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隣人の影

作者: シロボウ

夏の終わり、蒸し暑い日の午後。

私の家の隣に新しい住人が引っ越してきた。


小さなトラックが道路に停まり、次々と荷物が運び込まれていく。

新しい隣人は四人家族らしい。父親、母親、幼稚園児くらいの娘。引っ越しの様子を、窓からぼーっと眺めていた。

最近、日常に変化がなく退屈だった私は、彼らがどんな人達なのか興味が湧いて仕方なかった。


その日の夕方、庭で草むしりをしていると、隣人の母親が声をかけてきた。


「こんにちは、隣に引っ越してきました。蕪山(かぶやま)です。よろしくお願いします。」


こちらに挨拶をしてきた女性は、紛うことなき美人であった。

均一の取れた手足、整った顔立ち、10人に聞けば10人が美人だというであろう女性がそこにいた。

私は手を止め、彼女に挨拶を返した。その後は他愛のない世間話を交わし、彼女は挨拶回りを再開した。


その夜、ベッドに入った時のこと。

突然『ドンドン、ドンドン』と壁の向こうから何かを叩く音が聞こえてきた。時計を見ると、夜中の2時を回っている。

音は毎回、斜め上の方から聞こえてくる。多分2階で騒いでるのだろう。

何度も叩かれる音に苛立ちを覚えながらも、疲れていた私はそのまま眠りに落ちた。


我慢を始めて数日、壁を叩く音は徐々に強くなっていく。昼間は何事もないように見える蕪山家だったが、夜になるとやかましい音が響くのだ。

私はいつも1階で寝ているため多少はマシだが、それにしたってうるさい。

不満を感じながらも、私は隣人との関係を保つため、何も言わないことにした。


ゴミ捨てをしようと外に出た時、蕪山さんに出会う。

何やら顔色が悪く、気分も優れないようだった。


「おはようございます。具合悪そうですけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫です。子供もまだ3歳ですし、体調不良なんていってる暇はありませんから」


明らかに、自分に言い聞かせるように振る舞った。それだけキツいんだろう。

慣れない土地で心細いだろうに、気丈な人だと思った。


ある日の夜、また壁を叩く音が聞こえる中、ふと思い立った私は2階に上がり、壁に耳を当てた。

『ドンドン、ドンドン』

その音はまるで誰かが助けを求めているかのように、リズミカルでありながらも緊迫感があった。

心臓が早鐘を打ち始める。これが幽霊によるものだったらと思うと、妙に恐ろしくなった。

身震いする体を抑えながら、慌てて布団に入った。


数日後、事態は急変する。

警察のサイレンが響き渡り、蕪山家の前にパトカーが停まっていた。近所の人々が集まり、何が起こったのかを見守っている。

私は恐る恐る外に出てみると、蕪山家の母親が自ら命を絶ったという衝撃的なニュースが耳に入った。


その知らせを受けて、私は愕然とした。あの叩く音と何か関係があるのだろうか?

疑念が頭をよぎる中、ふと蕪山家の子供の姿が目に入る。

彼女は不気味なほど静かに、微笑みを浮かべていた。その笑顔には冷たさと不気味さが入り混じっており、私は背筋が凍る。


なぜ母親は命を絶ったのか?

あの叩く音の正体は何だったのか?

そして、子供の笑顔の裏にはどんな秘密が隠されているのか?


毎夜あの音を聞いていた私は、この事件が『自分とは無関係だ』と割り切ることができなかった。



-

しばらくして警察が去った後は、蕪山家の周囲は沈黙に包まれていた。

母親の突然の死と子供の不気味な笑顔は、私の頭から離れない。


気晴らしに散歩でもしようと外に出ると、蕪山家の父親にばったりと出会う。娘さんを連れてないが、向こうも気晴らしだろうか。


「こんにちは……あっいや、ご愁傷さまです」


「ああ、いいんですよ。引っ越してすぐこんなことになって、僕もちょっと心が追いついてなくて」


あの子供の笑顔はなんだったのか、何かヒントが欲しい。

子供本人の前じゃ聞きにくいことだし、今のうちに思い切って聞いてみることにした。


「その、お子さんは大丈夫ですか? 何か力になれることがあったら言ってください」


「それが、僕も何もしてやれることがなくて……睡眠時間は減ってるし、時折『ママがいる』なんて言って起こしに来るんです。本当にそうならどんなにいいか」


私は『あまり深入りする話ではない』と思い、会話もそこそこに家へ戻る。

正直、もはや散歩の気分ではない。

心を落ち着かせるため、私は友達に電話をかけた。


「もしもし、山野?」


「どうしたんだよ、いきなり話がしたいって……マルチはお断りだぞ」


「そういうんじゃないって!」


山野は中学の同級生で、今は神主をしている。

神主というのは世襲制らしく、早くに父親を亡くしている山野は専門の大学を卒業後、そのまま実家の神社を継いだんだとか。

口は悪いが根はいい奴で、今でも仲良くさせてもらっている。私は事の経緯を話し、気を紛らわせることにした。


「隣の家が引っ越してすぐ自殺ねえ……誰かと話したくなるのも無理ないな」


「でしょ? 今でも壁を叩く音は聞こえるし、幽霊とかいるのかなあ」


「調べてみてもいいかもな。蕪山……結構珍しい名字だな。もしかしてこの人か?」


そう言って山野が送ってきたのは、バンドメンバーらしき人達の集合写真が載ったSNSアカウント。

雰囲気こそ違うが、死んだ蕪山さんにそっくりだった。


「蕪山って名字、日本に100人ちょいしかいないんだと。珍しい名字をネタにしてる投稿があったからすぐ見つけた」


「あんたは敵に回しちゃいけないと改めて思ったわ」


「そういえば、お前の家って家賃どんなもん? 結構安い?」


いきなり、意味不明な質問をしてくる山野。

隠していることでもないが、さっきの言動を考えるとかなり嫌だな。


「まあ結構安いかな。どっちかというと土地代が安いって感じだけど」


「ふーん、まあ何かわかったらまた連絡してくれよ。俺もちょっと調べてみる」


そう言って電話を切られた。今は昼頃なので、仕事の合間に電話に出てくれたであろうことがわかる。

ふと、さっきの蕪山さんとの会話を思い出す。


"時折『ママがいる』なんて言って起こしに来るんです"


娘さんは3歳だと言っていた。"起こしに来る"という言い方をしてたが、同じ部屋で寝てないのだろうか。

母親がいなくなって不安だろうに、甘えたりしないんだろうか。


私は山野に送ってもらったURLに飛び、アカウントの投稿を見直す。

学生の時からやってるバンドみたいだが、集合写真の投稿日からは何も更新がない。どうやら解散報告の投稿だったらしい。

解散時期は4年前。それ以前はライブの告知や、他のメンバーのアカウントを引用したりしている。


私はそれからも、投稿をしらみ潰しに読んでいった。

その日の夜、電話が鳴る。山野からだった。


「お前の住んでるところ、近くに高圧送電線があるだろ」


山野曰く、『ラップ音が聞こえた』『人影が見えた』『金縛り・不眠症・うつ病になった』など、霊的現象が起きる土地家屋のほとんどがこれに当てはまるらしい。

そしてそういう土地は大体、土地代が安いそうだ。外に出て確認してみると、確かにすぐ近くに電線がある。

私はとにかく安いところが良くてここを選んだが、まさか安さの理由が送電線だったとは。


「確かに送電線はあるけど、それがどうしたの? 蕪山さんが死んだことと、何か関係があるの?」


「他のバンドメンバーの裏垢を見つけたんだが、蕪山さんは痴情のもつれがあったみたいだな」


「浮気ってこと? じゃあ、あの旦那さんって……」


「俺は顔も名前も知らないし、そこまでは知らない。送っておくから、自分で確認してみてくれ」


山野が送ってきたリンクから、投稿を確認する。

今の旦那さんとは似ても似つかない相手との、ツーショットを見つけた。どうやら蕪山さんはかなり奔放な人だったらしい。

写真と一緒に載せられた文面には、こう書いてあった。


『絶対に許さない。本当に許したと思ったら大間違いだ。』


私はこの言い方に違和感を覚えた。

この投稿には"許したと思ったら"と書いてある。

許されたと思った蕪山さんは、浮気相手と別れて、その彼氏と仲直りしたんじゃないか。


投稿の日付は4年前。

娘さんは3歳。

子供が生まれるまで大体9ヶ月くらいかかるし、もしいざこざがあるとしたらこの辺りなんじゃないか。


嫌な予感がした。

引っ越しを提案したのが旦那さんだったら。

2階で鳴っていた音が娘さんの寝室だったら。

娘さんが浮気相手との間に出来た子供だったら。

あの笑顔が、自分の身に起こる不幸を想像して浮かべたものだったら。


私はもう一度、事件の発生を目の当たりにするかもしれない。

彼はしばらくして、

「もうこんなところには住めません、僕も一人で落ち着けるところを探さないと」

と言って引っ越したそうです。

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