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8. かくれんぼ

 少し歩くペースを速めて、俺と春野は山に着いた。コマルが道を真っ直ぐに突き進んでいればこの山に辿り着いているはずだ。先行しているシラヌラも同様に。


 さっきは具合が悪そうだった春野。早歩きでここまで来たけど体調が悪化している様子はないからそこは一安心だ。と言っても具合が良くなってるわけでもなく、変わらず少し顔色が悪い。


 山道に入り、階段を登っていく。途中にシラヌラが来ていた赤い法被(はっぴ)が道端に投げ捨てられていた。背面には『祭』と書かれている。お祭り男が法被を捨てたらダメだろ。あいつはコマルがいなくなって、羽織った法被が鬱陶しくて着ていられないと感じるくらいに切羽詰まっているのかもしれない。


 それにしてもコマルもシラヌラも、自分が通ってきた道に私物を落としていくな。マーキングの習性でもあるのか。お陰でこっちは追いかけるのに都合がいい。


 山頂まで続く階段の道中、ちょうど山の中腹辺りで分かれ道があった。脇道の方の先には古びた神社がある。苔むした鳥居があり、さらに奥には全く掃除がされた形跡の無い薄暗い境内が見える。鬱蒼とした草木に覆われて空気が淀んでいるようだ。


 俺はその神社の方が異様に気になった。


「春野、コマルちゃんはこっちにいるかも」


 春野は俺の目を見て頷いた。彼女も同じことを思ったのかもしれない。


 あまり進んで行く気分にはなれないが、コマル捜しのためならやむを得ない。俺たちは覚悟を決めて暗い神社の方に足を進めた。


 汚くなった石造りの鳥居を通り抜ける。落ち葉が散乱して雑草が生い茂る境内。建物には無数の蜘蛛の巣が張っている。不気味な雰囲気ではあるが、境内に入っても肌感覚で特に変化は感じない。


 だが、まっすぐ進んだ先にある本殿の前に、明らかに異様な存在の姿があった。


 4つの黒い影だ。人の形をしていて、背丈は大人くらい。輪郭は黒い(もや)がぼやけて見える。春野が言っていた黒い人影だ。


 人影は一か所に集まって何かを取り囲んでいる。俺は影の奥に目を凝らした。すると、


「――――ッ!!」


 人影が囲んでいるものが何かわかった。あれは…………コマルだ。オーバーオールに身を包んだコマルの小さい体が地面に転がっている。


「――コマルッ!!」


 呼びかけてみるも返事はない。意識が無いようだ。


 あの黒い影の仕業か? あの影がコマルを(さら)ったのか? 道端にコマルの靴が落ちていたことを考えると攫われたとみて間違いないだろう。


 俺は人影に叫んだ。


「おい! お前ら! コマルちゃんから離れろ!!」


 人影が一斉にこっちを振り向く。顔や目や鼻なんてないが、こっちを見ているとわかる。俺は血の気が引いた。俺が知る普通の霊とは決定的に何かが違う。


「春野、多分シラヌラは山頂の方の道に行ってるから、アイツをここに連れてきてくれるか?」


 シラヌラがここにいないということはおそらく、奴は山頂に続くルートを選んだということだ。


「え、でも……」

「いいよ、俺は大丈夫だから」


 不安げな表情を見せる春野を安心させるために笑顔で答えた。俺の顔を見て春野は一瞬視線を落として固まったが、すぐに振り返って来た道を戻っていく。


 俺の言葉を信用してくれた。駆け足で去っていく春野の後ろ姿はあっという間に見えなくなる。


 さて、かっこつけて一人で残ったはいいが、どうするか。内心怖くて今にでも逃げ出したいのに。あの人影をどうやってコマルから引き剥がすか。


 4人の人影のうち2人はコマルに視線を戻し、あとの2人は俺の方に歩いてきた。ゆっくりと、虚ろなゾンビみたいに。


 向かってきた。あの人影に捕まったら何をされるかわからない。


「くッ! 来るな!!」


 俺は足元に転がっていた手頃な石を拾い、全力で投げつけた。


 ――ボワッ


 そんな音はしなかったがそう言い表せそうな感覚で、石は人影の頭部を貫通してすり抜けた。貫かれた箇所は空洞になるも刹那のうちに元に戻る。黒い(もや)が漂って開いた穴を塞ぐ。奴に物理攻撃は効かないようだ。


 じゃあ、どうすればいい。物理攻撃は効かないが、人影は俺に干渉することができる。そんな気がする。だからこそ奴らは俺に歩み寄ってきているんだろうし、コマルを攫えたのも干渉できるからだ。


 俺は何もできずにただ後ずさりを続けるしかない。下がりながら木の枝や落ち葉、湿った土なんかを我武者羅に投げつけてもすべては影の体をすり抜ける。幸い影の動きは鈍く、走って追ってくることはない。だが、なす術なく鳥居近くまで後退させられた。


 ――あんなのに絶対捕まりたくない


 もうコマルを見捨てて逃げようか。じわじわと迫る恐怖に押し潰されそうだ。春野を遠ざけて一人になるのは失策だったかもしれない。悪寒が全身を強張らせて、身の内から弱音を捻り出す。



「――見ィつけたああァ!!」 

「――――ッ!!」


 突如、後ろから怒鳴り声に似た男の声が響いた。あまりの声量に体が跳ねる。この声は…………


 振り返ると――――シラヌラがいた。赤い法被は羽織っておらず、上半身は五分袖の黒いインナー姿。脇目も振らずに全力で走ってくる。


 その少し後ろには春野がシラヌラの後を小走りで追っている。春野がシラヌラを呼んできてくれたんだ。


 2人が来てくれたおかげで俺の中の恐怖や重圧はほとんど消え去った。


「よかった! シラヌ――」

「――退()いてろ!!」


 シラヌラに声をかけるも跳ね除けられ、俺の真横を駆け抜けていく。


 そのまま走る勢いは留まらず、シラヌラの大胆な飛び蹴りが人影の一人に炸裂した。




 シラヌラが来てからは早かった。シラヌラが人影に飛び蹴りをくらわせ、続けて傍にいた2人目の影の顔をぶん殴る。2人の人影は後方に大きく突き飛ばされて地面に倒れた。


 蹴りと殴りという物理攻撃だが影に効いている。シラヌラは幽霊だから、同じ霊の類いである影にも触れることができるのかもしれない。


 シラヌラはすぐにコマルのところにいる人影も同じように暴力で鎮圧する。背負い投げと膝蹴りで残り2人も無力化された。


 4人の人影は一度攻撃されただけで参ってしまったようで、ゆっくり立ち上がるとそのままのそのそと俺たちから遠ざかるように境内の隅まで歩いていく。その後ろ姿は同情してしまいそうになるくらい小さく見えた。やがて影たちは境内の端に着く前に空中に霧散して姿を消してしまった。


 俺が苦戦していた相手をシラヌラはあっという間に撃退してしまった。勝因は相手が何者であろうが臆さず突撃するシラヌラの威勢の良さだ。


「コマルッ!!」


 シラヌラがコマルの元に駆け寄る。俺と春野も後に続いた。


 シラヌラは地面に膝をつき、力なく倒れたコマルを抱きかかえた。優しく。横暴な雰囲気のシラヌラからは考えられないほどに優しく。


 抱きかかえられたコマルは薄く、目蓋を開いた。そして、小さく口を開く。



「こんな冷たい世界でも…………私を見つけてくれますか」



 コマルがシラヌラの顔を見上げる。


「あぁ、見っけてやるよ。何度でもなァ」


 シラヌラは柔らかい微笑みと共に答えた。





§





 しばらく経って、杏ばあさんも遅れてこの廃神社に訪れた。杏ばあさん自身もコマルの身を案じて俺たちの後をついてきたらしい。真っ直ぐの長い一本道だから俺たちの姿行方を見失うことはなかっただろうが、杏ばあさんは高齢ゆえに歩くスピードも遅く、それでこの場所に辿り着くのに遅れてしまったいうわけだ。


 目を覚ましたコマルは完全に意識を取り戻し、今はシラヌラと一緒に遊んでいる。遊んでいると言ってもコマルは眺めているだけだ。周辺の木に登り、誤って手を滑らせたようなわざとらしい演技をして木から落ちるのを繰り返しているシラヌラを。


 シラヌラは自ら木から落ちて大袈裟に痛がる。頭を地面に強打する。幽霊ではなく生きた人間なら致命傷だ。それを眺めるコマルの表情は呆れ顔。最早コマルがシラヌラの遊びに付き合ってあげているような状態だ。


 そんな2人を横目に、俺と春野は杏ばあさんに今までの出来事を説明した。正確にはほとんど俺一人で説明した。


 境内を少し外れたところで俺たちは集まっていた。ここは鬱蒼とした木々が薄くなり、見晴らしが良い。日差しも浴びれるし、俺たちの住む街を一望できる。


 俺は杏ばあさんに事の顛末を最後まですべて話した。黒い影が姿を消したことまで。


「そんなことがあったんかい。一応探してもらって正解だったね。感謝するよ」


 杏ばあさんからの労いの言葉。杏ばあさんはずっと冷淡で感情を昂らせる様子は全く見受けられないが、わざわざここまで追いかけてきたということはそれなりにコマルのことを心配していたのだろう。


 俺は再びコマルとシラヌラに目を移した。シラヌラは未だに木に登っては落ちるを繰り返しており、それを見てコマルは呆れながらも少し微笑んでいる。


 俺は杏ばあさんに尋ねた。


「あの、ひとついいですか? なんであいつは、シラヌラは自ら大怪我をするようなことを繰り返したり、急にコマルをさらったりと突飛な行動ばっかするんですか?」

「さあね…………。まあ多分、自分のことを見てもらいたいんだろう。だから人に注目されるようなことばかり繰り返してるのさ」


 杏ばあさんの返答を聞き、俺は憤りを覚えた。


「…………そんなことまでして人の気を引こうとして…………結局こんなことになって…………」


 杏ばあさんの考えが正しいなら、コマルをさらったのもこれが理由だ。杏ばあさんと、そしてコマル自身の気を引くために。自分を見てもらいたいから。そんな自分勝手な理由で。


 自分を見てもらいたいという強い願望。その願望を抱く理由を聞いて、それを解消しないとまた同じようなことを繰り返しそうだな。シラヌラに話を聞いてみた方がいいかもしれない。


「ちょっと、詳しく聞いてきます」

「待ちな」


 シラヌラの元へと一歩を踏み出した俺を一言で制する杏ばあさん。突然のことで俺は足を止めてしまった。


「な、なんですか?」

「人の本音を無理に聞き出そうってのはよくない。当人が口を開く時まで辛抱して待つことだね。あんた等だって人に言いたくない思いの一つや二つはあるだろう…………………………まだ生きてる人間なら特にね」


 最後にぼそっと付け足す杏ばあさん。俺は何か言い返そうとしたが、何も言えなかった。だって、本当にその通りだから。


「わかりました、やめときます…………」


 今はシラヌラについて詮索するのはやめておこう。それにしても杏ばあさんがシラヌラを庇う姿勢を取るのは意外だった。


「ねぇ、リクマ君」


 春野が俺に声をかけた。


「ん? なに?」

「今日はもう時間ないから、明日にしよ」


 ん、なんのことだ? シラヌラへの詮索なら諦めると……………………あ、違う。一緒に月鐘ヶ丘の美術館に行くという約束の話だ。いろんなことが立て続けに起こってすっかり忘れていた。たしかに今日はもう時間が無い。体感ではまだ3時間くらいしか経っていない気がするが、太陽は若干空の西側に傾きつつあった。今から月鐘ヶ丘行きのバスに乗っても、着くころには夕刻だろう。


「わかった。じゃあ明日、一緒に行こうな!」


 俺が明るく返すと、春野は微笑んだ。だが表情が硬く、少し無理しているように見える。今もまだ調子が優れないのかもしれない。明日にはよくなっているといいが。


 春野は微笑みだけ見せると振り返り、神社の鳥居の方にトボトボと歩いて行った。


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