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レナートとボジェクが演習場に降り立つ。
私の心臓は、壊れそうなくらいにバクバクしている。緊張に耐えられなくて、ロザンナの二の腕に抱きついたら「なあに、大丈夫さ」と手の甲をポンポンされた。
「ねえヤンは」
「ん? っこらしょ」
私がロザンナに抱きついたので、ヤンは私の隣に移動してくれた。
「どっちが勝つと思う? やっぱりボジェク?」
「団長が本気出したところ、見たことないからなあ。分からない」
「そっか……」
「でも団長、相当強いよ」
思わず振り返ったら、珍しく真剣な目で前を見ていた。凛々しいヤンの横顔は――違和感たっぷりで戸惑う。
「強いかどうかって、見て分かるの?」
「だいたいね。おー、同じ武器選ぶかあ」
レナートも剣ではなく、長い槍を持っている。
「同じ武器の方が良いの?」
「んー? そうとは限らないけど、少将とやるなら――やっぱり槍選ぶかなあ」
「なん……」
で? という質問は、
「では、御前試合の最終試合を行う! 元メレランド騎士団団長、レナート! ブルザーク帝国海軍少将、ボジェク!」
というヨナターンの声に打ち消された。
「では、双方構え……」
ボジェクはにやりと笑い、レナートはいつも通り眉間にしわ。
「はじめ!」
ピィン、と音が聞こえるくらいに張り詰めた空気。
レナートもボジェクも、槍を構えた姿勢のまま、一歩も動かない。
ごくり、と唾を飲み下す音まで聞こえそうなくらいの静寂を、最初に破ったのはボジェクだ。
ざ! と鉄の靴が砂を蹴る音まで鮮明に聞こえる。
「っせい!」
ぶおん、とやはり不穏な音を鳴らして、長槍がしなる。
「っ」
紙一重で、レナートは上体を反らせて避ける。
が、ボジェクは続けざま突く、突く、ぐるりと位置を変えてまた突く。
レナートは右に左に半身を翻し、時にはしゃがんだり、仰け反ったりして避ける一方だ。
演習場全体を使って、レナートは逃げ回っているように見える。
「おらあっ!」
ボジェクは、頭上でぐるりと槍を回したかと思うと、深く踏み込んで、突いた。
レナートはその強力な攻撃の風圧で体勢を崩したように見えた。
が、地面に槍ごと手を突いて器用に身体を回転させ、ボジェクが踏み込んでいる方の脚の――
「しいっ」
膝を、刃先の腹で、打った。
バシィンッ!
「やるじゃねえかあ!」
ぶわ、とボジェクの殺気が溢れ、私はその邪悪さに思わず目をつぶりかけたのに、レナートは口角を上げて笑っている。
「あー、バレた」
「ヤン?」
「少将の古傷。昔、デカい魔獣に脚、食いちぎられそうになったんすよ」
サラッとすごいこと言う!
レナートは、槍を持ち直したかと思うと、下半身を重点的に狙いはじめ、ボジェクの動きも鈍ってきた。
「疲れた……?」
「疲れと痛みっすね。意外と団長、性格ねちこい!」
「へ!?」
「同じ箇所ばっか。ほらまた」
パシン!
と軽い音がするのは、ボジェクの膝に当たるレナートの槍の音だと気づいた。
二人とも、この闘いに熱中している。
そして観客たちも夢中で、食い入るように観ている。
私はなんだか、胸が締め付けられた。
穏やかで、無愛想で。眉間に皺を寄せて書類を睨んだり。温かいお茶を飲んでふっと笑ったりするレナートしか、知らなかった。
私全然、知らなかったよ、レナート。
――貴方もそうやって戦う人なんだね。そうだよね、騎士だもんね。
「あ」
ヤンの声で顔を上げると、ぶお、と再びボジェクの槍が唸った。
連撃が、レナートを襲っている。
キキッ、シルシル、ゴキャンッドコンッ。
キキッ、シュルシッ、ガンッガガンッ。
聞いたこともない音が、私の鼓膜を叩く。
乱れたレナートの薄茶色の髪が、ただただ揺れ動くのを観ている。
バシィンッ!
「ひゅっ」
レナートがボジェクの連撃の隙をついて、膝を強く打ったかと思うと後ろに回り込み、槍の持ち手でその太い首を締めるように羽交い締めにした。
が、ボジェクは。
「うがァァァ!」
咆哮したかと思うと自身の槍を投げ捨て、レナートの両拳の上から拳ごと槍を握り締め、
――ボッ、メキャ
折った。
「ふは!」
後ろに飛びずさり、よろめきながら、レナートは笑う。
ざん、と鉄靴の後ろ足で砂を蹴って、かろうじて体勢を整える彼は、折れた槍を空に掲げ、
「まいったあ!」
大声で、まるで勝ちどきみたいに叫んだ。
その顔は、今までにないぐらいに充実していて。
私は、嬉しいのに、知らない人を観ているみたいで……切なくなった――
◇ ◇ ◇
御前試合は、大好評のうちに幕を閉じた。
アルソス国王も王太子も、ヨナターンも、賞賛の言葉を騎士たち、軍人たちに掛けていて……全員の表情が満たされているのを見て、安心できた。
あんなことがあって皆暗かったけれど、少しは憂いや後悔を消化できたかな、と思う。
レナートは、騎士団員たちはもちろんのこと、帝国軍人たちからも大絶賛で、ボジェクに「酒だ、飲むぞー!」と肩をがっちり掴まれて誘われていて、タウンハウスには帰れそうになかった。
代わりにロランが
「僕は興味無いから」
と送ってくれることになり、ロザンナとメリンダに別れを告げて、帰ってきた。
「さて。どしたの? キーラ」
「……」
帰りに軽食を買って、交互にシャワーを済ませた後。
タウンハウスのキッチンで、お湯を沸かす私のところにやってきたロランが、木の椅子を引き寄せてどかりと足を組んで座る。
「僕で良かったら、聞くよ。もちろん秘密は守る。こう見えて、銀狐って呼ばれる策略家だからね」
「……詐欺師って言われてたよ」
「うわ! まいったなあ」
「ロラン……私、レナートのこと、何も知らなかった」
「うん」
優しいロランの顔を見たら、なんだか全部……
「忘れてあげるから、全部吐いちゃいなよ」
溢れちゃった。
そして、子どもみたいに号泣して、涙が止まらなくて、ロランが「特別だよ、僕のお姫様」て綺麗な顔で笑いながら、部屋に横抱きのまま連れて行ってくれて。
ベッドの脇で手を握ってくれたので――眠りについた。
無理矢理笑った私が、困ったように笑うレナートに、別れを告げる。
そんな、悲しい夢を見た。
お読み頂き、ありがとうございました。
「きゃー、強いー! かっこいいー!」
とはならないヒロインの、葛藤でした。




