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18. 鋼の老婆 level.99

 夕蛇の立てた誓いによって俺たちは現世に帰る希望を見出した。日の出までにシラヌラ、コマル、杏ばあさんと合流して山奥のトンネルを(くぐ)ればいい。


 だが懸念点もある。杏ばあさんの姿はこの世界に来てから一度も見ていないから本当にこの世界に来ているのかも定かではないし、シラヌラとコマルの安否も不明だ。それに、合流しようにもこの広い山の中で彼らを探すには途方もない時間と労力が必要だし、これが達成できなければ俺たちは――――二度と現世に帰ることはできない。


 とにかくじっとしていても事は動かない。俺とマナは3人の捜索のために行動を始めた。


 寺の山門を出て、山道に歩を進める。辺りは足元も碌に見えないくらい真っ暗で、足取りは覚束ない。足元に注意するのが精一杯で歩く速度は遅くなる。それに暗闇の中ではまともに人探しなんてできない。


「マナ、大丈夫か?」


 幽霊だから転ぶこともないだろうが、顔も姿も見えず、ただ隣を歩いていることのみがわかる彼女に声をかけた。


「うん。でも、どうやってみんなを探すの? 闇雲に歩いても見つけようがない」


 すると、


「「こんばんは~」」

「――――ッ!?」


 正面の暗闇から聞き馴染みのない2人の少女の声がした。突然聞こえてきた挨拶に驚いて俺は心臓が飛び出そうになった。


 パッと目の前が明るくなる。森の中が白い光で満ち、山道と隣にいたマナの顔が照らされる。そして正面には光源となる宙に浮いた白い炎と――――夕蛇の傍にいた2人の白い少女がいた。


 髪は白いおかっぱ頭で、白い子供サイズの着物を着ている。おそらく夕蛇の側近に当たる存在だ。


「こんばんは……?」


 マナが戸惑いながらも挨拶を返す。


「夕蛇様が渡し忘れていたと言うものを届けに参りました」

「こちらの人魂(ひとだま)です」


 2人の片方が手の平で宙に浮かぶ白い球を示した。白い炎が燃えて揺らめいている。


「人魂? なんで俺たちに?」

「この人魂はあなた方を探し人の元に導いてくれます。光源としても使えます」

「夕蛇様のご配慮です。どうぞ有効的なご利用を」


 浮かぶ人魂が俺たちの方に近づいてくる。夕蛇はただ俺たちに無理難題を押し付けたわけではなく、ちゃんと人探しのヒントになり得る救済処置を与えてくれたようだ。


「2人とも、夕蛇様にありがとうと伝えて――ってあれ?」


 光る人魂から2人のいた方に視線を戻すと、いつの間にか彼女らは音もなく姿を消していた。先程と同じ。まるでそこには端から誰もいなかったみたいに。


「ユウ、人魂が動いた。ついて行こう」


 人魂が俺たちの進行方向の山道を下っていく。上下にふわふわと浮遊し、まるでついて来いと訴えているみたいだ。


「行こう。朝までに3人見つけないとな」



 それから人魂を追って俺たちは暗い山の中を進んだ。光源が周囲を仄かに照らしてくれるのはいいが、それが真っ暗の時よりも余計に暗闇の不気味さを醸し出している。周囲の木々や茂みの裏から何が飛び出してくるかもわからない。そんな恐怖が脳内に漂う。


 山道の分帰点に着き、獣道のような狭い小道に人魂は進んだ。森から道に飛び出した草木が肌を掠める。


 しばらく進んでその道中、人魂の動きが止まった。空中で漂ったまま進む気配はない。この近くにお目当ての誰かがいるのかもしれない。俺は周囲に聞こえるように叫んだ。


「おーい! 誰かいるか―!? シラヌラ―!?」


 ……………………返答は……


「……リクマかい? こっちだ。下だよ」


 森の右下の方から聞こえた。この声は、杏ばあさんの声だ。


「――杏ばあさん!? 待ってろすぐ行く!!」


 道の右側は草木が薄くなって、急な斜面になっていた。この斜面の下、しかもそれほど遠くないところから杏ばあさんの声がした。だが人魂の光が届かず、斜面を見下ろしても暗闇しか見えない。


「どうするか……」

「ユウ、これで照らしてみよう」


 振り返るとマナが、手に燃える人魂を掴んでいた。鷲掴みだ。


「それ掴めるのかよ…………熱くないの?」

「全然」


 マナは何食わぬ顔で一歩前に出て、下を人魂で照らした。


 2メートルほど下まで斜面が続き、下には斜面を背に座り込んだ杏ばあさんがいた。見上げる杏ばあさんは突然の強い光に目を伏せる。


 俺は斜面を滑り降りた。人魂を手にしたマナも後に続く。


「杏ばあさん、無事か?」

「リクマ、春野、アンタらも来てたのか」


 杏ばあさんの脚を見ると、膝の下から足首にかけて大きい裂傷があった。血は出ていないが、代わりに黒い液状の墨みたいなものが(にじ)み出ている。見るからに無事ではなさそうだ。


「どうしたんだよその傷。トンネルを出た時からいなかったけど何があったんだ?」

「トンネルを出た時からいなかった? そりゃこっちのセリフだよ。あたしはトンネルを出たら自分一人になってたのさ。それから蜘蛛みたいな化け物に襲われてね」

「バケモノ!?」

「ああそうさ。それで老体に鞭打って必死こいて逃げてたら奴に足を引っ掻かれちまってね。それがこの傷さ。あとは突き飛ばされてここに落とされて、それ以降はなぜか襲ってこなくてどっかに行っちまったよ」

「よ、よく生きてたな」


 蜘蛛の化け物とはおそらくシラヌラを襲っていたあいつ、夕蛇が手の付けられない妖と言っていた存在だ。そんな化け物に襲われて生きてるとか、なんてタフな婆さんなんだ。幽霊だから、生きているという表現も適切じゃないかもしれないが。


「その蜘蛛の化け物って長い尻尾が生えてたか?」

「さあね。暗かったし振り返る余裕もなかったから知らないよ」

「そっか……。とにかくここを出よう。日の出までに全員トンネル前に集まらないとここから出られないんだ。この世界は時間の進みが少し早いみたいだしあまり時間がない」


 俺は周りを見回した。ここは周囲を低木で囲まれ、地面に空いた穴みたいにどこからも出られない。出るなら2メートルの斜面を這い上がるしかないが、幸いにも斜面上には太い木の根がとび出していて、それに手足をかければ這い上がれそうだ。


「行こう杏ばあさん」

「いいや、あたしぁ無理だよ」


 首を横に振った。だが、無理だと言いつつも木の根を掴んで這い上がろうとする。しかし足を掛けたところで、


 ――ズザァッ


 斜面を滑り落ちた。バランスを崩した杏ばあさんを支えようと咄嗟にマナが手を伸ばした。だが、マナの手が杏ばあさんの体をすり抜けた。


 2人は幽霊同士なのに、体がすり抜けた。


「――えっ? なんで?」


 俺は理解できなくて声を漏らした。杏ばあさんが地面に転倒する。


「…………な、言っただろ。この脚の傷を負ってから体に力が入らなくて上がれないんだ。それに――」

「き、傷のせいで私たちの体が透けたのかも。普通幽霊は傷なんて追わないから、その傷には何か特殊な効果が宿っているのかも」


 (がら)にもなく少々取り乱したマナが杏ばあさんの声を遮って続きを代弁した。たしかに自殺紛いのアピール常習犯のシラヌラが怪我をしたところは一度も見たことがない。


「ああ……そういうことさね。だから春野に引き上げてもらうことも出来ない。当然、人間のあんたにもね」

「えぇ……じゃあどうすれば…………」


 杏ばあさんがトンネルまで来れなかったら俺たちは一生この世界に囚われる。


「安心しな。ひとつだけ方法はある。幽霊ってのは普通は傷を負わない。だから、霊が受ける傷ってのは少し特殊なのさ。大体その傷を受けた原因の根本を潰せば傷はすぐに消える。今でいう傷の根本ってのは――――わかるだろ?」


 まさか、ありえない…………


「…………蜘蛛の化け物。俺たちがあの化け物を倒してくればいいってことか」

「そういうことさ。そうすりゃあ傷も治ってあたしゃ自力でここを上がれるさ」


 不敵な笑みを浮かべる杏ばあさん。絶対無理だろ。化け物を倒すってどうやってだよ。


「簡単に言ってくれるなよ。それに、ほんとに自力で上がれるのか?」

「舐めるんじゃないよ。あんたは自分の心配をしな。あんた等が化け物を狩ってこなきゃあたしらはここでお陀仏さね」


 顔をしかめて『(かつ)!』の顔になる杏ばあさん。勝機は無いに等しいけど、腹を括るしかない。


「はぁ、行くしかないか………………行こうマナ」

「うん」

「行ってきな。奴は見た目に反して走るのはそんなに速くない。あんた等ならやれる。この穴蔵から健闘を祈ってるよ」


 気合を入れてくる杏ばあさんに俺たちは背を向け、斜面を這い上がった。獣道に上がり、近くに転がっていた長い木の枝を道を塞ぐ向きで地面に置いた。杏ばあさんがいるところの目印だ。


 マナが握っていた人魂を解放する。人魂は宙に浮き、移動を始めた。探し人の元へ、コマルかシラヌラのいる場所まで導いてくれる。


 2人と合流するのも俺たちの任務だ。その道中であの化け物に出くわしたら、戦うことも覚悟しておこう。


 俺たちは再び人魂の追跡を始めた。


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