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「あの、もう二つ聞きたいことがあります」

「なにかな?」


 銀狐の化けの皮を被り直したらしいロランが、澄まして答える姿勢になってくれた。


「専属事務官、なんですよね? メイドになる、というのは、なぜでしょうか」

「ああ。君は身分証がないから町から出られないと言ったね?」

「はい」

「貴族のメイドなら、すぐに身分証が作れるんだ」

「……なるほど」

「名前は、キーラのままで良い?」

「はい!」

「王都に入るまでは、私の専属メイドになる。その後、騎士団長専属事務官として、登録する」

「……わかりました。でも朝、王都に連れていく、て」

「うん。ここの屯所は簡易施設で身分証は発行できないから。大きな町に行ったら手続きをするよ」

「そ、ですか」

「もう君を連れていくって話してあるから、大丈夫だよ……あ、なにか思い残していることはある?」



 老夫婦の笑顔が、脳裏をよぎった。



「いえ」

 貧乏で、形見も何もないから。思い出だけ持っていこう。

「で、あと一つは?」

「あ、マスターとかは、どうなりますか?」

「へえ! 君を信じてくれなかったのに、気になる?」


 悲しかったけれど。

 あの腕輪を見せられたら、仕方なかったのかもなと思う。こんな田舎の小さな港町で、宝石なんて見る機会はないのだから。

 マスターの悲しそうな顔だけで、十分と思うことにしたのだ。

 

「……」

「ふふ。マスターはお咎めなしだよ」

「よかった」

「ただあの娼婦は、王国騎士団副団長の目の前で一般市民に冤罪をなすりつけた、と明日事情聴取へ行くことになっている。まあ、逃げるだろう」

「……そう、ですか」


 あのたくましさなら、逃げてもどこかでしぶとく生きていくだろう。


「ふん。俺は、悪い奴には、絶対にその罪が罰になって返ってくると信じている」

「ヨナさん?」


 背後で、ヨナが怖い顔をしている。


「悪いことをして、のうのうと生きるなんて、許さねえ」


 びり、と空気が震えた。

 何をそんなに怒っているのだろうか。


「ヨナ、キーラが怖がっちゃうよ」

「ん? ああすまん」

「あ。そうだ。ロラン様は副団長。ならヨナさんは?」

「あ? あー。言ったろ、友達だ」

「ふーん」

「しがない、船乗りさ」

「それは……多分嘘だけど、そういうことにしとくね」

「嘘? なぜそう思う?」


 ヨナを改めてじっと見つめる。


「なんとなく。身体の使い方とか?」

「お……もしかして誘われてんのか? 俺」

「はあ!?」

「ぶふふふふ! キーラ、気を付けた方が良いよ。()()()()()()では僕より危ないよ、ヨナは」

「もう口きかない!」

「おお、一瞬で嫌われた! ははっ、乙女だなあ、キーラ。安心した」

「なにが!」

 

 今度はヨナが、じっと見てくる。


「今まで、好きな男や恋人は、いたか?」



 ――ぎょわわわわわあ!!



「いない! 忙しくて、余裕なくて、そんなっっっ」

「ふはは。――良かった」

「なにが!?」

 

 ヨナが、ぼりぼりと頭をかいて言う。


「港の男は、悪いやつが多いからさ。引っかかってたらかわいそうだなって思って」

「ご心配どうも! ご心配無用!」

「わはははは! ひー! ひー!」



 ――また、化けの皮が剝がれてる。



「あーおもしろかった。ふふ。キーラ、女将さんに軽食頼んであるから。それ食べて今日はゆっくり寝なよ。疲れたろ」

「えっほんと!? ……ですか?」

「いいよいいよ、人がいない時は言葉遣いとか気にしないで。人がいる時は」

「はい。化けの皮を被りますね」

「ええ~~~」

「ぐはははは! 言うなあ!」

 

 ガクンと落ち込むロランに、爆笑するヨナ。こんなに綺麗な顔しているのに、中身が残念とかちょっと、いやかなり面白い。


「お言葉に甘えて。今日は本当に色々とありがとうございました。救ってくださって、心から感謝しております」

「うん」

「おう」


 たっぷりお辞儀をしてから、部屋を出た。――女将さんのところに行くと、笑顔で軽食の入ったバスケットと、部屋の鍵を渡された。


「この着替え、頂きました。ありがとうございます」

「いえいえ。大変だったねえ。ゆっくりおやすみ」

「はい!」


 

 宿屋の部屋は、食堂二階の自室よりもずっとずっと、良い部屋だった。

 


 ――静かだな。

 いつもなら、階下から響く話し声や歌声を聞きながら眠るんだけれど。もう、それはなくなったんだ。


 

 清潔なシーツにくるまって、少し泣いてから、眠った。



お読み頂き、ありがとうございました。

ひとりになると、込み上げてくる。

そんな時、ありますよね。

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