25. 私の日常
pixivでキャラのイラストを投稿しています→ https://www.pixiv.net/users/73175331/illustrations/%E3%81%82%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%81%AF%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AB
今日は12月31日の大晦日。私の名前は春野学。
冬休み前の最後の登校日の夜、コマルちゃんやシラヌラ君たち幽霊と駄菓子屋で集まったあの日以降、ユウの姿を見ない。年末パーティで映画を見ていて、いつの間にか私は眠ってしまっていた。そして朝、起きたら傍にいたはずのユウがいなくなっていた。
ユウは私のことを幽霊だと思い、自分を生きている人間、幽霊を見れる高校生だと勘違いしている。本当は逆。ユウが幽霊で、私は――――生きた人間だ。
私は最初からユウが勘違いしていることに気づいていた。それに、「タケト」という親友の幻を見ていることにも。何らかのショックで記憶が飛び、ありもしない記憶と間違えた認識が生じて勘違いしてしまったのかもしれない。
私はその勘違いをずっと訂正せずにいたし、コマルちゃんたち他の幽霊にも口裏を合わせてもらっていた。ユウが人間で私が幽霊ということにしていてほしい、と。
ずっとユウが真実に気付かないようにしていた。私を認識する前のユウがどういう存在だったかを知っていたから。
そう、私は過去のユウの行いも、ユウがどうやって人を連れ去って命を奪うのか、そのやり方もこの目で見て知っている。だって私は、「幽霊が見える」から。
冬の朝、自室で目を覚ました。暖房が効いていて程よく暖かい。
聞き心地はいいが音量が少し大きすぎることだけが難点なオルゴールのアラーム音が響く。
寝ぼけ眼の中、アラームを響かせるスマートフォンを手探りで探した。ベッドの上に放られていたそれを手に取り、画面をスワイプする。
アラームを止めると部屋の中は静かになった。外は風が強いようで、木々や電線が風に煽られる音が聞こえる。
………………まだ眠い。
目を瞑ったまま、薄手でふわふわの毛布を抱きしめた。私の大切なお気に入りの毛布。私の2人いる恋人のうちのひとつ。いや、どちらも私が一方的に恋人だと思いたがっているだけなんだけれど。
とにかく、自分の毛布を抱きしめる時間は人類にとって一番幸せな時間だし、ふわふわの毛布に包まる幸せな感覚を世界中の人々と一度に共有すれば世界から争いと戦争はなくなって平和になるはずなんだ。
と、お花畑みたいな戯言を思考しながら、もう一度毛布に顔を埋めた。
鼻で大きく息を吸って、覚悟を決めてしょうがなく起床する。
暗闇に慣れた目で部屋を見回した。カーテンが閉まっていて、なおかつ外は雨模様らしくて薄暗い室内。
ほこりっぽい部屋。本棚を埋め尽くすあらゆるジャンルの本。壁にひしめき合うように飾られた絵画の数々。当然オリジナルではなく、好きな絵画をネットで調べて用紙に印刷したものだ。勉強机の隣には絵を描くためのイーゼルスタンドが立ててあり、そこに立てかけたキャンバスの絵はまだ描き途中。机の上は絵の具が飛び散り、筆やパレットなどの画材が散乱していて物の置き場もない。
壁に飾った一枚の絵画に目を向けた。顔のない人々が行き交う雑踏の中、しゃがみ込んで両耳を塞ぎ、苦悶の表情で叫んでいる少女の絵。明るい青空と、人々が行き交う地上のどこか陰鬱な雰囲気がコントラストになっている。壁にある絵画の中で私が特に好きな一点だ。
この絵は現代アートの著名な画家が描いた一点で、この画家の最後は20代半ばで刃物で自ら胸を突き刺して自殺したという。2020年代のことだ。自分で胸を刺して死ぬなんて、何故そんな辛い方法を選んだのか。もっと楽な死に方だってあるはずなのに。
私は画家になるのが夢だ。一流の画家としてこの世に自分の名と作品を残したい。絵画と言えば完全にAI生成の時代だが、AIに頼らず自分の力で、自分の手で描いて私のこだわりを一枚に詰め込みたい。私の感情を作品に昇華して、私のこの思いを、生きた証をこの世に残したい。
そんなことを考えていると俄然やる気が出てきた。私は重い体をベッドから引き剥がして立ち上がった。
ふらつく足で部屋の隅の衣装ケースの前まで移動し、てきとうな服を出す。厚手の黒いトレーナーと、下は濃い青の細めのデニム。
着替えたら自室を出る。急な階段をゆっくり降りて1階へ。洗面所で顔を洗い、リビングに向かった。
開き戸に手をかけ入室。なるべく音を立てないように戸を閉める。
庭に面した広い窓。レースのカーテンが閉まっていても日差しが室内を明るくする。すっかり日が昇っている。
白い壁紙と明るい木目調のフローリング。シンプルで質素な部屋。ソファーや本棚は一応置かれている。インテリアはほとんどない。住宅展示場のモデルルームみたい。
ダイニングテーブルに目を向けた。お母さんが座って朝食をとっている。
椅子は4脚あり、テーブルで2脚ずつ向かい合うように配置している。お母さんが座っている位置の対角線上、つまり一番遠いところの席にも朝食が用意されている。私はそこに座った。
お母さんは多分私の存在に気づいた。
私は自分の食事を見下ろして、次にお母さんの食事を見る。お母さんは決して多くない量のご飯と即席のみそ汁、目玉焼きとサラダを食べている。私の分はさらに少量のご飯と同じく即席のみそ汁、そしてカップ納豆がひとつ。私は箸を取って食事を始めた。
ご飯もみそ汁も程よく冷めていて食べやすい。
今日もお父さんはいない。おそらく仕事だ。大晦日なのに。
私の前の席に開封された封筒が無造作に置かれていた。宛先『春野 猛人 様』。
お父さん宛てだ。仕事に関係するものかもしれないし、そうでないかもしれない。
静かな朝食の時間は無言で進み、箸と食器の当たる音だけがカチカチと響く。ここ数年はもうずっとこんな感じだ。
昔は両親とよく話をした。いや、2人から一方的に話しかけてきていただけという方が正しい。
両親は私に自分たちの理想の娘像を押し付けて興味もなくやりたくもない習い事をいくつもさせてきたり、厳しい家庭内ルールを強要させてきた。自分たちの思い通りに私をコントロールしたいようだった。
ピアノや水泳の習い事で私は事あるごとに愚図り、喚き、ときには感情的に激しく怒った。そんな私を両親は強い叱責だけで抑え込んだ。酷い時は私に勉強をさせるために、私の脚を椅子に縛り付けて何時間も机に拘束した。
そこまでされても私は耐えられず、習い事からも勉強からも逃げた。
両親は何かにつけて私を馬鹿にしたり茶化したりしてくる人でもあった。ある時、自分の夢を、画家になりたいという思いを勇気を振り絞って両親に話した。すると2人は、
「なれるわけない」
「反抗的」
「現実を知らない世間知らず」
と笑いながら貶して否定した。それまで子供ながらに何となく両親に感じていた罪悪感は失望と憎悪に変わった。
それ以降私は、人に自分の話を一切しなくなった。そしていつの間にか、人に対して自分の意見も自分の感情も何も言えなくなった。幽霊に対しては不思議とそういうこともないけれど。
そんな駄目な私を、出来損ないで期待外れの私を両親は見限った。今では2人は私に無関心で、話をすることは全くない。2人の仲も芳しくなく、家庭内であまり関わろうとしない。私を育てるのに失敗したからだろう。
素早く朝食を終えた私は食器を台所に運んだ。自分の食器だけを洗う。最後に手を濯いで2階に上がった。
両親に見限られて関心を寄せられなくなったけど私はそれで満足してる。勉強やあらゆることの強要もなくなった。それに自室で耳を澄ませると階下のリビングから聞こえる、私のことに関する両親の激しい口喧嘩を耳にして心臓を締め上げられるような恐怖と焦燥感に苛まれることもなくなったから。
自室に戻って机の引き出しを開ける。いつものカラーコンタクトを取り出した。明るい緑のカラコン。指に乗せ、鏡で確認しながら目蓋を指で押さえて嵌める。反対の目も同じように。
鏡の前で2、3度瞬きして嵌まり具合を確かめる。黒目の上に薄い緑の膜が覆っていつもの翡翠色の瞳になった。今日の身支度はこれで終わり。
天井の照明は消したままスタンドライトの明かりを付け、描き途中の絵が立てられたイーゼルスタンドの前に座った。昨日の続きを始めよう。筆とパレットを手に取った。下書きは既に終わっていて、後は色を塗り重ねていくだけ。
今描いているのは子猫と老人の絵。暖炉に火の灯った暖かい部屋の中、子猫を抱いたおじいさんがイスに腰掛けている。部屋は暖炉のオレンジの明かりに満ちている。広い窓の外は真っ赤に腫れた空と氷に閉ざされた街。建物は外壁から扉まで凍り付いていて外に出るのは不可能。死んでいくのを待つだけの冷たい街。そんな中、向かいの家の窓の奥にも猫と戯れる老婆の姿がある。同じようにオレンジの光に包まれている。どの家も、家の中だけは暖かい。されど、自分以外の人間と一緒に暮らしている者は誰もいない。
私は、画家になりたいという夢が無かったらもうとっくに死んでいると思う。人生は空虚で、生きているだけで苦しい。幸せを感じるための脳の細胞はとうの昔に機能しなくなってしまったみたいだし、未来に希望なんてない。
でも、私には夢がある。それを叶えるためだけに生きてる。それだけが虚しい自分を動かす原動力なんだ。絶対に達成してやる。夢があるだけで私は今日も呼吸ができる。絵を描ける。
………………だけど、ダメだ。現実を、今のことを、将来のことを考えてしまうと、筆が止まる。あっという間に私の体は無気力に支配される。昨日と同じだ。何も変わらない。
こうなってしまうともう何もできなくなる。体が想いについてこない。否、心までも廃れていく。
私は筆とパレットを置いた。まだほとんど描き進めていないのに。
すべてを放り出して、体をベッドに預けた。もうどうでもいい。何もしたくない。
薄暗い部屋の中。外から強い風の音だけが聞こえる。
こうなってしまったらできることはこのまま惰眠を貪るか、もしくはスマホを開いてSNSを眺めて時間を潰すかくらいだ。
………………でも今は、その2択よりも、少しだけユウに会いたい気がする。
そんなことを考えていると、
――コンコンコン
突然、外から窓ガラスを叩く音が聞こえた。
X(twitter)→ https://mobile.twitter.com/bandesierra
感想、評価、ブックマークお願いします!




