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14. 夏の暮れ

 足を進める靴の裏の感覚で、地面が砂利道ということだけはわかる。それ以外は、トンネルの中は真っ暗闇で何も見えない。まだ入り口から外の光が届く範囲のはずなのに。


 それでも進み続ける。振り返っても暗闇しかない。コマルたちの姿も、春野の姿も見えない。だが、後ろから来るコマルたちの足音が聞こえるのは分かり、それだけが彼女たちが近くにいることを証明していた。


 しばらく暗闇の中を早歩きで進んでいると、突然周りが明るさを帯びた。


「――うッ!…………」


 暗闇に慣れた目が突然の明るさに眩んだが、すぐにその明度に目が慣れる。


 周囲を見回すと、元の場所に戻ってきていた。深い森の中、俺たちはトンネルの入り口から外に出たところだった。


 しかし、空が赤い。見上げると、日差しの陰となって黒く見える木々の葉の隙間から情熱的な赤が見える。いつの間にか日が傾いて空は夕暮れに染まっていた。さらに、さっきまでは水分に富んでひんやりとした空気だったが、今はひどく蒸し暑い。その上、遠くでは微かに蝉の鳴く声すら聞こえる。まるで夏の暮れに季節が逆戻りしてしまったみたいだ。


 俺の前には春野が、後ろにはコマルとシラヌラがいた………………杏ばあさんの姿が無い。


「あれ? 杏ばあさんは?」


 俺が聞くと、


「え…………おばあちゃん!?」

「んあッ!? いなくなってヤがる!!」


 コマルもシラヌラも今更気づいて慌て始める。2人は杏ばあさんに手を貸して一緒に移動していたからはぐれるはずもないのに。


「トンネルの中ではぐれたのかもしれねぇ。ちっと見てくるぜ!」

「私も!」


 そう言ってコマルとシラヌラは振り返った。俺もトンネルに引き返そうとする。だが――――――


 ――暗闇のトンネルを前にして俺たちは足を止めてしまった。トンネルの奥は真っ暗で何も見えないが、なにか近づきがたい嫌な重圧を感じる。黒い人影が追ってきているのか。それとも別の何かによるプレッシャーか。いずれにせよ、静かな森の中で重くのしかかるような圧力のせいで、とても引き返そうという気にはなれない。


 杏ばあさんを探しにトンネルに戻るという決断を俺たちは下せなかった。


「や、やめとこうか…………」


 沈黙の中、俺が声をかけると2人は小さく頷いた。



 それから春野も含めた4人で山の中の道を引き返した。大量にいた黒い人影の姿はどこにもない。


 空は赤く、木々に覆われた森の中は暗い。そして暑い。どこか別の世界に飛ばされてしまったようだった。


 杏ばあさんの行方もわからないまま歩む。薄気味悪い感覚の中、俺たちはただ進むことしかできない。山中の道は細い獣道となり、そして再び広い道になる。


 しばらく進むと俺たちは蕪山の(ふもと)まで帰ってこれた。見覚えのある慰霊碑が隣にあり、道の先には田舎の集落が広がっている――――――心なしか先程よりも住居の数が増えていて、どの住居も先程見た時よりは廃れていない。


 さらに周りを見ると、集落は赤く染まった山々に囲まれていた。だが、赤いのは紅葉のせいではなく、夕日の赤に染まっているからだ。近くの木々を観察すると葉の本来の色は深い緑色だ。


 俺は確信した。ここは明らかにさっき俺たちが通ってきた集落ではない。


 トンネルの出口を抜けて別の集落に辿り着いたのか。いや、それはない。俺たちが通ってきた廃村や山道とあまりにも造りが似すぎているし、紅葉していないことや、気温から考えても季節が変わっている。


 じゃあここは何なのか。それはわからないまま俺たちは歩を進めた。


 俯いてそわそわと落ち着かない様子の春野。この状況に困惑しているんだろう。気を遣って俺は明るく声をかけた。


「大丈夫か春野? ここはどこなんだろうな…………けど、きっとなんとかなるって!! 杏ばあさんとも合流できる!!」


 ――ピタッ


 春野が足を止めた。


「ん? どうした?」


 俺も、後ろにいた2人も足を止める。


 春野の後ろ姿をよく見ると、体が震えていた。


 集落の中、ぬるいそよ風が吹いて春野の黒髪を揺らした。そして彼女は――――再び走り出した。俺たちを置いて、一人勝手に。


「あっ! またかよ! 待てよ!!」


 俺の制止の声を当然彼女は聞かない………………これで何回目だろうか。こういうの。


 春野を追いかけようとすると、


「いやです! 私戻ります!!」


 コマルが声を荒らげた。振り返ると瞳が潤んで頬を紅潮させたコマルがいた。シラヌラと何か話していたらしい。


「戻るってオメェ…………ほら、春野も行っちまったし」

「でも! トンネルのとこにおばあちゃんいるかもしれないし、放っておけないです!!」

「戻っても杏ばあがいる保証なんて――――っておぉい!!」


 ぐずったコマルは踵を返し、来た道を走って引き返してしまう。


 春野とコマル。2人は正反対の方向に走っていく。


「おぃおいどーすんだリクマァ!」

「どうするって………………」


 俺は一瞬考えた後、答えを出した。


「こんなとこで一人にするわけにはいかない…………シラヌラはコマルを追ってくれ。俺は春野を連れ戻す。さっきの慰霊碑のところで落ち合おう」


 得体の知れない場所で別行動をするのは得策ではないが、春野とコマルを一人にさせないためにはこうするしかない。これが最善だ。


「シラヌラ、気を付けろよ。この場所、何があるかわからない」

「ぁあ、お互いになァ……」


 俺とシラヌラは互いに背を向けて走り出した。俺は春野を、シラヌラはコマルを追う。


 少し進むと、後ろから木々がなぎ倒されるような轟音が響いた。何事かと思い振り返ると、コマルを追って走っていったシラヌラが本来いたであろう蕪山の麓、慰霊碑の近くに――――――全身真っ黒の化け物がいた。


「――………………は?」


 球体の体に太い足が無数に生え、後ろには蛇のような長い尾が生えている。巨大な蜘蛛に尻尾が伸びたような化け物だった。体長はおおよそ縦に4メートル、横は尻尾も含めたら10メートルはある。


「な、なんだよあれ………………」


 俺は頭が真っ白になった。


 唐突に現れた化け物。どこから現れたのか知らないが、突進して付近の木々をなぎ倒したようだ。シラヌラに襲い掛かって。


 化け物の太い体躯の奥にシラヌラの姿が見えた。辛うじて化け物の襲撃を回避したようで普通に動いてはいるが、酷く取り乱している。シラヌラが山道を上の方に走って逃げると、化け物もシラヌラを追いかけていった。


 化け物が遠ざかっていくと再び静寂が訪れる。


「……………………」


 俺は恐怖で立ち尽くした。


 ――何なんだよあの化け物は…………シラヌラはどうなったんだ。それにコマルは、春野は、


 すべてわからなくなり、俺は疑念と恐怖を原動力に走った。春野を見つけるために。


 ここはどこなのか。何故あんな化け物がいるのか………………思い返せば、俺たちは春野に導かれてこんなところにきてしまったような気がする。


 最初からおかしかった。紅葉を見るためだけに蕪山にわざわざ訪れる必要はなかったし、それに、春野が一人で先走るせいで俺たちは分断されてしまった。黒い人影の襲来があったとはいえ、春野がみんなとペースを合わせていれば杏ばあさんとだって別れずに済んだかもしれないのに。


 俺の中で春野に対する疑念が生まれた。俺たちは彼女にここまで連れてこられ、そして分断させられたのか…………いや、クラスメイトの幽霊のうわさ話を踏まえると、連れて行こうとしたのは俺たちではなく、唯一の人間である俺一人だけ、かもしれない。


 …………………………でも、それは多分違う。俺はこれでも春野と信頼関係を築いていたつもりだし、彼女がそんなことをする幽霊ではないと信じている。だとすれば、意図もなくただ一人で身勝手に突っ走る春野に今度は怒りの感情が湧き上がってきた。


 とにかく、いずれにせよ春野を一度問いたださないといけない。彼女に抱いてしまった疑念を晴らすために。


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