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22. 飛び降りたその肉塊は、存在しない紛い物

 ユーレイ駄菓子屋でのユーレイたちとの年末パーティ。ここにいる生きた人間は俺だけだ。


 この世に現存する死者たちとのパーティは駄菓子屋の狭い一室の中で慎ましく盛り上がった。無邪気で直情的なシラヌラとコマルがいつも(もよお)しの火付け役になってくれる。彼らにつられて俺もマナも杏ばあさんも、自然と笑みがこぼれる。


 ボードゲームやカードゲームを一通り楽しんだ後は映画鑑賞が始まった。サブスクリプションサービスで映画やアニメを見る今の時代となってはもう過去の遺物であるDVDプレイヤーにディスクを装填する。部屋の片隅のテレビ画面に映像が映った。


 みんなは思い思いの場所に位置取りをして画面を眺める。シラヌラは座布団を何枚か持ってきて横になり、杏ばあさんはお馴染みの座椅子に腰を下ろす。


 コマルがリモコンを操作して映画が再生された。


 舞台は現代のアメリカ。クリスマスの家族旅行で家に一人置き去りにされてしまった少年が、家に侵入した泥棒たちに立ち向かう、という内容のコメディ映画だ。


 最初は映画のコメディシーンを見てケラケラと笑っていたシラヌラとコマル。でも、徐々にその元気は衰えていって、映画中盤になる頃には2人とも睡魔に負けてしまった。ボードゲームではしゃぎすぎて疲れたのだろうか。というか幽霊も疲労で寝落ちとかするのか。


「疲れちゃったのかな」

「ふっ、ガキだね」


 2人を見てひそひそと笑い合ったマナと杏ばあさん。だがそんな2人も映画終盤になる頃には――――――寝落ちしていた。


「人のこと言えないじゃん………………」


 全員寝てしまって一人残された俺は誰に届くわけでもない独り言を呟いた。一人取り残されるなんてまるで、この映画の少年と同じだ。


 時間は夜になっていて、いつの間にか外は真っ暗になっていた。暗い部屋を照らすのは明滅するテレビ画面のみだ。


 映画は最後のクライマックスを迎えて幕を下ろす。黒い背景に白文字のエンドロールが流れて、最後に再生前のタイトル画面に戻った。


 音が消えて静寂になった室内。改めて俺は眠ってしまった4人を眺めた。


「人間の俺が起きてて、幽霊がみんな寝てるとか………………」


 ふと、今日学校の図書室で読んだ本の一節が頭によぎった。


 ――夕蛇に生み出された幽霊は決められたある日までしか現世に存在できず、その日に消滅を余儀なくされる


 みんな、いつか消えてしまうんだ。俺一人を残して。


 ……………………そんなの、寂しい。


 俺は隣で床に横たわっているマナを見た。静かに寝息を立てている。本当に生きた人間みたいに。


 寝ているマナに近寄って、そっと頭に手を伸ばした――――――黒いしなやかな長髪に触れることは叶わず、手はすり抜けた。


「ッ………………」


 みんなが消えてしまうなんて嫌だ。マナが消えてしまうなんて、もう二度と会えなくなってしまうなんて耐えられない………………何か方法は無いのか。幽霊が消滅しなくなる方法は。


 俺は静かに立ち上がった。部屋の出入り口の引き戸を音を立てないように開けて、同じように閉めた。木の階段を降りて1階に。暗くてほとんど何も見えない。手探りで座敷前に脱いだ靴を見つけて履き、駄菓子屋を飛び出した。


 薄く積もった雪がおぼろげな月明かりに照らされた世界。


 水分を含んだ白の上を駆け抜けて、公園を左回りに1周する。ユーレイ駄菓子屋のある空間を抜けた。


 俺は足を止めずに走り続ける。向かう先は学校の図書室だ。本をよく読めば幽霊の消滅を防ぐ方法を知れるかもしれない。


 それに、蕪山の寺で夕蛇と出会った時、夕蛇は霊の延命をしていると言っていた。夕蛇に頼めば消滅の日を遅らせることも可能かもしれない。夕蛇はあらゆる『時』に関与する存在だから。


 マナを絶対に消させたりしない。その一心で走った。


 何度か滑って転びそうになりながらも学校に辿り着く。校門は閉まっていて厳重に施錠もされている。もうこの時間では教職員も残っていないようで、校舎に明かりが灯っている様子は全くない。


 俺は門をよじ登って乗り越えた。所詮人の背丈程度の高さだ。門が揺れて強い金属音を響かせたが、この時間なら誰かに気づかれることもないだろう。


 雪の積もった校庭を走る。当然正面玄関は開いていないだろうから、校舎1階の外に面した渡り廊下から中に侵入した。屋内と外を隔てる扉は閉まっていたが施錠はされていなかった。


 階段を上って図書室に駆け込む。ここも施錠はされていなかった。


 目に着いたのはテーブルの上に積み上げてあった本の数々。マナが「冬休みの宿題」と多分冗談で言って俺に押し付けてきたものだ。


 席に着いて、さっきまで読んでいた本を手に取って開いた。題名は「慄命宗の軌跡」。目次を開き、幽霊の消滅について書かれていそうな項目を探した。


 ――75ページ。『夕蛇と幽霊の関係』


 あるとするならこれだ。ページをめくり、75ページに目を通した。


 ………………だが、さっきも読んだ内容やあまり関係の無いことしか書かれていない。


 この本には書いてないか。でも他の本なら、


 落胆しそうになった気持ちを立て直して、ふいに次のページをめくった。


 ――3章 時の(みそぎ)


 時の禊? 聞いたことがある。たしか……………………


 『月鐘ヶ丘時の禊凍死事件の被害者に哀悼の意をここに示す』。蕪山の麓の慰霊碑に刻まれていた一文だ。


 時の禊ってなんだ?


 その章に目を通す。慄命宗の風習は時代の移り変わりとともに廃れていったが、1994年頃に制度や仏閣を一新して新興宗教へと変容した。その新興宗教の名前が「時の禊」というようだ。


 時の禊凍死事件。おそらくマナが亡くなった事件だ………………マナの死因ってそういえば知らないな。マナの過去についても。


 俺の興味関心は幽霊の消滅からマナの過去に変わってしまった。


「この事件について調べてみるか……………………――ッ!?」


 積まれた本の一番下、ちょうどいい本があった。タイトルは『巳函沢市事件簿』。この巳函沢市で起きた事件のあらましをまとめた本だろう。国語辞典くらいの分厚さがある。


 なんで都合良くこんな本が。この本ってマナが用意してくれたやつだよな………………


 まあいい。今は事件について調べたい。上に重なった本をどけて、都合よく見つかった俺の求めていた本を手に取った。あいうえお順と年代順の2つの目次が用意されており、前者で検索する。


「げ、げ、月鐘ヶ丘…………と……時の」


 徐々に絞れていき、見つけた。253ページ。分厚い紙の束を開く。


 大量の細かい文と、いくつかの図解や写真が掲載されている。文章に目を通した。



 ――『事件概要』 この事件は2025年1月31日に起きた痛ましい事件である。時間は深夜から明け方。巳函沢市の外れの蕪山付近。母親の運転する自動車が事故を起こし、同乗していた高校生の少年が車から投げ出された。怪我を負った少年は車と母の元に戻ることはなく、やがて雪山の中で凍死した。事故を起こした母親は後に「息子を呼び止めても聞く耳を持たずに去って行ってしまった。まるで何かに憑りつかれたみたいに」と語っている。この件は事故で頭を打った少年が何らかの意識障害を引き起こし、朦朧としたまま母親の声も聞こえずに放浪したとして結論付けられている。



 2025年? 今年じゃないか。今年の1月頃にそんな事件があったと耳にした記憶がない………………ん、記憶……?



 ――本書が刊行された2040年から約15年前のことになる。



 は?







 2040年? なにを言ってるんだ…………………………………………




 …………………………何かがおかしい。この寒い冬だというのに、全身から嫌な汗が噴き出す………………いや、寒いか?


 思い出してはいけないことが、記憶から消しておくべきことが



 脳味噌がかき混ぜられるみたいに痛くなってくる。視界が歪む。今まで見ていたものは、今まで感じていたことは



 俺は恐る恐る立ち上がり、壁掛けカレンダーの元へ歩み寄った。今年は――――2045年と書いてある。



 もはや千鳥足でなんとか机に戻る。



  怖い  痛い    この先を読むのが怖い。動悸が止まらない…………でも、知らなければいけない気がする。


 文章を読み進め、一番重要なところを目にした。












 ――死亡者1名:六隈(リクマ) (ユウ)



 俺の名だ。事件で死んだのは俺だと、この本は言っている。


 ふいに、カーテンが揺れる音がした。振り向くといつの間にか閉まっていたはずの窓が開いていて、風に吹かれてカーテンが舞い上がる。


 窓際には金髪の青年、俺の親友、タケトがいた。


「た、タケ、ト?………………」


 何故ここにいる。頭がおかしくなった俺の話を聞いて欲しい。言いたいことはたくさんあるのに、どれも言葉にできない。


 タケトが先に口を開いた。


「ユウ、もうお前に俺は必要ないよな」


 不敵な笑みで言う。それから窓枠に座った。ここは校舎の4階。バランスを崩せば転落してあっという間に地面に叩きつけられる。


「おい、危ないだろ。はやく降り――」


 タケトが背後に体重を預けた。頭、体が見えなくなり、最後に足が窓の下に消えていく。


「――――ッ!? な、なにやって………………」


 意味が分からなかった。思考がフリーズする。


 数秒経って、地面にぶつかる落下音が――聞こえない。


 俺は全身の震えに抗いながらゆっくり窓際に歩を進めた。下を、覗き込む。


 下は常夜灯の灯りに照らされている。雪の積もった地面にタケトの姿はなかった。雪が衝撃を吸収してタケトは助かったのか………………否、それはない。雪の上に人の落ちた痕跡はない。


 でも、今、あいつ落ちたよな。見間違い………………のはずはない。だとすれば何だ。


「………………幻?」




 ――その瞬間、すべて思い出した。俺が頭から追い出して見えないようにしていた記憶のすべてが。



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