十話「原点(始まり)」
ほんの少し、美しい光が差す夜の森に鋼と鋼、金属と金属が打ち合う甲高い。
音が響き渡わたり、この音に周りの鳥や魔獣は野生の本能に従い誰も認識することができない
彼方へと逃げてしまう。
しかし、これは実力が拮抗している者たちの戦いではない。
銀と白の均衡が完璧に調和されている姿の「白い怪物」が人の理を
超えた超人ですら即死するような攻撃を人の理を超えた身体能力を持った四歳の少年、
ラウロに叩きつけているだけだ。
今もそう、
ーーーーグォッッ
白い怪物の蹴りが空気が鈍く切り、ラウロの胴体目掛け放たれる。
それを強化の魔術を掛け強度を上げた剣で防ぐが
「‼、ガァァァーー」
敵の蹴りの威力は驚異的で剣を使って防いでいても何の抵抗もできず体は大きく空中に吹き飛び、
腕の骨に亀裂が入り、肉が焼けるような痛みに俺は思わず大声で叫んでしまう。
「‼、ッッ~~~~~~」
だが、白い怪物からしてみたら関係ないことで、怪物は身を低くし車なんて話にならないほどの速度で
眼前に迫り、拳や足で何度もこの幼い体に人を殺すには十分な攻撃を放ってくる。
その殺人の攻撃を何度も防ごうとするが態勢が整っていない状態で空中にいるせいか初撃以外、
真面に防げない。
ーーーーパキン、キリキリ、パアン
白い怪物の攻撃を受けたところから骨が割れる音や砕ける音が聞こえ、
再度あの強烈は痛みが俺の意識を打ち付ける。
戦況は俺が圧倒的に不利。
確かに俺は魔術や剣術があり、あの白い怪物より圧倒的に戦闘技術がある。
しかし、白い怪物の身体能力や戦闘における直感はこんな小手先の技術より高く防戦一方だ。
魔術も魔術で
「”金色の雷、速さの化身、その形を槍へと変え敵を貫け”サンダースピア」
雷属性の初級攻撃魔術の詠唱を謳い始めると背後に金色をした雷の槍が十五本形成され
詠唱の終わりと同時に空気が切り裂かれる音が発生し、白い怪物へと放たれる。
しかし、
ーーーーガギン
と、金属と金属が弾ける音と共に白い怪物の体へと命中した金色の槍が弾け飛び、
攻撃が当たった怪物は無傷。
しかも、それが一本だけではなく、全弾だ。
身体能力は俺より上で体の硬度は魔法を弾くって、俺はいったいこの怪物に
どうやって勝てばいいんだよ。
そう思ってしまうくらい、地割れのように開いている圧倒的な力量差。
それでも
「まだ、俺は終われねえーーーー」
あの圧倒的な境地へ。
俺が憧れた強者になるために。
だから、
「ッァァアアアアアーーーー」
雄たけびを上げ、手に持っていた剣を使い渾身の斬撃を放つ。
斬撃は俺がアルフレットや森での訓練で散々放ってきたどの斬撃よりも洗練され正確だった。
しかし、白い怪物からしてみれば取るに足らない攻撃だったらしい。
「ーーーーフゥ‼」
白い怪物の強く鋭い一息と共に俺の人生最高の斬撃は右腕で防がれ、肩と腰を回し威力を完璧に乗せた
左腕の打撃を無防備に胸の中心に穿たれる。
無防備に穿たれた俺の体はよく跳ねるピンボールのように地面に弾かれ、
さらに追い打ちと言わんばかりに白い怪物の膝が穿たれた胸をさらに穿つ。
「ッ」
ただでさえ胸部の骨が左腕の打撃で完全に砕かれたのに、そこに追い打ちを掛けられてしまい
膝で穿たれる寸前にいくら強化の魔術を胸部に掛けたとはいえ、
この幼い体を殺すには十分で、そのまま俺の意識を刈り取っていく。
「ア、まだ、俺は」
そんな言葉もむなしく、俺の意識は今にも途絶えそうに視界が暗く反転する。
意識が途絶える間際、胸部を穿った白い怪物は緩やかに何もなかったかのように
その場を離れようと背を向け歩いて行った。
息ができない、叫びにならない痛みが全身を巡る。
だが、それも時期に感じなくなりいよいよ俺は死の感覚を味わう。
前世でも味わった死の感覚に抗おうとするが意味はなく、意識は完全に失われた。
気付くと目の前には映像を映すためのスクリーンがあり、
身の回りを確認すると椅子が多くあった。
今いるところはまるで映画館のようで、足元にある椅子に座ると、
今までの記憶が映画のスクリーンに投影された映画のように流れる。
(ああ、走馬灯か)
一度死んだ経験か、今の現象の名前が頭からスっと出た。
俺は成すがままにスクリーンに投影された映画を視聴する。
映画は父アルフレットや母エミリオとの剣術の鍛錬、使用人との日々の他愛のない会話、
今いる森での訓練。
現実世界だと一分にも満たない時間、異世界に転生してからの人生のほとんどが上映された。
そして、前世の記憶も。
何もできず、ただ悔しさと厭悪を募らせた前世が今走馬灯として上映されている。
見るたびに胸の中からこみあがる負の感情。
それはそうだ、前世の俺は何もしないのに何かを望んでいる。
まあ、俺が一番嫌うカスのような人間になっていたのだ。
ーーーーいったい、どうしてこうなった。
自分でも言えるくらいカスになっていた黒歴史の自分を見て嫌な気分になり
心の中で切実にそう思った時、どこからか声がした。
「やあ、俺」
死にかけているという、普通にヤバい状況とは正反対の気さくで中身がない声。
姿は真っ黒というか、例えるならノイズのような姿だった。
本当、どうしてこんな状況になったんだ。
「それはそうだろう?これは走馬灯だぜ。
走馬灯ってなんで起こるか、わかるか?」
(走馬灯が起こる理由?確か走馬灯って死に瀕した人がその死を回避するために
これまでの記憶を見て考察する的なやつだよな?)
そう考えると人型のノイズ姿は面白おかしそうに。
「そうだ、だから俺がいる」
「ということは、お前がその死を回避するための策ってやつなのか?」
その言葉にノイズ姿の奴は
「策っていうか、正確に言うと第三者視点でお前と共に今の死にかけ状況を
どうにかするために話し合うって感じだな。」
確かに、一人で考えるよりも二人で考えた方がより正解を引き当てることができるっていうが、
こんな奴と?明らかに相談できる見た目をしてないぞ?このノイズ野郎は。
と思うと、ノイズ姿の奴は道化の態度を崩さないまま明らかに不機嫌になった。
「はぁ?この中二病を拗らせた世の中学生が喜びそうな姿をしている助っ人を
そんな風に言うなんてお前は馬鹿なのか、死ぬのか?」
「まあ絶賛、死にかけ中だが」
どうせこのまま何もしないと死ぬ運命だ。
今俺は死ねない、強者になりたいから、そのためには何でも使おう。
「わかったわかったよ、お願いします死なないために一緒に考えてください。」
元々ない恥も誇りも捨て、明らかに信頼できない性格と姿をしている奴に誠心誠意お願いする。
「うん、いいよ」
おっと、さっきまで不機嫌だったのにすんなりと。
ノイズ姿はさっきまで少し不機嫌だったのに途端に態度を変え、
俺の目の前の席で向き合う形で座り込んだ。
「そうだな~、今お前は白い怪物との戦いで死にかけている。それはわかるな?」
「ああ」
「まず、その元凶ともいえる白い怪物にあって、お前にないものを再認識しよう。」
困難を打開するためには確かに現状の認識は必要だ。
だから、ノイズ姿が出した問題をただ答えた。
「まずは身体能力、正直あれはヤバい。時速七十キロくらい出ていると思う追いつけなかった。
次は直感、初見の攻撃でも全てにカウンターを重ねられた、あれは野生の勘だと思う。」
そういうとノイズ姿は顎に手を当て
「確かに、お前とあの白い怪物とは身体能力や戦闘における直感には大きな差がある。
しかし、それが全てか?」
どういうことだ?これが俺が白い怪物に負けた理由だろ?
「それもある。だがお前が白い怪物に負けた理由は『その在り方』だろ?」
ノイズ姿の言葉を言われた途端、激しい動揺と焦燥感が俺を襲った。
それは俺が異世界に転生してから見て見ぬふりをしてきたものだから。
「ああ、お前は見て見ぬふりをしてきた。奇麗な剣術に奇麗な魔術、『奇麗』ばっかだ。
でも、本当のお前はそうじゃないだろ?」
「それは」
俺の心を読んだのか、指摘してきたノイズ姿に俺は驚きからか慄いてしまう。
「前世で親に捨てられ、幼少期から悪意を向けられてきたお前がそんなに奇麗だったか?
あの時のお前にはちゃんと『醜さ』があったはずだ。」
確かにそうだ。
前世の俺は親に捨てられ幼少から人に騙されるのが当たり前の日々を送っていたせいか、
普通の人なら考えないエグイことを実践してきた。
あの時の『醜い』俺なら白い怪物の体に傷の一つでもつけられただろう。
しかし、異世界に転生して人生を変えると決めたとき、醜い自分をやめようと思った。
そう思ったから、奇麗な剣術や奇麗な魔術を見て憧れたし、極めたいとも思ったんだ。
「でも、お前が心から憧れた『強者』はそんな妥協をして手に入るものなのか?
どんなものも寄せ付けない、全てを蹂躙するあの境地に至るには要らないものすべてを捨てて
『醜く』強くなるしかないんじゃないか‼」
さっきまで飄々としていたノイズ姿は声に少しの感情を乗せて俺に訴えてくる。
あいつの言っていることは正しい、強くなるためにはそれ相応に何かを捨てないと
いけないというのは俺も思う。
俺が追い求める強者は国一つなら容易に消せる奴らだ。
こんな怪物に負ける人たちではない。
心に炎が灯った、成りたいものをどうしたら成れるのか再認識して決意した。
俺の『原点(始まり)』を理解した。
ーーーー俺はあのような強者になりたい、だから‼。
だから、進んでやる。
「ああ、そうだ。そうだよな。」
一切の淀みなく吹っ切れた俺の反応にノイズ姿の奴は
「覚悟は決まったか?」
言い聞かせるような覚悟の最終確認。
その言葉に俺は鋭く、他の人が見れば悪だくみをしているような顔で
「ありがとう、お前のおかげで自分と向き合えた。
絶対になってやる、俺が憧れた強者に。」
心から感謝するよ、本当に。
「なら、よかった。もう立ち止まるなよ?」
確実な保証はできないが、命を懸けてそうするよ。
互いに破れない誓いを立てた途端、ノイズ姿の体がゆっくりと白く、薄らいでいく
まるで、黒い布に白色の絵の具を零したかのように。
その光景に驚くと同時に途絶えていた意識が徐々に覚醒していく。
先ほどまでいた走馬灯を上映していた会場が割れたガラスのように崩壊し、
俺の意識は完全に現実世界に戻った。
空は暗く星が輝いていて、少し夜風が冷たい。
意識がなくなっていたせいか、地面に落ちている緑色の葉っぱが何枚も重なっているように見える。
その状態のまま戦うために立ち上がろうと足に力を入れるが
「ゥグ~~~」
白い怪物の攻撃によって折れた骨や付けられた傷が雷が落ちたように痛む。
ただ、この痛みが傷だらけの体がまだ正常だと教えてくれる。
そのまま、強烈な痛みを感じながら体の傷を治すために詠唱を謳う。
「”眩しい青空、癒しの湖、大地の恵みを持って立ち上がる”サナティオ」
詠唱を謳い終わると体から確かに魔力が消費され、全身の砕かれていた
骨がまるで縫われた布のように引っ付く。
これは中級治癒魔術のサナティオというもので、初級だと多少の切り傷、
中級のサナティオなら砕かれた骨を完全に治すことができる。
だが、骨なら骨、切り傷なら切り傷みたいに、全部の傷を一気に治すことはできないので
再度詠唱を開始する。
「”眩しい青空、癒しの湖、大地の恵みを持って立ち上がる”サナティオ」
詠唱を終えると、さっきまであった切り傷がまるで水が蒸発したかのような
音と煙を立て治っていく。
これで骨だけでなく、切り傷などの外傷をすべて治す。
ーーーーグ、グ‼
手を握り、傷の回復具合を確認する。
中級魔術を行使するまでに感じていた痛みはなくなり、骨が折れていたせいで
感じていた違和感もなくなった。
「よし」
その言葉をいうと、俺は立ち上がり体中に強化の魔術を掛け驚異的な速度で走る。
人生で戦った中で一番脅威に感じた敵、『白い怪物』を倒すために。
白い怪物を追っている道中、何度も魔獣と遭遇したがそのたびに殺し続けた。
時に剣で切り殺し、時に拳で殴り殺し、時に口で噛み殺した。
このような『醜い』殺し方をしているせいで全身が魔獣の血で染め上げられ、
腐った魚のような腐臭が俺の鼻を劈く。
全身を魔獣の血で染め上げながら、走るだけでは埒が明かないと思った俺は
森を突き抜けるくらい上に飛び上がらないように力を調整し、前へと跳躍する。
やろうと思えば森を突き抜けるくらい飛ぶことはできるが、もし森を突き抜けるくらい飛んだら
逆に白い怪物を探すのが大変になってしまう。
と、脳内で独り言を言っていると
(居た‼)
銀と白が完璧なバランスで混ざっている白い怪物が俺に背を向けて歩いていた。
俺は白い怪物の真後ろにある木の枝に着地し、腰からドーガに打ってもらった
【最高の剣】の柄に手をかける。
腰から剣の柄に手をけようとしたとき、白い怪物は俺という脅威を認識したからなのか、
ゆっくりと体全体を後ろに振り向いた。
俺と白い怪物には少し間合いがあった。
不意打ちは初めから考えていない。
だから、俺は腰の鞘から【最高の剣】を引き抜き、足運びや受け流しを最も重視した。
【夜桜流】の構えを取り、たった一言。
「さあ、勝負だ」
途端、白い怪物は俺の戦意を感じ取ったのか、鎧のような体からアルフレットに
近いくらいのオーラを出した。
空気が張りつめ、すごく重たい。
先ほどまで静寂だった空間が一瞬で重たく並みの人なら
速攻で逃げ出す戦場へと変わりった。
そして、互いに地面を強く踏み人の域を超えた速度で距離を詰め命を懸けた戦闘を開始する。