16. 蛇の女
pixivでキャラのイラストを投稿しています→ https://www.pixiv.net/users/73175331/illustrations/%E3%81%82%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%81%AF%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AB
山小屋で少し時間を潰した後、シラヌラたちと合流するために山小屋を後にした。春野……マナと共に来た道を引き返し、蕪山手前の集落に入る。
集落に入ると、道に沿って空中を動く黄色い明かりが見えた。俺たちは咄嗟に民家の陰に隠れる。あれはおそらく懐中電灯の光だ。しかも複数、20くらいはある。
列を成して動く黄色い光は俺たちから遠ざかる方向に進んでいた。それに気づき、俺とマナは足音を忍ばせてバレないように光を尾行した。
光に近づくと薄暗い中に懐中電灯を手にする人の集団を捉えた。20人くらいの集団。中にはまだ幼い子供や老人など様々な年齢層がいて、家族連れや老夫婦等の2、3人のグループを成して歩いている。進む方向は蕪山方面。俺たちの行き先と同じだ。
この集落の人間か。あるいはそれ以外か。遠くの暗闇の中に光源は懐中電灯のみだから服装や人相まではわからない。
奴らに見つからない方がいいと俺の直感が警報を鳴らした。ゆえに追い越すことも出来ず、俺とマナはバレないように隠れながら後を追った。草木が伸び放題の民家の敷地や年季の入った乗用車の裏などに移動しながら、集団と一定の距離を置いて進む。
やがて蕪山の麓、山の奥へと伸びる道まで戻ってきた。集団は歩を止めずに先へ進んで行く。
脇には慰霊碑がある。シラヌラと合流しようと約束した場所だがあいつらの姿は見当たらない。化け物がシラヌラを襲った際になぎ倒された木々はそのままになっている。
シラヌラとコマル、それに杏ばあさんはどうなったんだ。
わからないが、俺たちは集団を追って山の中に足を踏み入れた。この集団について行けば何か状況が進展するかもしれない。
山に入り、夜闇で真っ暗な森の中を、先導する集団の黄色い明かりだけを頼りに進んだ。背後は暗闇。明かりを見失えば暗闇の中に取り残されて身動きが取れなくなる。そんな恐怖に苛まれながら明かりになるべく近寄りたい気持ちを抑えつつ、明かりと一定の距離を保って歩いた。
山道の分かれ道を、狭い方には進まなかった。そして、あの寺に辿り着く――――蕪山慄命宗御這光寺。
山門にはそう記されている。懐中電灯の集団は巨大な山門の奥へ入っていった。
奥を覗くと、本堂の前に集まっている。俺たちも山門を通って行ったらさすがに見つかりそうだ。
俺とマナは顔を見合わせ、俺は声を小さくして告げた。
「森の中から回り込んで、草むらの陰から様子を見よう」
小さく2回頷くマナ。彼女を引き連れて、山門の脇の森に入って草むらをかき分けた。極力物音を立てないように慎重に、回り込んで本堂前の集団がなるべく近くで見える位置まで移動する。手前にある仏堂が多少視界を遮るが、観察対象の集団が見えなくなるほどではない。
今更気づいたが、本堂も仏堂も、俺の知っている真新しいものではなく年季の入った木製の建物だった。建物の配置は変わらないが、仏閣は今にも朽ちて崩れそうなほど古めかしい。
俺たちは位置について、集団を陰から眺めた。
集団は本堂に向かって両膝をついて拝んでいるようだった。必死に、何度も頭を上げては下げてを繰り返している。
服装は質素だが、現代のシャツやズボンなどの洋服を身に着けている。子供から大人まで、なるべく金をかけない服装をしている。
「ユ――さま。オユ――しくだ――い」
なにを言っているのかは聞き取れない。皆同じようなことを口にしている。神に懇願するような声色だった。
本堂の手前には2体の蛇の姿をした像が石造りの歩道を挟んで立っており、その間に大きめの黒い食膳のような台がある。後ろからやってきた1人が、本堂の前の台に白い包みと大きめの白い皿を置いた。その人が引き返すと入れ替わるように今度は子供と大人が前に出た。2人は親子かもしれない。
子供は台の前に立ち、両手を皿の上に出した。親は子の隣に腰をかがめる。そして子供の手を取る。
――パチンッ、パチンッ
弾ける音が響いた。子供の指先に添えられた親の手とその音から、爪を切っているのだとわかった。子供の矮小な爪の破片が皿の上に落ちる。
その間、親はずっと低い声で呪文のような言葉をぶつぶつと呟いていた。子供は固まっている。
俺はこの光景に物凄い嫌悪感を覚えた。見ているだけで鼓動が速まって動悸がしてきそうになる。
爪切りが終わり、今度は別の親子が入れ替わるように台の前に位置した。次の子供はぼさぼさの髪が肩の高さよりも伸びていて、体は服の上からでもわかるほど貧相だった。半袖のシャツから覗く腕は木の枝のように細く、足は皮と骨しかない。栄養失調で極限状態、足取りは左右にフラフラと頼りない。
子供は膝に手を添え、お辞儀をして首を垂れる。腰を深く折り曲げて、長い髪の先が皿の上に着地する。親は金属質の光る道具、大きいハサミを手にして、子供の頭に向けた。
刃先を毛束の中に潜り込ませて豪快に、髪を根元から伐採し始める。長く太い毛束が皿の上に積もっていく。
散髪が終わり、子供が歪な坊主頭のシルエットになったところで台の前から引き返した。
それから何人かの親子やそれ以外の人たちが順番に髪や爪を切り落とした。全員が終えたようで、最後に一際声を張り上げて懇願する。
『ユウダ様! どうか私たちをお許しください!! 31日にかえしてください!!』
山中に響く切迫した声で泣き叫ぶ人たち。特に年寄りはそうで、子供たちは状況に怯えて萎縮しているように見える。
儀式のようなものは終わり、集団は来た時と同様に列を成して山を下って行った。
人が消えて静まり返る境内。茫然として集団について行くのを忘れ、明かりもなく周囲は真っ暗だ。境内の中だけは辛うじて月明かりで周りが見える程度。
――ユウダ様、って誰だ? それに31日に帰してって…………
集団は誰に何を願っていたのか。わからないまま草むらから境内に出る。
月明かりの下、本堂前に置かれた台にマナと共に近寄った。
台の両脇にある蛇の像はそれぞれ腕が一本だけ生えていて、両方とも夜空を見上げている。台の上には置かれた白い包みと、皿の上には大量の髪と爪が盛られている。ついさっきまで人の体の一部だったものだ。
改めて近くで見ると本当に気持ち悪い。黒い毛束の中に白い爪の破片が飛び散っており、皿の上に乗っているせいで何か料理の一種のようにも思え、それが余計に胃の中を酸っぱくさせる。
「――――美味そうじゃろ?」
「――ッ!?」
突然、正面の本堂から声がした。色気のある女性の声だ。
顔を上げると、本堂正面の障子が開いていた。その奥、畳の間に、座布団の上に座る女がいた。膝を崩して右側にある肘掛けに体を預ける姿勢で楽にしている。左には台の上に木魚や葬儀に使いそうな道具が散乱している。
女は髪も着物も肌も、すべて真っ白。例えるなら雪女がちょうどいい。だが、瞳は毒蛇のように真っ赤だ。白い髪は畳の上に垂れるほど長い。着物は大きめのものを着ているようで、裾はかなり余り首元は露出されている。
以前にマナとここに来た時、わずかに開いた障子の奥に見た白いなにかの正体はこの女で間違いないだろう。
女の両脇には同じく全身真っ白で髪はおかっぱの少女が2人仕えていた。女の側近だろう。
気が付くといつの間にか、俺たちの周囲には白い死に装束を着た人間や、赤いぶつぶつした肌や、猿の姿をした化け物に囲われていた。明らかに人間ではない、幽霊や妖怪だ。完全に包囲されている。
――これは…………マズいな…………
俺は不安と焦りを覚え、されど逃げ出すこともできずに立ち尽くした。
「我は夕暮れの蛇、名を夕蛇という」
夕蛇と名乗る白い女が歯を見せて微笑んだ。真っ黒に染まった歯が赤い唇の隙間から垣間見える。
この夕蛇も、明らかに人間とは違う異質さを放っていた。人と違うというより、人より上の存在。
意外にもマナは冷静に夕蛇の姿を眺めていた。
全身の白と真っ赤な唇と、その間にあるお歯黒のコントラストが薄気味悪さを引き立てている。
「少年、悪いが少し退いてくれるか?」
少年、俺に向かって夕蛇が口を開く。
言葉の意味が分からなかった――――が、背後で気配を感じた。慌てて振り返ると、真後ろに茶色い肌で一つ目の大男が立っていた。