5. それってデートってことですか?
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黒髪の幽霊、春野と出会った9月の中頃。あれから2週間ほど経って10月。ようやく夏の暑さは衰えを見せ始め、蝉の声も聞かなくなって過ごしやすい季節になった。
春野がコマルの家であるユーレイ駄菓子屋を探し当て、遠くの山まで彼女を追いかけたあの日から2週間。その日以降も春野は学校に来て授業に出席していたが、俺と彼女の関わりはせいぜい廊下などですれ違った時に挨拶をするくらいだ。それ以上はこっちから話しかけても素っ気なく躱されたり微妙に避けられる。仲を深めようにも不可能だ。
避けられる理由はわからない。名前を教えてもらったあの時、少しだけ春野は俺に心を開いてくれたように感じたが、それが勘違いだったと思うと悲しくなる。
そんな釈然としない日々を過ごして、今日は10月3日。土日を明けて月曜の登校日。俺はいつものように学校に足を運んだ。秋風が吹いてきて通学にも余裕と情緒が湧いてきた今日この頃。
涼しくて過ごしやすくて、今日は何かいいことがありそうな気がする。
学校に着き、教室のある2階に上がる。静まり返った廊下を進み、引き戸の開いた教室へと足を踏み入れた。
「………………あ、れ?」
…………何故だ? 教室に誰もいない。
今日は登校日だ。それは間違いない………………もしかして、俺はまた遅刻したのか? 移動教室の授業だからクラスメイトが誰も教室に居な――
「おはよう…………」
声がした。いつも挨拶を交わす彼女の声が。
もう一度教室をよく見回すと、廊下側の隅の席に彼女の姿があった。翡翠色の瞳に黒い長髪、春野だ。教室には春野ただ一人だけがそこにいた。
「あ、あぁ……おはよう……」
俺は状況が読めずに困惑しながらも春野に挨拶を返した。幽霊の春野が一人でここにいるのは理解できるけど……
「他の、クラスのみんなはどこに行ったんだ?」
春野なら知っているかもしれない。彼女は、真顔のままわずかに首を傾げながら答える。
「それは、今日から修学旅行だから」
「……………………え?」
しゅ、修学旅行…………?
………………ああ、そうだった。思い出した。今日から、いや、正確には一昨日の土曜日から約1週間。この学校の2年生全員は東京に修学旅行に行く予定だった。そのことが完全に頭から抜け落ちていた。
俺は一人、この学校に置いていかれた。なんで先生や学校側は俺がいないことに気づいて電話のひとつもしてくれなかったんだ。まさか、俺がいないことを先生も、クラスメイトも誰も気づいてくれなかったのか? 確かに俺はクラスメイトそんなに関わる方じゃないけれど、さすがに気付いてくれてもいいんじゃないか…………
タケトも俺と同じ2年生だがクラスが違うから俺が東京にいないことに気づいていないだろう。せっかくこの何もない田舎から抜け出して大都会を楽しむまたとない機会だったのに…………
俺はここ最近で一番落胆した――――――というのも束の間で、今から約1週間、授業も何もせずだらだらと過ごせると考えるとそれはそれでありな気がしてきた。悲壮感を埋めるためにそういう考えに至っているだけかもしれないが、それでも1週間ゆっくりできる休暇を得られたというところは大きい。東京から帰ってきたタケトには笑われるだろうけど。
それに、俺は一人じゃない。幽霊の春野がいる。1週間、2人だけで居残りだ。春野と2人で、誰もいない教室で静かに過ごすのもいいかもしれない。
「春野、俺………………1週間暇になっちゃった!」
「……そう…………」
両手でダブルピースを作ってテンション上げ上げで話しかけるも、春野は愛想の無い薄いリアクションで対応する。いつも通りの冷ややかな目で。俺との間に壁を作っているように感じる。
「あの……提案があるんだけど…………」
と思っていたら、彼女の方から話を振ってきた。
俺は何事かと思って彼女に目を向ける。
「提案って?」
「2人で一緒に、月鐘ヶ丘にある美術館に行きたい」
「――――ッ!?」
――――なんだって!? 美術館に行きたいだと!? 2人でいっしょに!?
これは要するに、デートのお誘いということじゃないか。春野は美術が、アートが好きなのか? デートでアートみたいな? 今まで俺を避けていた風だったのに急に距離を縮めてきたな。これは意外な展開だ。
幽霊と2人でのデート。しかも修学旅行を欠席してクラスメイトが誰もいないこの期間に。悪くないな。
春野の申し出に俺は断る理由もなかった。
「行こう!! 今すぐに! 準備できてるよな!?」
俺の心からの熱い同意に春野は一瞬だけ困惑の表情を見せたが、すぐに目を細めて頷いた。
「うん、行こう」
春野は薄い笑みを浮かべた。あまり表に出さないが喜んでいるらしい。
久しぶりに彼女の表情が変わるのを見たような気がした。あの日以来、初めて見た笑顔だ。
俺たちは学校の校門を出てバス停に向かう。この巳函沢市の端の山奥にある月鐘ヶ丘行きのバスに乗車するために。
目指すバス停は巳函沢市を横断する広い県道上にある。広い県道と言っても片側一車線で周りは山と田畑に囲まれた見晴らしの良い何もない道路だ。
その県道を目指す途中、俺は春野と2人で住宅街の中を歩いていた。暑さも和らいでちょうどいい散歩日和の中、彼女と歩調を合わせて進む。周囲は静かな時が流れていた。
そんな中、突然――――――鈍い衝撃音が静かな住宅街に響き渡った。突然の大きな音に驚いて俺と、隣にいた春野も肩が跳ねる。
何か重い物がぶつかって弾き飛ばされたような音。音のした方を振り向くと――――赤い短髪の男が路肩に力なく横たわっていた。見たところ歳は俺より少し上くらいで、背中に『祭』と書かれた赤い法被を身に纏っている。住居の塀の方を向いて倒れていて、こっちからは顔は見えない。意識が無いようで動く気配は微塵もない。
彼の奥には遠くに走り去っていく宅配のトラックの後ろ姿があった。これらのことから察するに、彼はあのトラックにはねられたのだろう。
目の前で交通事故が発生した。あまりに唐突かつ衝撃的な出来事で、俺は目を見開いて固まってしまった。隣の春野は驚いているというより、頭上にハテナマークを浮かべて懐疑的な表情で男を見つめている。
――あ、アイツ大丈夫か……?
俺は赤い法被男の安否を確かめるべく彼に近づこうと一歩を踏み出した。その直後――彼が急に動き始めた。
「イっっっったあぁぁぁああああい!!!! 痛い痛い痛い痛いイタあぁァァアアアイ!!!!」
男は地面を転げ回り、手足をジタバタと動かし、大声でわめきながら暴れ回る。まるで、死んだふりをしていた虫が急に息を吹き返して動き出すみたいに。
あまりに大袈裟に痛がるその様子から、彼が致命傷を負っているようには全く見えない。もはや元気そうまである。
「イてぃ! イてぃ! イテテてててぇぇぇええええいぃ゛ッ!!??」
いや、元気すぎる。ちょっと異常だ。
最初に聞こえた鈍い衝撃音からして法被男がトラックにはねられたのはほぼ間違いない。だが男は傷を負っているようには見えない。このことから考えられるのは、おそらく彼は幽霊ということだ。
そしてわざと大袈裟に痛がった演技をする理由は、幽霊の自分の姿が見える人に気づいてもらうため、心配してもらうため、注目してもらうため。そのために自分からトラックに当たりに行った。そんなところだろう。
つまり、彼は当たり屋の幽霊。俺たちが彼の存在を認知しているとバレたら厄介なことになりそうだ。ここは早急にこの場を離れ――――
――男の目が俺を凝視していた。目尻のつり上がった大きい目と短い眉毛。額には白いねじり鉢巻きが縛られている。
マズい、完全に見つかっている。
バレたのはしょうがない。すぐに立ち去ろう。今すぐ離れれば何も問題はない。
「……春野、行くぞ……」
小声で春野に耳打ちして、バス停までの歩みを再開した。