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9. 2人きり修学旅行

 今日は春野と2人で月鐘ヶ丘(げっしょうがおか)の美術館に行く日だ。本当は昨日行く予定だったが、トラブルが立て続けにあって時間がなくなってしまった。


 ちなみにあの後コマルに話を聞くと、コマルは自分の足で走ってあの廃神社まで行ったらしい。あくまでかくれんぼとして。そこで廃神社に着いた途端、意識を失ったと。黒い影に拉致されたわけではないらしく、そもそもコマルは黒い影の姿すら見ていなかった。


 道端にコマルの靴が落ちていたのは、彼女が自分でそうしたからだ。かくれんぼの捜索範囲としてさすがに広すぎるから、「ここを通りました!」というヒントとして落としていった。自分を見つけてほしいから。それにしてもかくれんぼの範囲が広すぎて、ヒントとしては小さすぎる気がする。


 昨日、春野が立ち去ろうとした後、一旦呼び止めて翌日の待ち合わせ場所と集合時間を決めた。時間は午前10時。場所は月鐘ヶ丘行きのバス停の前だ。


 決められた場所に時間通りに行くのが苦手で学校も遅刻ばかりしてるこの俺だが、この約束だけは絶対に守る。


 住宅街を抜け、田園地帯を貫く長い道を通り、県道沿いにあるバス停を目指す。昨日と同じく天気は良好。絶好のお出かけ日和だ。


 俺は約束の時間の10分前にバス停に辿り着いた。コンクリート土台のバス停標識と、屋根とベンチだけの簡易的な待合所がある。バス停標識の上部には『巳函沢(みかんさわ)南』と書かれている。待合所の柱に掛けてある時計は9時50分を示していた。


 この俺が待ち合わせ時間の10分前に着くなんてかなり珍しいことだ。今日はこのことだけで自分を褒めてあげられる。


 それからベンチに座って5分ほど、ぼーっと田園景色を眺めていると声をかけられた。


「おはよう、リクマ君」


 感情の抜けたような冷たいその声で気づく。春野が来た。


「あぁ、おはようハル――」


 言いかけて言葉を失った。春野の姿がいつもと違っていたから。


 いつもは学校の制服姿だが、今日は違う。上半身は白の長袖を着ていて、その上に腰下まで隠れる丈の灰色のチュニックシャツを重ね着している。ウエスト辺りは紐で縛られてくびれが強調され、下は黒いズボンとスニーカーを履いている。完全に私服だ。


「……………………」


 普段見る春野の制服姿とのギャップで俺は茫然と見入ってしてしまった……………………っていうか幽霊って着替えるのか。


「変、かな?」


 春野はチュニックシャツを握り、小首を傾げて俺に尋ねた。いつも通りの無表情で。黙ってずっと見つめていたせいで俺が春野の服の変化に意識を奪われているのを悟られたようだ。


「へ、変じゃない! 似合ってるよ!!」


 ネガティブな印象を抱かせないように咄嗟に返答した。焦って言葉を返したせいで余計にネガティブな印象を強調してしまったような気がするが。


「そう。じゃあバスが来るまで待とう」


 春野はあっさりとそれだけ言って俺の隣に座った。俺の返答など微塵も気にかけていない様子で。俺の心配は杞憂に終わった。


 バスの時刻表を見ると、次に来るバスは10時14分。このバスに乗れば月鐘ヶ丘まで行ける。


 それまで俺たちは座って、少し話をして待った。


 春野が美術館に行きたいといった理由は、春野は現代や西洋東洋を問わずあらゆる芸術作品に興味があるからという話。昨日の件について、コマルは自分を見つけてほしくて自ら靴を道端に落とし、自分の足で廃神社まで行ったという話。そこから発展して、黒い人影はコマルを攫ったわけではなく、俺たちに危害を加えたわけでもないから悪い存在ではないのかもしれないという話。


 そんな話をしている間にあっという間にバスが来た。緩やかにブレーキをかけて目の前に停車する。


 バスの扉が音を立てて開く。俺が先に乗車し、続けて春野も乗車した………………っていうか幽霊ってバス乗るんだ。


 扉が閉じて発車する。乗客は俺と春野の他に、年寄りのおばあさんが2人とおじさんが1人だけだ。


 俺と春野は窓の外の景色を眺めてひそひそと会話を紡いだ。


 バスはしばらく田園地帯を進む。古い民家を何件か見かけるが、それ以外の建造物は何もない。車が無いと生活が困難な地域だ。


 田園が終わり、今度は緩やかな山道を上り始める。木々が乱立する山中の森。木の葉がわずかに赤や黄色に染まり始めている。紅葉のシーズンはそう遠くない。


 途中、森の中に野生のシカを見かけた。二頭いて、一頭は大きくてもう一頭は小さい。親子だろうか。春野はその親子シカを見て、楽しそうに口元を緩めた。心躍っている彼女の表情は滅多に見られないから貴重な一瞬だった。


 やがて森を抜けると、真新しい住宅が建ち並ぶ新興住宅地に出た。住宅街に入る前、木でできた看板に『月鐘ヶ丘ニュータウン』と書かれていた。


 住宅地の真ん中を貫く一本道をバスは進む。等間隔で街路樹が生える綺麗な街並みではあるが、住居に生活感はあまり感じられず、人の気配はまるでない。


 しばらく進み、住宅地の中心と思われる場所でバスが止まる。


「月鐘ヶ丘~。月鐘ヶ丘~」


 運転士の気怠そうな声が車内に響く。目的地に着いた。ここまでバスに乗って20分程度だった。


 俺と春野は席を立つ。俺は必要な小銭を運賃箱の入金口にこぼしてバスを出た。続けて春野も同じく、小さめのショルダーバッグから財布を取り出して入金口にお金を入れて降りる………………幽霊ってバスでお金払うんだ。


 俺たちが降りるのと同じタイミングで、40代くらいの女の人がバスに乗車した。客の乗り降りを完了し、バスは扉を閉める。それからバスは緩やかにアクセルを踏んで発車した。


 山の上の住宅地。少し肌寒い。


 春野と2人、遠退いていくバスの後ろ姿を見送る。バスが見えなくなってから俺は春野の方を見た。


「じゃあ行こうか! 美術館ってどこにあるんだ!?」

「待って。その前に……他に行きたい場所があるの」

「他に行きたい場所?」

「うん。こっち、ついて来て」


 春野は振り返ると背を向けて歩き出した。俺は言われるがまま彼女の後を追う。


 綺麗な住宅街をしばらく進み、途中で脇道に逸れる。左右を深い木々に覆われた坂道を下っていく。樹木のトンネルのようになっていて薄暗い。下はコンクリートだが横幅は車一台が通れるくらいしかない。


 坂道を抜けると左右の木々が晴れ、景色も空気感もガラッと変わる。山奥の田舎町が目の前に姿を現した。人が住んでいる気配はまるでなく、廃村、限界集落の成れの果てといった感じだ。


 春野は足を止めない。


「すっごい田舎だなー」

「……そうだね」


 風化してただの荒れ地となった田畑。周囲に点在する屋根の瓦が剥がれた木造の家屋は、この集落が無人になってかなりの年月が経過していることを証明していた。


 家屋の障子が取り払われていて中が見える。昔の生活用品などが散乱していて荒れており、当時の生活環境を窺い知ることができる。庭は全く手入れがされておらず荒れ放題。


 真新しい住宅地の裏にこんな廃村があるなんて思ってもみなかった。


 春野は足を止めずに歩き続ける。村の中を進む道の先には、周りに見える山々と比べて一際大きい山が正面にあった。一番近くにあるから大きく見えるというのもあるが、それを差し置いても大きい山だ。春野はあの山に向かっているようだ。


 2、3分ほど進み、山の目の前に辿り着く。鬱蒼とした木々が茂る山の中へと伸びる道に差し掛かった。木々はわずかに赤や黄色に色味を帯び始めて明るい印象だが、それとは対照的に森の中の道はかなり暗い。


 山道の前で春野は足を止めた。樹木の影になって薄暗い中、そこには慰霊碑が立っていた。石の土台が地面に埋まり、その上に小さい石碑が置かれている。石碑には黒い背景に白い文字が長々と彫られている。


「リクマ君。これが何か、知ってる?」


 春野が俺を見た。反応を窺うような目で。


「えぇ?………………慰霊碑?」


 おそらく春野が聞きたいのはそうではなく慰霊碑の内容についてだが、俺は知らなかった。


「そう」


 それだけ言うと春野は俺から目を離し、再び歩き出した。暗い山道の方へ。


「待てよ! まだ行くのかよ!?」

「うん、あと少し」


 足を止めることなくそう言って先に行ってしまう春野。俺も急いで後を追った。


 慰霊碑の横を通り過ぎる際、碑文のある文字が目に留まった。


 ――月鐘ヶ丘、蕪山かぶやま


 蕪山…………。聞いたことがある。月鐘ヶ丘にある山のことだ。多分今まさに立ち入ったこの山のことだろう。いつの日か、クラスメイトの女子たちが話していたうわさ話で聞いた名だ。


 クラスメイトの噂話…………。たしか、この山で死んだ高校生が幽霊となり、俺の学校の生徒を攫って蕪山の奥に引きずり込む。そして最後にはその幽霊に殺される。




「………………まさか、な」


 俺は一抹の不安を振り払って彼女の後を追いかけた。

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