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3. 迷子の宅急便

 迷子の幽霊コマルの家探しは達成できないまま、俺は自宅に帰った。


 翌日。


「おはようコマル。それじゃあ再開しようか」

「はい。よろしくおねがいします」


 朝9時頃から、昨日コマルと別れた場所で再び彼女と合流して家探しを再開した。今日は休日で朝から何も予定はない。


 昨日、コマルが別れ際に放った一言。「いつも私を無視して、私の前を素通りしてたしね」。


 それ以来俺たちの間には気まずい心の壁が立ち塞がっていた。たしかに俺はコマルの存在を認知していたが、ずっと気づいていないふりをしていた。下手に自分から幽霊に関わりたくないから。それが彼女にはバレていて、そのことを根に持っていたらしい。


 恨まれていたらどうしよう………………。そんな不安に襲われる。


 会話も無いまま、昨日と同じように当てもなく街中を徘徊し続ける。俺は薄々気づいていた。こんなことをしていてもコマルの探し求める家は見つからないのだろうと。こんなに歩き回っていてもそれらしい建物が見つからないのはおかしい。彼女の言う駄菓子屋なんてあればすぐに見つかるはずだ。


 なにか嫌な感じがする………………本当に、この幽霊が言う駄菓子屋なんて存在するのか? この幽霊の言うことを、どこまで信用していいんだ?


 俺は隣を歩く少女の幽霊、コマルに不信感を抱き始めた。


 夏の暑さも相まって、冷たい嫌な汗が全身から噴き出す感覚に包まれる。通りかかった公園の時計に目をやる。いつの間にか、気づけば正午近くになっていた。


 相変わらず人気のない街、わずかな手掛かりすら得られない。だが、そんな状況にひとつの変化が訪れた。


 住宅街を彷徨(さまよ)う俺たちの前方より、一人の女子高生が歩いてきた。長い黒髪に俺の高校と同じ制服、翡翠色の瞳――あの幽霊だ。


 彼女は俺たちをじっと見つめながら近寄ってきて、目の前で足を止めた。


「おぉ、おはよう……何か用か?」


 こちらから声をかけると彼女は一言。


「こっち」


 とだけ言って、踵を返して歩き始めた。言葉足らずだがついて来いということか。


 理由はわからないが、俺とコマルは従って彼女の後を追った。


 彼女は時折、分かれ道にぶつかると立ち止まり、「右…………2回目…………」などとよくわからない独り言をぶつぶつと呟く。また、突然何もないところで立ち止まり、来た道を引き返したりする。


「なにしてるんだ?」

「……………………」


 聞いても口を開かない。聞こえているのかいないのか。彼女は黙々と歩き回る。


 そうして彼女の後を追っているうちに気づいた。俺たちはずっと同じところを行ったり来たりしているだけということに。時計のあった公園の周りを右回りやその逆向きでぐるぐると巡っているだけだ。


「おーい、なんかずっと同じとこを回ってるだけじゃないか?」

「…………もう少しだから」


 尋ねても素っ気なく一蹴された。


 なにがもう少しだ。俺はコマルの家を見つける約束を果たさないといけない。女子高生の幽霊のよくわからない散歩に付き合っている暇はないんだ。


 そんな言葉が口に出そうになるのを耐えながらも彼女の後をついて行く。すると、本当に30秒も経たないほどすぐに彼女は足を止めた。



 急に、周りの空気が一変した。今まで歩き回った住宅街の風景自体に変化はないが、周りの温度が下がったような、世界の色素が薄くなったような、現実から乖離したように感じる景色へと変化した。白黒写真を見ているような、(いろどり)が無く薄味の世界。音も耳鳴りのように微かに遠退いて聞こえる。自分が人間であることを忘れそうになる感覚。明らかに普通ではないどこかに来てしまったということだけは確かだ。


 そんな中、黒髪の彼女は遠くを指差す。


 指し示す先にあったのは黒い瓦屋根で古い木造の建物。木材はかなり(いた)んでいてほとんど廃墟と言っていい状態だ。屋内は開放的になっていて、中で小さいお菓子などがずらりと並べられているのが見える。古い駄菓子屋だ。


「あなたの探してる家、あれでしょ?」


 彼女は顔だけ振り返って言った。


 ――ああ、その通りだ。あれが探していたコマルの家、駄菓子屋だ。コマルの大きく見開かれた目を見ればそれが正解だとわかる。突然、まさかこんな形で見つけるとは思っていなかった。でも………………


「ここはさっきから何度も通ってた道だけどこんな駄菓子屋なかったぞ…………。どうなってるんだ?」

「この場所を起点にして公園の外を右回りに2周、左回りに1周して、またもう一度右回りに2周するとこの駄菓子屋に辿り着ける」


 俺の疑問に答える黒髪の彼女。


「なんかダイヤル式の施錠みたいだな。でもなんでそんなこと知ってるんだよ?」

「元からこの街にある異世界の駄菓子屋の怪談のことを知っていて、昨日この女の子と話してから本で詳しく調べてみた」


 幽霊って、本読むんだ。


「それでこのことを知って、昨日自分で試してみたら本当に行けた。この異世界から出たかったら公園を左回りに1周すればいいだけ」


 やはりここは異世界なんだ。それに彼女は昨日、コマルの前から立ち去った後に一人で家探しをしてくれていたんだ。コマルに対して「おばあちゃんはあなたの帰りを待っていないかも」なんて言ったらしいが本当はいい奴なのかもしれない。


 彼女は素知らぬ顔で長い黒髪を耳に掛ける動作をする。


「すごい! すごいです! ありがとうお姉ちゃん!!」


 コマルは目を輝かせ、羨望の眼差しで彼女を見る。一方彼女は硬い表情のままコマルから目を逸らした。相変わらず愛想がない。すると、


「なんだいなんだい? 騒がしいね?」


 駄菓子屋の奥から老年の女性の声が飛んできた。俺たちは駄菓子屋の方に意識を向けた。


 奥から、白髪のおばあさんが出てくる。花柄の入った黒い薄手のブラウスを着ている。顔には年相応の細かいしわや(たる)みがあるが、その表情は頑固そうな活力が残っていて老いを感じさせない。おばあちゃんというより、ばあさんという雰囲気だ。


「あっ! おばあちゃん!!」


 その老婆を見るや否や、コマルは歓喜の声を上げて駆けていく。俺は歩いてコマルの後を追った。


「おばあちゃんただいま!!」

「やっと帰って来たのかいコマル。北の国の工作員にでも攫われちまったのかと思ったよ」


 迷子になって号泣していたコマルとは対照的に、ばあさんはそれほど心配していなかったようだ。そんな情の無い対応をされても嬉しそうなコマル。


 コマルを一瞥した後、ばあさんは俺の方に目を向けた。


「霊が見える人間か。まあ珍しくもない。たまにいる」


 俺は駄菓子屋上部に掲げられた看板を見上げた。白い看板に赤文字で『みどうや』と書かれている。この駄菓子屋の店名だろう。視線をばあさんに戻す。


「おばさんも幽霊なんですか?」

「ああ、そうだとも」

「じゃあここは、幽霊が経営する駄菓子屋、『ユーレイ駄菓子屋』って感じですか」

「大体そんな感じさね」


 結構てきとうな返答を返してくるばあさん。聞かれたことだけ簡潔に答えて、それ以外はベラベラと余計に喋らないタイプ。いや、俺の質問がてきとうだったからそうなっただけか。


「コマルちゃんとおばさんは一緒にここで暮らしてる、ってことですか?」


 ばあさんは口を開かず、首を縦に振った。


 俺は駄菓子屋の中に入っていくコマルの後ろ姿を眺めた。コマルはばあさんと2人でここに暮らしているんだ。


 ――幽霊の、2人の生活ってどんな感じなんだ。


 今まで幽霊に深くかかわったことなんてなかったから幽霊に自宅があるなんて知らなかった。だからこそ、今まで考えもしなかったような疑問が生まれる。


 そんなことを考えていると、俺をじろじろ見ていたばあさんが眉をひそめて口を開く。


「あんた…………どこかで見覚えが――」


 と、そこで俺は異変に気付いた――――長い黒髪の、あいつがいない。


 俺は周りを見回した。だが、どこにも彼女の姿はない。


「どこ行った……?」


 俺が呟くと、


「ん? 緑の目の子のことかい? あの子ならさっきまであんたの後ろにいたけど、うちらが喋ってるうちにあっちに行っちまったよ」


 ばあさんの示すあっちの方は、俺たちがここまで歩いてきた道だった。この道で公園を一周すれば元の世界に戻れる。


 俺はまだあいつに用があるんだ。逃がすわけにはいかない。


「ばあさん! 迷子のコマルちゃんは確かに送り届けたからな!!」


 俺はする必要のない任務達成報告をばあさんに押し付け、黒髪の彼女の後を追いかけた。

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