20. 暮れる世界の車窓より
化け物を倒した俺とマナは急いでトンネルまで走った。日の出までに5人でトンネルに入らないとこの世界から永久に出られない。
シラヌラ、コマル、杏ばあさんが無事ならいいが。
夕方に鳴いていた蝉が再び静かに鳴き始めた。
来た道を引き返すにも、通ってきた吊り橋は崩壊していて渡れない。しょうがなく、廃旅館の手前の分岐点で駐車場のある方に進み、さらに進むと広い峠道に出た。それから方向感覚を頼りに道を進むと集落まで戻ってこられて、あとは迷いなくトンネルまで走った。
トンネル前に着くと、荒々しい声が飛んできた。
「おぉぉおおいッ!! 急げェ!!」
余裕を忘れた顔のシラヌラがこっちに手を振る。隣には………………コマルと杏ばあさんの姿もあった。シラヌラと杏ばあさんが手足に負っていた裂傷は綺麗に治っている。切れた服の生地すらも元に戻っている。まるで傷を負ったという事実すらなかったことにされたみたいに。
「リクマさーん!! もう行ってもいいですかー!?」
「ああ! 入れ!!」
コマルに返答すると3人は一足先にトンネルに足を踏み入れた。コマルは杏ばあさんの手を引いて、杏ばあさんのペースに合わせて。シラヌラは我先にとトンネルの暗闇に駆けていった。
駆け足の俺とマナもすぐに追いつく。空は朝の明るさを帯びていたが、まだ朝日は昇っていない。この世界ともこれでお別れだ。
夜中は時間の進みが早かったのに、明け方になってからはそれまでと比べて時間の進みが遅いような気がした。このトンネルに戻って来るまで結構時間を要してしまったが、それでも日の出までには間に合った。
トンネルの中を駆けていると段々周囲が暗くなる。前を進んでいたコマルと杏ばあさんの背中も見えなくなり、やがて目に見えるものは何一つ無くなった――――――
§
一瞬、あるいは20年くらいの歳月が流れたような気がした。ふいに目蓋を開くと、目の前に赤や黄色に紅葉した森が広がった。肌寒さを感じる秋の終わりの空気に包まれる。
ここはトンネルの入り口。俺たちは元の世界に帰ってきていた。俺の前にはシラヌラとコマルと杏ばあさん、隣にはマナがいる。全員無事だ。
空は夕焼けに赤く染まり、日が暮れ始めていた。
「か、帰ってこれた…………」
俺は安堵のため息をこぼした。
「もう紅葉を見るどころじゃなくなっちゃいましたね」
「うん、もう帰ろう」
苦笑するコマルに、マナが同意した。
それから5人で狭い山道を麓に向けて下っていく。もう何度往復したかもわからないこの道を。
「にしても散々な目に遭っちまったなァ。ま、意外と楽しかったけどナ!!」
「バカ言うんじゃあないよ。アンタだけまたあのトンネルに放り込むよ」
「貴重な体験でしたね!」
道中、朗らかに語り合う3人。化け物に襲われる恐ろしい体験をしたのに意外と皆たくましい。
喋っているとあっという間に麓まで辿り着いた。慰霊碑の前を通り過ぎる。その際、慰霊碑に刻まれた内容に一瞬だけ目を向けた。
――月鐘ヶ丘時の禊凍死事件の被害者に哀悼の意をここに記す
時の禊凍死事件。クラスメイトの女子が話していたうわさ話で聞いた、高校生がこの辺りで凍死したという話。そして霊になり、同じ年頃の学生を連れ去るという――――――――多分、その幽霊はマナのことだ。
俺は慰霊碑のその一文だけ頭に刻んで通り過ぎた。
歩き続けて集落を抜け、新興住宅地まで戻って来る。
月鐘ヶ丘のバス停に着き、5人でベンチに腰を下ろした。時計と時刻表を見ると次に来るバスは最終便から数えて2番目のバスだ。
さすがにみんな疲れたのか、次第に会話も減っていく。しばらく待っていると日が沈みかけた頃にバスがやってきた。夕日が今日出せる最後の力を振り絞って空を赤く染めている。
目の前で停車したバスに乗り込んだ。最後にマナが乗り込む。
「ドア閉まります。ご注意ください」
一日の疲労を溜めた運転士の声が車内アナウンスで響いた。
自動ドアが閉まり、バスはアクセルを踏む。
相変わらず乗客は少なく、俺たちは走るバス車内で揺られた。俺とマナが一番後ろの席に座り、その前がコマルと杏ばあさん、さらに前にシラヌラが座る。幽霊でも疲れは溜まるのだろう。みんなぼーっとしたり外を眺めたり、口を開く者はいない。
俺の隣、窓側の席に座るマナ。いつの間にか瞼を閉じて寝息を立てている。彼女の長いまつ毛が際立つ。外の景色を眺めているうちに眠ってしまったのだろう。顔を少しだけ窓側に傾けている。
木々に遮られていた外の視界が開け、西日が車内に差し込む。マナの端麗な顔が赤い夕陽に照らされる。
「――ッ………………」
俺は居ても立っても居られなくなり、ゆっくりとマナの肩に手を伸ばした。
………………わかっていた通り、俺の手は彼女の体をすり抜けた。




