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Act.06 人形の願い

「みなさーん! お昼ご飯、できましたよー!」


 副リーダーであるミライの声が、アジトの中に響いた。

 それを聞いて、メンバーたちは賑やかに階下の大広間へと向かう。


 その途中で、ミカエルは窓の外を眺めている桜散(サチ)を見つけて、何となく声をかけたのだった。


「あれ……? さっちゃん、ごはん食べないんですか?」


 そういえば、桜散がご飯を食べているところを見たことがない。

 そう思いながら問うミカエルは、いつの間にやらすっかりこのレジスタンス、“I'll(アイル)”に溶け込んでいる。


「はい。……ああ、みっくんは知らないのでしたね」


 フィーネがつけたミカエルのこのニックネームも、どうやら定着してきたらしい。

 新人が入ると、その都度説明しなければならないのがセオリーであり、面倒なところだ。

 特に、訳ありなメンバーが多いこのレジスタンスでは。


「知らないって……何を、ですか?」


「……私、ヒトじゃないんですよ」


「……え?」


 首を傾げたミカエルに、桜散は突拍子もないことを言い放って微笑んだ。天使は大きな青目を丸くする。


「“人形”……という存在はご存じですか?」


「えっと……少しだけなら。本で読んだこと、ありますけど……」


 ——“人形”。ヒトならざる存在。

 不老不死であるが、ヒトと同じ生活ができぬ、世界の異端者。

 誰が、なんのために製造したのかもわからない、ヒトの姿をした……——


「私、それなんですよ。“人形”と呼ばれる……(ことわり)に反した存在なんです」


 桜散は少し悲しげな笑みで、再度窓の外へと視線を移した。


「……え……っ!?」


「私、本当はもう死んでいるんです。ずっとずっと昔に。

 だけど……私が死んでも、私の事をずっと想ってくれた人がいました。

 ……“人形”という存在は、死んだ人の事を想い続ける人が生んだ、いわゆる思念体。死人の魂が入った、ただの『器』。

 血が通ってない、疲れない、食事を取らなくても良い……そして、死ぬことができない。

 自然の摂理から離れた、ヒトの営みも出来ないモノ。

 ただそこに()るだけの、ヒトと違う存在……」


「さっちゃん……」


 亡くなった者を強く想う者が生んだ存在。

 しかし原理は未だ解明されておらず、強い魔力を持った者が強い想いを抱けば、死者は“人形”として生まれ変わる、とも言われている。

 なんにせよ、“人形”の数自体があまりにも少なすぎて、ほとんどのヒトはおとぎ話や空想としか捉えていないのが事実でもあったし、ミカエルが読んだ本もまた、その類いのものだった。

 哀しそうに説明をする桜散の表情を見て、ミカエルは何も言えなかった。


「“人形”は、死なない。死ねない。その点では確かに不老不死、とも言えますね。

 しかし、その“人形”を創ったヒトなら“人形”を壊すことによって、“人形”に二度目の死を与えることができるのです。

 ……その制作者以外には壊せないのが欠点ですが」


「……その……さっちゃんを創ったヒトは……?」


「死にました。ずっとずっと昔に……私を置いて」


 天使の問いに、彼女はいっそ穏やかすぎるくらいにあっさりと答えた。ミカエルは息を詰める。それは、つまり。


「っじゃ、じゃあ、さっちゃんは……!!」


「ずっと、彷徨う事になりますね。この世界が終わるまで……ずっと」


 そう言って、桜散はまた笑った。綺麗に、哀しげに。

 ミカエルは思わず溢れた涙を拭う。

 同情でしかなくても、彼女に何も出来ない自分を理解していても、ひとりぼっちになってしまう彼女が悲しかった。

 ひとりぼっちにしてしまう自分が、歯がゆかった。


「……さっちゃん」


 辛いなら、泣いてください。

 そう言いかけた天使の言葉は、しかし彼を呼ぶ声にかき消されてしまった。


「みっくーん! ご飯さめちゃうよー!」


 よく通るその声は、ゼノンだった。大広間から彼を呼んでいるようだ。


「あ……は、はい!」


「いってらっしゃい、みっくん」


 慌ててそう返事をして、ミカエルは気遣うように桜散を伺う。

 しかし彼女はみんなの元へ向かうよう促して、その小さな羽の生えた背を押した。

 天使は彼女に一礼して、とてとてと走り去っていく。


「ふふ……元気ですね。礼儀正しくて、とってもいい子」


 こんな私のために、泣いてくれるなんて……。

 走る度にふわふわと揺れる白い羽を見つめて、桜散は心があたたかくなった。

 願わくば彼が、自分やカルマ……“I'll”のメンバーにとっての、希望の光となりますように。

 身勝手な願いとわかっていても、桜散はそう祈らずにはいられなかった。


「……わたしは死ねない。ですが、世界には神を殺す者がいると言います。

 その方なら、きっと……」


 微笑んだまま呟いた切なる言の葉は、“女神(かのじょ)”へと届く悲鳴となって……――



 Act.06:終

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