうしたら勝てる‼」
今の俺が勝てる要素は技術だ。
白い怪物に肉体スペックだけで戦えば、胸を穿たれたときの似の前になる。
なら、どうする?
俺の手札はドーガに打ってもらった魔力伝導率が高い剣、闘神流と夜桜流、
雷の初級攻撃魔術と中級治癒魔術、それに強化の魔術。
手札は多い、けどこれだけでは白い怪物には絶対に勝てない。
なら、どうする?
答えは簡単だ。
今ある俺の手札を全て連結する技術、『並行詠唱』をやるしかない。
ーーーーギイィン
「ガッッ~~~~」
白い怪物の拳打を受け流すことに失敗し、耳が割れるほどの金属音が辺りに響き渡る。
その不愉快極まりない音に俺は少し顔をこわばらせ覚悟を決める。
「やるしかない」
その一言と共に詠唱を謳い始めた。
「”金色の雷、速さの化ッ‼」
ーーーーグォン‼
詠唱を謳い始めたラウロを今まで戦ってきて培ってきた高い直感で脅威に感じた
白い怪物はさらに攻撃の速度を上げる。
いきなり上げられた攻撃の速度に俺は詠唱が少し止まってしまうが
「速さの化身、その形を槍へと変え敵を貫け”」
途切そうになった詠唱を何とか繋ぎ止め、後は魔法名を言うところまで謳う。
白い怪物は何としてでも目の前の幼い青年を殺そうと拳打や蹴りを放つが
その攻撃を俺はその攻撃を身を低くして躱し、白い怪物の胴体を蹴り大きく後ろに飛ぶことで
間合いを開けて詠唱を完成させる。
「サンダースピア‼」
詠唱を謳い終えると俺の後ろには二十本の雷の槍が出現し、空中に固定する。
雷特有の空間が割れるような音と圧倒的は光は辺りを照らし、
俺は空に固定されている雷の槍を開いた手を握り締めることで白い怪物に射出。
同時に近接戦をするべく白い怪物との間合いを一気に詰める。
「ハァッーーーー」
雄たけびと共に脇下や首などの攻撃が防ぎずらい部位に斬撃を放つが
白い怪物はその斬撃全てを防ぎ、負けじと反撃をしようとする。
だが
ーーーーバチン
反撃しようとした白い怪物だが、突然俺の後ろから出てきた雷の槍に情報の処理ができず
停止しさせてしまう。
でも、さすがというべきか思考が止まっている白い怪物は自身の直感に身を任せ
即座に自身に向かってきた二十本の雷の槍を拳や脚を使い、全て叩き落した。
凄まじい光景に俺は心の中で思わず、すごいと思ってしまうが、
雷の槍を叩き起こしたことで大きな隙をさらしている白い怪物の胸から腹まで
上から下に最高の剣で斬る。
斬られた白い怪物は胸から夥しい紫色の液体を夜の空に撒き散らす。
「このまま‼」
その光景を見てさらに俺は再び攻撃を仕掛けようとしたが、不意に白い怪物は地面に手を付け
左から脚が横振りで飛び出す。
俺はその意識外の攻撃にギリギリ最高の剣で防ぐことはできたが踏ん張ることはできず、
幼い体は大きく宙を舞ってしまう。
「~~~~~~ッッッ」
とてつもない力で体が宙を飛び、視界が螺旋状に何秒も回り続け、
体の言うことが利かない。
空中に無防備で舞っている俺は誰もが見ても隙だらけだろう。
その認識は正しい、仮にこの状況で使える手札がなければ、このまま白い怪物に殺される。
だから、視界が螺旋状になって、体の自由が利かない状態でも魔術を放つために
口を動かし詠唱を謳う。
「”金色の雷、速さの化身、その形を槍へと変え敵を貫け”サンダースピア」
詠唱が終わると、背後には先ほどより少ない十五本の雷の槍が出現し、
俺は目の前にいる白い怪物目掛け、一本ずつサンダースピアを放つ。
ただ、白い怪物の装甲を貫くことはできないらしく、全てが弾かれる。
まさに『無駄な行為』と呼べるだろう。
俺もそれはわかりきっている。
だが、これでいい。
この殺し合いを勝つためにサンダースピアは重要な鍵と言える。
だから、何度も白い怪物の全身にサンダースピアを打ち続けた。
そのたびに何度も金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が周りに響き渡り、
俺の魔力が消費される。
「ッグ‼」
魔力が大きく消費されたせいで魔術の練習をしていた時に感じた倦怠感が俺の体を襲う。
それでもやめない。
それでも、何度も白い怪物の全身へとサンダースピアを放つ。
だが、白い怪物はサンダースピアを体の硬度頼りに弾き続け、俺との間合いを詰め拳で殴り、
蹴りの一撃で又もや俺は体を大きく後方へと飛んでしまう。
「ッッガァ~~~~」
今度は魔術を放っていたせいで俺の手に持っていた最高の剣で防ぐことができず、
もろに蹴りを受けてしまい思わず口から情けない声が出てしまう。
俺に蹴りを入れた白い怪物は後方へと吹き飛んだ俺を追撃せんと、前へ飛んで接近してくる。
残り魔力が半分を切った。
しかし、それでも再度サンダースピアを出すために詠唱を謳う。
「”金色の雷、速さの化身、その形を槍へと変え敵を貫け”サンダースピア‼」
今度は十七本のサンダースピアを出現させ、俺へと飛んでくる白い怪物目掛け八発撃つ。
案の定というか、白い怪物の硬度を貫くことはできず弾かれてしまう。
そして、九発目のサンダースピアをさっきまでのオートで相手に射出する攻撃方法から、
手動の操作方法に切り替え白い怪物のとある部分へと射出する。
手動で放たれたサンダースピアを白い怪物は今までの経験から自身の装甲を貫けないと確信し、
そのまま自身の硬度に任せ無防備に受ける。
成功確率が低い作戦が成功するか、俺は心の中で今まで以上に焦ってしまう。
ただ、いくら俺が焦っても時が流れ作戦の結果を教えてくる。
作戦の結果は、、、、
ーーーーガタン
途端、俺にとどめを刺そうと接近してきた白い怪物の体がまるで時が止まったかのように停止。
止まった体は魂が抜けた人形のように地面に転がり落ちた。
「せ、成功した」
一か八かの作戦は成功した。
なぜ、白い怪物は時が止まったかのように動きが停止したのか?
答えは簡単、今のあいつの体は『感電』しているのだ。
では、なぜ感電しているのか?
本来の白い怪物の装甲ならサンダースピアを体の硬度に任せて弾くことができただろう。
だが、今回サンダースピアを打った所は無傷の部分ではなく、さっき俺が斬り大量の血しぶきを
撒き散らした部分。
そこに雷の初級攻撃魔術を打ち込んだのだ。
だから、今白い怪物は『感電』しているのだ。
「ーーーー‼」
目の前の白い怪物はどうして自分の体を動かせないのかわからないまま、
必死に体を動かそうとしているがせいぜい体を痙攣させているぐらいで一向に動かない。
本当に一か八かの作戦だった。
この作戦が失敗する要素は大きく二つある。
一つは白い怪物がサンダースピアを躱してしまうこと。
これはまあ、誰もが予想できる失敗理由と言えるだろう。
けど二つ目、これが一か八かだった。
二つ目の失敗する要素、それは『この世界の生物と前世の生物の弱点が同じではない』だ。
この言葉だけではよくわからないと思うから、もう少し詳しく説明する。
前世の生物、特に人間に近い生物の弱点は多くあるが、俺が思う代表的な弱点は
『皮膚などの体外は強いが、体内などの内側は驚くほど脆い』というものだ。
例えば、仮に転んで怪我をしたとしよう、その場合すぐに水で洗うなりしたら
バイ菌は水で流れて問題ないが、もし傷口を洗わずに放置した場合、傷から菌が体内に行き渡り
良くて治療して傷周辺の肉を削ぐか、悪くてその部分を切断する必要がある。
それくらい人は体内に対する攻撃に脆いのだ。
この話が今の状況にどうつながってくるのか、頭のいい人ならもうわかっているだろう。
これは電気にも言える話で体外に撃っても痛いだけだが、体内に打てば弱い電気でも
痛いし感電するのだ。
俺はこの性質をこの作戦に使い、今まではオートで白い怪物の無傷の部分にサンダースピアを打った。
だがたった一発だけ、自分で魔術を操る方法に切り替え。
その一発だけは白い怪物の無傷の部分ではなく、俺が切った胸の傷に寸分の狂いなく打ち込んだ。
結果、白い怪物は傷口から体内へ雷が流れ『感電』したということだ。
正直この弱点が転生した生物に通用しなかった場合、終わっていた。
だが、今白い怪物は俺の作戦に掛かり動けなくなった。
俺はこの状況を好機と捉え、全身に満遍なく強化の魔術を掛け、
感電して地面に倒れている白い怪物へと迫る。
「ハァァァーーー‼」
鎌鼬の様に俺は最高の剣で白い怪物の全身を切りつけ、その体を紫の液体で染め上げる。
ドワーフである『ドーガ』が打った【最高の剣】はこの世界でも希少な武器として
数えられるくらいの業物だ。
それはただ切れ味が鋭いからというわけではない、理由は至極単純でこの剣に使われている
鉱石『ネオ・クリスタル』は極めて魔力の伝導率が高い鉱石と言われている。
この世界に存在する武器の平均的な魔力伝導率は10%、良くても20%とのこと。
だが、【最高の剣】はそれらをはるかに凌駕し、魔力伝導率はなんと80%。
おおよそ60%とも差があるのだ。
だから、ラウロの強化の魔術は漏れなく【最高の剣】へと流され、
白い怪物の装甲を軽々と貫き、斬り刻むここができる。
「ーーーーガ」
俺に切り刻まれた白い怪物は口がないはずなのに悲鳴とも捉えられるような声を発し
指などの体の部位はは所々斬り落とされ、体中から紫色の液体を滝のように
流し今にも死にそうだ。
だが、その体からはいまだに闘志は消えず、アルフレットにも匹敵する
強者特有のオーラを発している。
その姿はある種の敬意を抱いてしまうくらい強い姿だった。
全身が血まみれで今にも死にそうでも目の前のことを全力で乗り越えようとする、
今の俺に必要な精神をこの怪物は持ち合わせているのだ。
だから、勝ちたい。
目の前の白い怪物に勝ちたい。
手に持っていた最高の剣を再度強く握り、相手の攻撃を受け流しカウンターをする夜桜流の構えから
相手を斬り殺すことに一点集中している闘神流の構えに構えなおす。
ここからは正真正銘のラストスパート、戦いの流れをつかんだ奴が勝利する。
思考中、白い怪物は感電が解けたようで地面に打折れ込んでいた体を起こす。
だが、血を流しすぎたからなのか体は左右に揺れているが確かな闘志をその身に宿し俺と向かい合う。
「フゥゥゥ~~~~」
一呼吸、体の緊張を取るために空気を吸い、何秒か静寂な空間が俺の感覚をより研ぎ澄ませる。
白い怪物も構えを取った俺をまねて、野生で培った経験から独自の構えを取り
臨戦態勢を取った。
互いに臨戦態勢を取り硬直していたがそんな空間を壊すかの如く俺らのオーラを感じ取った
鳥が悲鳴を上げ、暗い空ろ照らす唯一の光を覆い隠す。
ーーーーッガ‼
それを合図に硬直状態だった空間は壊れ俺と白い怪物は敵を殺すため、互いにラストスパートを斬る。