1. 視線
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瞳と目が合った。白目は鈍く淀んでいるが、白目の中央に浮かぶ翡翠色の瞳は光を帯びて綺麗に澄んでいる。混沌とした世界で一縷の希望を捨て切れないでいる、そんな目だ。
翡翠色の目、しなやかな黒い長髪の少女はすぐに目を逸らした。
高校2年生の9月中旬。夏休みが明けてしばらく経った頃。未だに真夏の猛暑は続き、蝉の声も衰えることを知らない。
ここは地方の田舎の高校。周りは山と田んぼと、一世代前の少し古さを感じる住宅街に囲まれ、付近にあるコンビニやドラッグストア等の小売店や飲食店の数はすべて合わせても頭の中で数えられるほどしかない。生徒たちはバスか電車、あるいは自転車で通学する。
俺は今日、遅刻して2限目からの出席だった。そんな2限目の古典の授業中、俺は彼女と目が合った。斜め前の奥の席、廊下に接する端の席の彼女と。
俺の席は窓際の一番後ろ。俺たちの視線は窓から廊下へと、教室を横断した。
なぜ彼女は授業中にもかかわらず後方にいる俺に視線を送ったのか。それはおそらく古典という、社会に出ても実用することはほぼないであろう知識の学習にイマイチ関心を持てず、授業に集中できていないからだろう。俺から目を逸らした後も冷めた真顔でシャープペンの先端をいじって退屈そうにしている。かくいう俺も同じく、授業に集中できずにずっと教室を見回していた。だからこそ彼女と目が合ったんだ。
いや、それより、そんなことよりも重要なことに俺は気づいた。それは、彼女は――――――あいつは幽霊だということ。
昨日まではこのクラスにはいなかったのに、彼女はここにいるのが当たり前かのようにこのクラスに馴染んでいる。今日になって突然、あいつは現れたんだ。にもかかわらず他のクラスメイト達は全く彼女の存在に気づいていない様子。それが、あの女子生徒が幽霊だと確信した理由だ。
思えば彼女は幽霊だから古典に、というより授業に熱が入らないのも当然だ。幽霊が勉強なんかしてもしょうがない。
彼女が転校生という可能性も否定できる。たしかに俺は遅刻して朝礼の時間に教室にいなかったから、彼女が転校生として担任に紹介されていたところを見逃したとも考えられる。だが、もし彼女が転校生ならクラスメイト達がもっと興味を示したり、男子生徒たちの視線が彼女に向けられているはずだ。それくらい綺麗な髪と端正な顔立ちをしている。しかしそれでも、彼女を気にかける者は一人もいない。
俺は窓の外の景色に目を移した。学校の外、真夏の暑さに茹だる住宅街の一角、民家の石垣の前。そこで一人、立ち尽くして泣いている少女がいる。背丈を見るに歳は10歳くらいで、サイズが合ってないぶかぶかの青いオーバーオールを着ている。少し茶色がかった髪色で、頭の左右上部には髪を丸めて固めたお団子ヘア。前髪は一部だけ三つ編みになっている。
あの少女はいつも、毎日あそこで同じように泣いている。幼気な声を上げ、両手の甲で溢れる涙を拭って、永遠と………………アレもまた幽霊だ。毎日登下校する多数の学生が傍を通るが、誰もあの子の存在には気づかない。気づいているのは俺と、アイツだけだ…………
それから、黒髪の彼女とは一度も目を合わせることなく授業を終え、何事も無く時は進み、終礼を終えた。放課後。生徒たちは部活動に勤しむか、学校に残って友達と駄弁るか、もしくはすぐに帰宅するか。そういう時間になった。
俺は部活動はやっていない。学校に残って友達と駄弁るタイプの生徒だ。親友が待つ学校のプール裏へと向かう。
一度学校を出て、学校の敷地を取り囲うフェンスに沿って学校の裏に回り込む。校外は程よく間隔を空けて木々が立ち連なる森になっていて、フェンス沿いの獣道を進む。プールの裏付近に着くとそこは開けた空間になっていて、ここで俺たちは時折集ってくだらない話をして時間を潰す。
真夏の炎天下を避けるように、木陰の下の岩に腰を下ろす親友の姿があった。
「またお前の方が早かったなぁ! 猛斗!」
いつも待ち合わせで俺より先にいるタケト。俺は夏の猛暑を振り払うように声を張り上げた。
それに応えて手を上げるタケト。逆立った金髪の高校生。血気盛んな顔立ちが、クシャっと目を細めて笑う。この高校で金髪は校則違反だが、こいつはそんなことは気にしない。
「お前が俺より先に来たことなんて一度もないだろ? 遊」
「そんなことない。一回くらいはあるって」
「そもそも約束忘れて来ないこともあるし、時間に遅れてくるのはざらだし」
「まあ許せ。それも愛嬌ってことで」
「自分で言うな!」
そう言ってタケトは笑いながら俺の額を小突く。
そうして俺たちはいつも通りくだらないやり取りをして、そして今日は、2限目の授業で見た幽霊の話をした。
今日になって突然、その霊は現れたこと。長い黒髪と緑の瞳。不気味さもあるが、それを打ち消す容姿端麗な出で立ちのこと。
タケトも俺と同じで幽霊の姿が見える。だからタケトも、学校の外でいつも泣いている子供の幽霊のことを知っている。そういう共通点もあって、俺たちは最近見た霊のことをよく会話のネタにしていた。
「…………っていう感じで、また今日も見てしまったってわけだ」
一通り話し終える。すると、
「――――ッ!?」
なにか、嫌な視線を感じた。体中が拒絶を示すような嫌悪感に包まれる。
感じた視線の方に目を向ける。
学校のフェンスの向こう側。誰もいない静寂に満ちたプールがあり、その奥にはプールの管理制御室がある。その年季の入った制御室のさらに向こう側、4階建ての校舎の4階の窓――――――彼女がいた。長い黒髪と緑の瞳、あの幽霊だ。
生気のない冷たい目で俺のことを凝視している。俺が気付くと彼女はまた、初めて会った時と同じようにすぐに目を逸らし、立ち去ってしまった。
「…………何なんだアレ。気味悪いな…………」
霊がよく見えると言っても、理解できないものへの恐怖心はなくなったりしない。
俺が茫然と校舎に目を捉われていると、タケトが興味深そうに尋ねてきた。
「あれが今の話の幽霊か?」
「そう」
返答を聞くと、タケトは微笑み交じりで続けた。
「じゃあさ、あの幽霊のこと調べてみろよ」
「は!? なんでだよ?」
想定していなかったタケトの提案に思わず面食らった。わざわざ自分から霊に近づくなんて嫌だ。幽霊に関わったってろくなことにならない。以前に、霊に近づいたせいで襲われたこともあったような気がする。
俺はやんわりとタケトの提案を断る。
「別にそんなことしなくていいだろ。たしかに綺麗な子だけど、幽霊なんて珍しいものでもな――――」
「――いいから、調べてみろって。あの子のこと」
俺の言葉を遮ってまで、再度念を押してくるタケト。タケトの意思が強く俺に向けられる。
目を細めたいつも通りの笑顔なのに、いつも通りの朗らかな振る舞いなのに、出で立ちからはいつになく熱意がこもっているように感じる。普段はこんな真剣な態度を取ることなんて全く無いのに。
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