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26. 嵐と霊障

 無気力になってベッドに寝転がっていると、外から窓ガラスを叩く音がした。緑の草柄のカーテンが閉まっていて外は見えない。


 ――もしかしてユウかも


 ずっと行方をくらませていた彼が私に会いに来たのか。だとしても、私は彼に自宅の場所を教えていない。それに他の幽霊にも。


 とにかく私は起き上がり、窓際に駆けた。一縷(いちる)の期待と共にカーテンを勢い良く開くと、外には――――長い白髪で真っ白の着物の女性がいた。赤い瞳と唇が特徴的。夕蛇様だ。


 ――え、ここ2階なんだけど?


 窓の外はベランダになっているわけでもない。窓の外側で宙に浮かんでいるということになるのか。それを想像すると傍から見たらなかなか滑稽だ。


 ユウじゃなかったのは残念に思えたけど、何故夕蛇様が私に会いに来たのかという疑問が生まれた。


 黒い歯を隠して微笑んでいる夕蛇様。私は窓を開けた。途端、部屋に空気が雪崩(なだ)れ込んでくる。開いたカーテンと私の髪が煽がれる。外の強い風があっという間に屋内の(よど)んだ空気を掻き出していった。


其方(そなた)、久しいのう」


 艶のある女性の声。


「私に何か用ですか?」

「其方、肝が据わっておるのう」


 夕蛇様は楽しげに笑った。私にはその理由がわからずにじっと見つめていると、夕蛇様が口を開く。


「助言をしに来たのじゃ。我は其方が求める少年の居場所を知っておる」

「――ッ!?」


 少年の居場所………………ユウのことだ。


「どこですか?」

「県道を下っていく途中にある、古い蕎麦(そば)屋の隣の廃墟じゃ。わかるな?」


 場所を聞いて私は、クローゼットに駆け寄った。ハンガーに掛かった赤いダウンジャケットを引っ張り出す。


「行くのか?」


 夕蛇様の問いに私は振り返って一度だけ頷いた。悠長に会話をする時間も惜しい。


「ならば用心することじゃ。ユウは少々取り乱しておる………………まあ、なんとかなるじゃろう。其方に生命力さえあればのう」


 夕蛇様は無邪気に歯を見せて笑った。愛玩動物の行動を観察する人間のように。


 私は夕蛇様の話を聞き流して外出の準備を終えた。鍵とスマホと、必要なものだけ取って部屋を出る。階段を降りて玄関でブーツを履いた。外は雪が積もっている。


 外に飛び出して、行くべき場所に向かう前に2階の自室を振り返った。窓の高さにいる夕蛇様。その下には白い服の幽霊が大量に積み重なっている。積み重なった山の上に夕蛇様は正座していた。


 私が振り返った瞬間から既に首だけ回してこっちを見ていた夕蛇様。控えめに手を振っている。それに応えて小さく手を振り返し、私は家を離れた。


 薄く雪の積もった道。滑って転ばないように、されどなるべく早く歩を進めた。


 強い風のせいで屋根に積もった雪が舞う。それに体感温度も余計に寒く感じるし、風に足元を取られて転びやすそうな気がする。ダウンジャケットを着ていても少し寒いし、脚は冷たい、顔と首はもっと冷たい。マフラーでもしてくればよかった。


 この天候では外を歩いている人も見かけない。今日は大晦日だというのに。と、思ったけど、そもそもこの街は廃れていて年末でもそんなに活気がある感じではなかった。


 それにしても人を見かけない。というかまったく人に出会わない。私以外の人間はみんな消えてしまったのかもしれない。


 寒さと強風の悪天候に耐えながら進む。そして、程なくして目的の場所に辿り着いた。住宅地と真っ白になった田畑を抜けて県道に出る。県道をわずかに標高の低い方に進んで行くとすぐに例の蕎麦屋に着き、隣の廃墟を見つけた。


 木造建築っぽい外観の蕎麦屋はまだ開店していないらしい。廃墟はまだ蕎麦屋よりは後に建てられていそうな住宅だったが、人が住まなくなってから10年くらいは経っていそうな風貌だった。ツタが絡まり、ひび割れの隙間からも雑草が生え、窓は割れている箇所もある。


 小さい門扉を開いて敷地内に入る。玄関扉に手を掛けると開いた。鍵はかかっていない。


 扉を開け放つ。奥まで廊下が伸び、その途中に上に続く階段がある。その階段の1段目に腰掛けている人物がいた。


「ユウ」


 声をかけると、俯いていた少年は顔を上げた。彼の虚ろな瞳と目が合った。


「マナ、久しぶり」


 ユウは非常に落ち着いていた。厚手の白いパーカーを着ている。


「マナ、聞いてくれよ。俺、思い出しちまったんだ。全部」

「………………思い出したって、なにを?」


 わかっていたが、あえて尋ねた。


「今までのこと。俺が生きてて、そして死んで、幽霊になって………………幽霊になってからしてきたこと」

「………………うん、全部だね」

「そう、全部」


 ユウは穏やかに笑みを作った。


「マナはさ、知ってたんだろ? 俺がどういう存在かって」

「そうだよ、出会った時から。いや、出会う前からも」

「でもそのことを俺に、勘違いをした俺に教えなかった。それって、俺に、気づかせないようにしてくれていたの? それとも、気づかれることに怯えていたの?」

「…………………………」


 答えられなかった。多分両方。


 ユウの微笑みが不敵に変化する。


「マナは知るはずもないよな。人を殺す時の快楽なんて。人の首を絞める時に伝わってくる体温とか」

「知りたくもない」


 私は冷たく突き放した。同時にユウの表情からも笑みが消えて冷たくなる。


「マナ、俺の夢のために、死んでくれる?」

「できない。生きるための夢があるから」


 外の強風が激しさを増す。ユウの感情に呼応するみたいに。


「……………………自分が選べる立場にあると思ってるの?」


 ユウが静かに立ち上がった。


 ――マズい、危険だ


 全身が震えて危機信号を発した。踵を返して廃墟を飛び出す。


 ――次の瞬間、けたたましい破壊音と共に廃墟の奥から自動車が突進してきた。


 私は住居の敷地を出て、間一髪のところで躱した。車は瓦礫片を飛び散らせて玄関を突破し、速度を落とさぬまま車道を横断する。


 砂や破片が空に飛び散る。空回ったエンジン音が響く。


 車はよく見ると半透明に透けている。道の反対側の木に衝突し、静止した。鈍い音と共に木の葉が激しく揺られ、葉に積もった雪がこぼれ落ちてくる。


 崩れた廃墟の玄関からユウが歩いて出てきた。


 これだけ大きい音を荒らげれば人が見に来るかもしれない。関係ない人を巻き込まないためにもここから離れた方が良さそうだ。


 私は来た道を引き返して走った。ユウも歩いて後を追ってくる。


 風が強くなり、雪も降り始める。吹雪と化した突風が前から吹き付けて、堪らず私は立ち止まって目を覆った。背後のユウは意に介さずに平然と歩を止めない。人間と幽霊の埋まらない差だ。


 緩やかな上り坂。吹雪のせいで走ることもできずに足取りは重い。


 山奥へ続く脇道に差し掛かったところで、ユウが左から右に腕を振り払った。同時に、私の左側から突風が吹いてきた。押し飛ばされて脇道の方に追いやられる。


 すると急に吹雪がピタリと止んだ。建物の陰に隠れたからかもしれない。この隙に私は脇道の奥へと走って逃げた。今はなるべくユウも、人がいるエリアからも離れた方がいい。


 古い住居を2、3軒通り過ぎ、木々の中の林道に入った。車一台が通れる幅しかない。道が舗装されているかは雪が積もっていてわからないが、タイヤの跡が残っていないからあまり使われていない道かもしれない。


 林道を駆け上がり、3回目の急カーブを曲がる前に後ろを振り返った。さっきとほとんど変わらない距離にユウが変わらず徒歩で追ってきている。私は必死になって走って逃げているのに。


 急カーブを曲がって先を見上げる。


「――――ッ!?」


 坂の上から、茶色く濁った津波のような濁流が迫ってきた。


 咄嗟に私は目を伏せた。とても避けられるものではない。


 迫る濁流に備えて目を閉じてその場で身構えた――――でも、いつまで経っても水撃に襲われることはない。


 そっと目を開くと、坂の上から迫ってきていたはずの濁流は跡形もなく消えていた……………………見間違いだった?


 背後に気配を感じて咄嗟に振り返る――――ユウがすぐ真後ろまで迫っていた。片手を伸ばして私を掴もうとする。寸前のところで避けて距離をとった。再び私は逃げるために足を速める。


「……どうすればいいんだよ………………」


 去り際、ユウが消え入るように呟いた。私は聞こえなかったことにして逃げる。


 さっきの濁流は多分ユウが見せた幻だ。廃墟から飛び出してきた半透明の自動車もその類いだ。ただ見えるだけの幻と実在するものに影響を及ぼす幻。2種類あるらしい。


 ユウと距離をとると周りの木々が荒々しくざわめきだした。嵐のような強風に木々が揺られる。


 次第にその激しさを増し、バキバキと音を立て始めた。数本の木が風に耐えられず根本付近からへし折られる。そのすべてが道の方に倒れてくる――――これは明らかに幻じゃない。


 立ち止まるわけにもいかず、私は走り続けた。倒れる度に轟音を立てる倒木を躱し、乗り越えて先に進む。


 やがて林道を抜けた。白く濁った曇り空が広がる。山の中の広い平地に着いた。多分公園か何かで、夏にはキャンプなどができるところだ。今は白に覆われた雪原と化している。


 振り返るとユウは変わらずそれほど遠くない距離にいる。逃げても無駄なのかもしれない。


 私は雪原に足を踏み入れた。広いだけで何もない空間をひたすら進む。もう、走る必要も感じなかった。


 しばらく進むと遠くの林の方に光る何かが見えた。その光は――一瞬で私の元に飛んできて、足を掠めた。


「――――ッ!?」


 足首に激痛が走る。下を見ると雪の上に短いナイフが突き刺さり、ふくらはぎから赤い血が(あふ)れていた。雪の上にも飛び散っている。赤が滴ってブーツと雪を濡らしていく。


 見ていると余計に痛みが増してくる。でも、立ち止まるわけにもいかない。


 顔を上げると、野球ボールくらいのサイズの目玉が大量に宙に浮かんで私を凝視していた。血走った球体の眼球。感情の無い目玉。瞳の色はブラウンか黒。どれも大きさを除いて人間の、実物そのもののように見える。


 この目玉は実在してるの? それとも幻?


 わからない。見つめられるだけで、恐怖で動けない。


「捕まえた」


 すぐ後ろで、ユウの冷たい声がした。


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